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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
一章 僕とモノと道具使い
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1-5 解放軍襲来

 宿の外に出て、ケイトは目を疑った。

 異様に巨大な人が、ゆっくりと村の中心に近づいてきている。人の三、四倍はありそうなほどの巨体で、一歩進む度に地面が大きく揺れた。

 その足元には、武装した集団が武器を構えている。こちらは普通の人だが、二、三十人はいるだろうか。

 やがて、村の中心に来た巨体が動きを止めた。

「私は解放軍の三将星、クロウズ様が配下のリオネ! 貴様らのような愚民に、一度だけ選ぶ権利をやろう。我らに服従して共に起ち上がるか、それとも力による屈服を選ぶか。さあ、今すぐ選択するのだ!」

 頭上から声が聞こえてきて、ケイトはそちらに目をやった。巨体の肩の辺りに、声の主が乗っているらしい。やや遠くて、その姿は見えない。

 リオネと名乗った男の言葉に、近くの人たちが反発する。

「ふざけたことを言ってんじゃねえ! 結局はお前らに従えってことじゃねえか!」

「誰がこの国を荒らす奴らの仲間になるかってんだ! みんな、あいつらを追っ払おう!」

「おう!」

 勇ましい声が方々で上がり、村人たちが武器を片手に突っ込んでいく。

 それを見越していたのか、頭上から嘲るような声が返ってくる。

「答えは否か。やはり愚民だな。ならば、力で圧し折るまで!」

 巨人が再び動き出し、前屈みになって右腕、左腕と順番に勢いよく振る。風が低い唸り声を上げ、次いで大木の幹ほどもありそうな腕が村人たちを襲った。

「うわあぁぁ!?」

 何人かが薙ぎ払われ、地面に叩きつけられる。何かの能力で防御を試みようとした人もいたが、その術ごと弾き飛ばされた。

 辛うじて回避した村人たちが、反撃に出た。ある者は炎のつぶてをいくつも放ち、またある者は風を起こして攻撃する。しかし、巨人は一切動じず、再び大きな腕を振り回してきた。

 村人たちが、また薙ぎ払われる。そこかしこで、悲鳴が上がった。

「ちくしょう! 何なんだ、あの巨人は!?」

「攻撃がまったく効かねえ! どこが弱点なんだ!?」

 喚くように村人たちが声を上げるが、それを嘲笑うかのように巨人が再び腕を振るった。

「今だ、畳みかけろ!」

 傷つき、倒れる村人たちに、武装した集団が追い打ちをかける。村人たちは怯みながらも立ち向かうが、戦意の差は大きい。村人は次々と倒され、縄で縛られていく。

「あわわわ、今度は解放軍だなんて……。ケイトさま、今度こそ逃げましょう!」

 いつの間にか外に出てきていたツクノが、ケイトの袖を引っ張って促してきた。

 しかし、ケイトは意に介さず、じっとこの状況を見極めようとする。

 違和感がある。あの巨人は、何か変だ。

 さっきから動きは単調であるし、一切喋らない。遠目に見える顔も、まったく動かず無表情だ。そういう人なのかもしれないが、人間らしくはない。

 気になることはまだある。この巨人には、無数の青い糸が張り巡らされていた。そしてその糸は、肩に乗っている男の手元に繋がっている。

 よく目を凝らして見ると、男が指を動かした時だけ、巨人が動いているように思えた。指の動きは微かだが、多分間違いはない。

「……もしかして」

 脳裏に、ある仮定が思い浮かんだ。

 ――巨人は、あの男が操っている人形なのではないだろうか。

 そうだと考えれば、どことなく無機質な顔も、動きが単調であることにも説明がつく。

 そして、この巨人を止めるにはどうすればいいのかも、うっすらとだがわかった気がする。

「ケイトさま、危ない!」

 ツクノの声に、ハッと我に返る。

「そこの小僧! 大人しく我々に従って貰おうか!」

 鋭い怒声が飛び、武装した男が剣を振りかざしながら迫ってきた。

 巨人に気を取られていたために、反応が遅れた。ケイトが武器を出そうとした時には、男は間合いに入り、剣を振り下ろそうとしていた。

 ――やられる!

 咄嗟に出した刀を振ろうとするも、間に合わない。迫り来る刃から目を背けるように、ケイトは思わず双眸を深く閉ざした。

 刹那、鋭い金属音が響く。体に、衝撃はない。すぐに目を開き、状況を確認する。

 赤いエプロンを身に着けたコック風の若い男が、ケイトと武装した男の間に割って入り、剣を受け止めていた。

 若い男が、一瞬だけこちらを見る。

 ――あれ……?

 この人を、どこかで見たことがある気がする。確か、そうだ。ハーベストの村で見かけた道具使いだ。

「着火!」

 半ば唖然とするケイトを正気に返すように、若い男が力強い声で言った。

 たちまち、武装した男の足元から火が燃え上がり、その体に乗り移っていく。

「う、うわあっ!?」

 武装した男が叫んでは転げ回り、火を消そうとする。そこを、若い男が顔面に拳を振り下ろした。鈍い音が鳴り、低い呻きが漏れる。一撃を食らった男は、白目を剥いて気を失った。

「おい」

 若い男が振り返り、鋭い視線を向けてきた。

「お前、ハーベストで鉄鬼を倒した道具使いだよな?」

「そうだけど、君は?」

「自己紹介は後にしようぜ。今は、この状況を何とかするのが先だ。あのでかぶつを、何とかしないと」

 男が、暴れ回る巨人をキッと睨みながら言った。

「あのでかいの、どうやったら倒せると思う? 俺も挑みかかったが、あのでかぶつには炎も水も効きやしない。他の奴も言ってたが、攻撃そのものが通ってる感じがしないんだ。弱点を攻めようにも、どこを攻めればいいのかわからない」

「えっ? わかりやすい目印があるじゃないか」

「どこにだ?」

 男が目を凝らして巨人を見つめる。しかし、何も見つけられないのか、首を傾げるばかりだ。

 それが、ケイトには不思議なものとしか映らなかった。あの巨人に張り巡らされる青い光は、この目にはっきりと映っている。

「……もしかして、見えていないのか?」

「何がだ?」

 首を傾げるばかりの男は、あの光が本当に見えていないのかもしれない。

 ならば、口で説明しても埒が明かない。

「お、おい」

 刀を構え、ケイトはゆっくりとした足取りで巨人へと近づいていく。男が少し慌てたように声をかけてきたが、意に介することもなく歩み続ける。

 その動きが戦闘にそぐわないからか、誰に止められることもなく巨人に近づけた。

 巨人は一撃を放った後なのか、左の拳を思い切り地面へと叩きつけたままの格好だ。依然として、巨人の体に張り巡らされた光ははっきりと見えている。

 一番近いのは、巨人の左手まで伸びている光の糸だ。巨人の左手首辺りの青の光を、ケイトは刀で斬りつけた。

 光が、音もなく断たれる。同時に、巨人の左手が手首から離れ、大きい音を立てながら無造作に地面を転がった。

「な、に……?」

 リオネが、声を詰まらせながら言った。

 この場が、一瞬にして静まり返る。ここまで圧倒的な力で暴れ回っていた無敵の巨人の手が切り落とされたことに、誰もが言葉を失い、戦うのも忘れてこちらに目を向けてきていた。

 束の間、静寂が広がる。

「ば、馬鹿なッ!?」

 頭上から、驚愕に満ちた声が発せられた。

「私の巨人の手が、切り落とされただと!? たとえまぐれであっても、そんなことが起きる訳がッ!」

 リオネが指を動かし、再び巨人が動く。右の拳を振り上げ、ケイト目掛けて勢いよく振り下ろしてきた。

 その勢いは、風が低い唸り声を上げるほどに凄まじい。しかし、まっすぐ迫って来るだけだ。焦りのせいか、それとも巨体であるがゆえに細かい動きができないのか、いずれにせよ単調なその攻撃は、見切るのはそれほど難しくはない。

 拳が地上に届く前に右へと跳んで回避し、それから地面を強く蹴って跳び上がる。

 巨人の振り下ろされた拳とすれ違い、伸び切った右腕の肘の辺りへと刀を振るう。

 刃が、青の光を捉える。再び、音もなく光が断たれ、巨人の右肘から下が落ちた。

 ケイトは着地すると、すかさず人形の足元に迫り、左膝の方に伸びている光目掛けて刀を振った。左の膝から下が離れ、平衡を保てなくなった巨人が前のめりに倒れ込んだ。

 地鳴りのような低い音が鳴り、土煙がもうもうと立ち込める。両手と片足を失った巨人は、力なく伏せたまま動かない。

「くっ……!」

 巨人から飛び降りたリオネが、手を一度大きく広げた。巨人が瞬く間に小さくなり、片手に収まるくらいの大きさになったかと思えば、リオネの手元へと飛んでいった。

 やはり、あの巨人は人形だったのだ。おそらくリオネは、人形を操る道具使いだ。

 そのリオネが、急いだ素振りで武装した集団と合流する。巨人の人形が倒されたことで、いつのまにか解放軍は村人から距離を取っている。

 追撃しようにも、敵の数は多い。それでも、僕は刀を構えたまま、目線を切らさない。

 一瞬、リオネと目が合う。気圧されたように首をのけ反らせたリオネが、顔を引きつらせながら一歩たじろいだ。

「まさか、あんな小僧に私の巨人人形(タイタン・ドール)が攻略されるとは……! これほどの腕利きを、見過ごすわけにはいかん! 急ぎ撤退し、クロウズ様に報告するぞ!」

「は、はっ!」

 解放軍が声を上げ、一目散に駆け去っていく。その動きは少し乱れていて、追撃しようと思えばできるかもしれない。

 それでも、ケイトを含めて誰も追撃しようとはしなかった。罠があるかもしれないし、何よりも深追いは禁物である。戦いに暗いケイトでも、それくらいはわかる。気を抜かず、ただ黙って遠ざかっていく背を見つめていく。

 それが、少しの間続く。

 結局、何事もないまま解放軍の姿は遠退いていき、やがて視界から完全に消えた。

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