プロローグ
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ながらく婚約者が不在だった第二王子アシェルの婚約発表が行われた翌日。
エリーゼは朝からぐったりしていた。
「お嬢様、肩も背中もガチガチですね。わ、左肩や首が特にガッチガチです」
メリーがマッサージを施してくれているが、婚約発表の夜会で緊張していたせいでどこもかしこも体が非常に硬くなっている。
「いかがでした? 婚約してから初めてダンスしましたよね?」
「婚約してからというか、アシェル殿下とはダンスしたことなかったもの」
「そうでしたね。第二王子殿下は踊らないというか、そもそも夜会の最中もいつのまにか姿を消してしまう方でしたから。殿下はダンス上手なんですか?」
「私が緊張しすぎてステップ踏むのに必死だったもの。上手かったんじゃないかしら? 残念ながらあまり覚えてないの」
「えぇ~、初ダンスなのにもったいない!」
「私は緊張していたし、殿下は香水や人の多さに酔って気分が悪くなったから2曲だけ踊って庭に出たわ」
「緊張は分かるんですが、なんだか残念ですね……。まぁ、殿下は安定の残念感といいますか……」
昨夜の夜会は参加者が多かったからエリーゼも人に酔っていた。挨拶にやってくる令嬢達の香水もキツかったし、男性も香水をつけるのが流行りだしたので気分が悪くなるのは仕方のない気もする。
「これから何度でも踊る機会はあるから大丈夫よ」
緊張しすぎてお披露目を楽しめなかったが、これから何度も夜会はあるのだと自分に言い聞かせる。
「確かにそうですね! さ、だいぶマッサージで硬さがマシになってきました。これで明日のウェセクス侯爵令嬢とのお茶会では頭痛はしないはずです! またお風呂の後にマッサージしましょう」
***
翌日、エリーゼはウェセクス侯爵邸でフライア、クロエと共にお茶会を楽しんでいた。
「私、緊張していてあまり覚えていないんだけどダンスまでマズイ失敗はしていなかった?」
「大丈夫だよ~」
「クロエはダーリンといちゃつくのに忙しかったんだから見てないでしょ」
「そんなことはないもん。ちゃんとエリーの勇姿を見てたよ。だからあの時も一番に駆けつけたでしょ?」
「そうだったわ。あの令嬢よね。私が行ったらすぐ退散したけど、あの令嬢と何かあったの? 絡まれたのよね?」
「私も遠くにいて駆けつけたから途中からしか会話は聞こえなかったの~。『お飾り』って聞こえたけど何だったのかしら? 悪口言われた?」
二人に聞かれているのは昨夜の夜会での出来事だ。
それはアシェルが人に呼ばれてエリーゼが一人になった時に起きた。エリーゼとしては深く傷ついたわけではなく、困惑の方が大きい出来事だった。口を開こうとしたところで、侍女が先導してきた黒髪の女性が視界に入る。
「遅れて悪かったわ」
いまいち顔色が良くないブルックリン・レヴァンスの登場だ。
「あ、ブルックリン。おはよう」
「遅いわよ。完全に遅刻よ」
「私が朝弱いって知ってるでしょ。夜会の翌日は昼過ぎまで寝ていたいのよ。でもトーマスがせっかくのお茶会なんだから行ってこいって枕を取り上げて起こすのよ」
トーマスとはブルックリンの旦那様のお名前だ。幼馴染という関係もあって、枕を取り上げる姿が目に浮かんで微笑ましい。
「うわ、さっそく新婚のおのろけかぁ。まぁ早く座って~。昨日エリーに絡んでたご令嬢をどうするか会議してるから。まずは状況把握ね!」
「あら、あいさつ回りしている間に何かトラブルでもあったの? どこのどいつ? 次に会ったら私がワインでもかけてあげるわ。もちろん赤いワインよ」
気兼ねないお茶会に遅刻して現れたブルックリンで話が逸れるかと思ったが、逸れなかった。むしろブルックリンは目を輝かせ、件の令嬢に一矢報いようと闘志を燃やしている。
「私も何を言われたかあの時は混乱していて分からなかったんだけど……」
エリーゼは肩に疲れの重みを感じながら、口を開いた。