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いつもお読みいただきありがとうございます!
これで本編完結です。あとは番外編更新や続編になります。
ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました!
「ナディア妃は男の子を出産されたそうです」
「では見繕っていたものの中から贈り物をすぐにしなければ。そして、男の子ならさらにちょうどいい。彼を使って復讐しよう」
「この悪魔」
「なんとでも言え、トファー。そもそも先に仕掛けてきたのはあっちだ」
「バレたら絶対に恨まれますよ」
「もう一度言うが、先に仕掛けてきたのはあちらだ。メイメイはどう思う?」
パーティーの準備をすっかり終えて、エリアスは尊大に足を組み隣のメイメイに尋ねた。
「ワシもいいと思う。やられたらやり返すのじゃ。やり返さなければ舐められてさらに踏みつけられて終わりじゃ」
カラカラと笑い、メイメイは一瞬で顔を引き締める。
「これだから戦争というのはなくならないのじゃろうて。あちらがこれ以上何もしてこなくともこちらは過去を許さず、こちらが許せばあちらはつけあがるのじゃから。どこにも思いやりや許しや優しさ、愛はない。もう傷つきたくない者と上になりたい者がいるだけじゃな」
「さすがメイメイだ。結局、ブレスレットよりも怖いのは人間だよ。あの人を人とも思わない王太子だって子供は可愛いだろうからね。可愛い子供から一発食らうなんて楽しみだ」
二人でニヤニヤ笑う未来の国王夫妻を見て、クリストファーは表面上は苦笑いにとどめたものの胃が痛くなった。
「さぁ、アシェルとエリーゼ嬢の門出だ。そろそろ行こうか」
「おお、そうじゃのう。ワシは結婚に夢も希望も持っておらんから今日は最後まで目をかっぴらいて自分の意識を変えねばのう」
「それ、俺の前で言う?」
「是非に及ばずじゃ」
笑顔のまま目だけは笑っていない器用な表情のエリアスに、メイメイはパチンとウィンクを飛ばす。
「それってどっちの意味だい?」
「メイメイ殿下はいつまでその話し方を続けるのですか」
「そうさのぅ、子供にこの口調を真似させるわけにはいかんからの。追々直していかんと」
エリアスの機嫌はすぐに直っていた。
エリーゼはパーティー開始前に呼ばれるまで扉の前に立っていた。
左斜め上に若干視線を上げるとアシェルが前を向いている……と思ったらこちらを向いていた。
「緊張してる?」
「少し。あとは腕が痛いかも。パレードで振りすぎて」
「確かに」
変な気分だ。
ほんの昨日まで不安定な婚約者という身分だったのに、今日紙切れにサインして式を挙げたらいきなり夫婦になって隣にいるのだから。
自分は何も変わっていないのに肩書だけが変わっている。目の前のアシェルが夫になった自覚が微塵もない。
体力が回復してからは結婚式の準備に追われた。メイメイが王妃からまわってきた公務の大半を肩代わりしてくれたものの、目の回る忙しさで正直記憶がない。式も緊張していたのであっという間に終わっていた。このパーティーが今日最後のスケジュールだと思うと、やっと意識がはっきりする。
「パレードの時さ、見た? 屋台でカエルの水晶のストラップ売ってた」
「見てないけど、多分ブルックリンのところの商品ね」
「あれ、何個かくれないかな。ゼンに頼んだら売り切れだったって」
え、ゼイン様。このパーティーの前に買いに行ってたってこと? しかも売り切れ?
売上が良くてブルックリンが高笑いしている姿が目に浮かぶ。
「ブルックリンに聞いてみる」
「ありがとう」
アシェルはいつも通りだ。驚くほど、式の間もパレードの時もいつも通り。そういえば、最初に出会った仮面舞踏会の時は黒い衣装だった。今日は一日中白い衣装だから新鮮に映る。
「どうかした?」
アシェルが顔を覗き込んでくる。青い目としっかり目が合った。
この青にどれだけ翻弄されて、そして助けられてきただろうか。仮面舞踏会の日に仮面をずらされたことを思い出して、思わずエリーゼは恥ずかしさをごまかすためにアシェルの鼻をつまんだ。
アシェルは驚きはしないものの、一拍置いてから笑う。
彼の笑顔を見て、エリーゼの心臓はしっかり鼓動した。
ずっと愛されたいと願ってきた。誰かに愛されたら無能な自分や価値のない自分を認められるんじゃないかと思って。
あの事件の怪我から目覚めた時とは違う感覚でエリーゼはアシェルに向き合っていた。アシェルは私がいるだけでいいと言ってくれた。妊娠できなくても、無能でも無価値でも。あの時きちんと受け取れなかったことを今受け取りたい。
「アシェルが王子様でなくても、お金がなくても、たとえカエルでも。愛しています。私を見つけて、愛してくれてありがとう」
「じゃあ、ヘビにしようかな。ヘビがかっこいいから」
「たとえヘビでも」
「あはは」
アシェルの手が腰に回って引き寄せられる。エリーゼの鼻に指がちょんとのせられた。
どちらからともなしに笑みがこぼれる。
ナディアは正しかった。自分を愛さなければ、取りこぼし続けて愛を永遠に見つけられないままだった。アシェルのおかげで、そしてナディアたちのおかげで自分を愛していいんだと思えた。愛されていいのだと思えた。
「オタマジャクシのストラップはあるのかな」
「言えば作ってくれると思う。もっと大きい置物や陶器もこれから売り出すって言っていたから」
アシェルが額を合わせてきた。
「エリーゼは僕よりも絶対、後に死んで」
急に話が変わって驚くが、目の前でアシェルの青い目が静かに揺れていた。
こんな彼の表情は珍しい。エリーゼの「私なんていなくてもいい」という捨て身の行動がアシェルを傷つけたのだ。そんな行動でアシェルの心に傷をのこしてしまった。今ならもうそんなことはしない。そんな形でアシェルに自分の存在を分かってもらおうと、愛を試そうとはしなくていい。
「いや、それはほんとに分からない……あんな真似はもうしないけど」
「もうあんな思いはしたくない。僕のことを愛しているなら、僕よりも絶対後に死んで。一緒に生きて。長生きして」
「じゃあ、アシェルにも長生きしてもらわないと。私を愛しているのなら」
「一滴も愛がないんじゃなかった?」
あの時に言った言葉を覚えていたらしいアシェルはいたずらっぽく笑う。
「十滴くらいにはなったはず」
「じゃあ、まだまだ死ねないね」
耳元で愛しているという言葉が聞こえた。最初は軽いキスだったが、だんだんお互いの唇が触れている時間が長くなる。
「いい加減、入場ですからね。分かってますか? お二人がそうやってくっついていると、扉開けられなくて困ってますよ。あと、口紅ついてます。拭きますよ、そして塗り直しです」
ゼインがあきれ顔で口紅片手にやって来てそう話しかけるまで、二人はそうして笑い合っていた。
***
王妃は有言実行で、エリアスの結婚式が終わってから待っていたように亡くなった。
「あなたと結婚して何もいいことがなかった。私は先にいくわね」
という呪いのような言葉を国王に残して。さすがの国王も憔悴してエリアスへの譲位を早める予定だ。エリアスは張り切っている。クリストファーたちはやっと早く帰れるようになっていたのに、また仕事が忙しくなるのだった。
そして月日は流れ、エリアスの復讐のタイミングがやって来た。
「お母さま」
第二子を妊娠中のナディアは可愛い長男の声に振り返る。
「あら、どうしたの?」
「お話があります」
「授業で何かあった? さっきまで授業を受けていたわよね?」
ナディアの長男は唇を引き結んだまま、ナディアに腕を伸ばして泣きそうな顔で近づいた。
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