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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
一章 僕とモノと道具使い
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1-4 僕に与えられたモノ

 村に、再び活気が戻ってきた。

 鉄鬼の脅威が去ったことで、この村に訪れた時のような明るい雰囲気が辺りに広がった。誰も彼もが心底ほっとしたような顔をして、嬉しそうに談笑している。

 その話の輪の中に、ケイトは放り込まれていた。

「まさか、鉄鬼をぶった切っちまうとはなぁ。お兄さん、若いのにやるねぇ」

「本当だよな。結構細身なのに、見かけによらねえもんだ」

「あ、あはは……。ど、どうも」

 筋骨逞しい男たちが、酒を飲みながらケイトと話してどれくらいになるだろう。三十分くらいは経っただろうか。男たちは酔っているのか、何度も何度も褒めてきては、ケイトの背中を力一杯叩いてくる。ちゃんと褒めているつもりなのだろうが、結構痛い。

 それでも、悪意がないのはわかっているから、ケイトはされるがままでいた。

「鉄鬼を倒せるあんたなら、解放軍にも太刀打ちできるかもなぁ」

「おう、違いねえ。だったら、王様への推薦状を書いてやらねえとな」

「推薦状?」

 首を傾げるケイトに、男たちが大きく頷いた。

「王様は、この世界を守るために腕の立つユーザーを集めてるんだ。最初は誰彼構わず雇っていたみたいだが、解放軍のスパイが入り込むこともあったらしくてな。今では、大きな村や都市で実力を認められ、推薦状を書いてもらったユーザーしか受け入れないことにしているらしい」

「危険と隣り合わせだが、その分待遇も良いんだぜ。王都を拠点に使わせてもらえるし、物資だってしっかり支給してくれる。何よりも、王様のお膝元で戦えるってんだから、推薦状を手に入れようとみんな躍起になったものさ」

「だが、それも少し前の話だ。今は鉄鬼が暴れ回るせいで、尻込みしちまう奴が多いんだ。推薦状を書いてもらえそうな奴でも、鉄鬼は怖いのさ。だから、この世界が大変でも王様が呼び掛けても、なかなか人は集まらないんだとよ」

 男の言葉に、周りの人たちが頷く。

 この世界の人々が鉄鬼を恐れているのは、さっきの狼狽ぶりから見てもよくわかった。倒せたとはいえ、ケイトもあの鉄の化け物のおぞましさはよくわかる。向き合った時の緊張は、今までにないほどに強いものだったのだ。

「俺たちだって、力さえあれば解放軍や鉄鬼に立ち向かいたい。人との繋がりは、俺たちモノにとって大切だからな」

「ああ、まったくだ。物は、誰かに使われてこそしっかり輝く。俺たちは、それを誇りに思っているんだ。まあ、そんな思いも、力がなきゃ守り切れねえけどよ」

 男の一人が肩を落として暗い顔をするも、すぐに表情を改めた。

「……俺たちのことはどうでもいいか。それで、どうする?」

 男が、ケイトの顔を覗き込みながら言った。

 見れば、他の人たちは話すのをやめ、ケイトに真剣な眼差しを送ってきている。

 こちらに答えを求めているのだろうが、返す言葉は一つしかない。

「是非とも、書いてください。僕は、僕のやれることをするために、ここに呼び出されたのですから」

「よっしゃ! そうこなくちゃな!」

 男が嬉しそうに声を上げ、周りの人たちがまた騒ぎ出した。ケイトに声援を送ったり、また酒を飲んだりしている。

 そんな彼らに、ケイトはぎこちない笑みを返した。期待されていると思うと、結構なプレッシャーになる。なるべく、意識しないように努めた。

 それから少しして、ケイトのもとに推薦状が届けられた。少し厚めの紙だが、不思議と脈動を感じる。おそらく、道具使いが生み出した特別な代物なのだろう、と何となく思った。

 小宴のような騒ぎから抜け出て、ケイトは村の出口へと向かった。

 村を出ようとしていることに気づいたのか、何人かがこちらに近づいて来ては、旅に必要な物資を分けてくれた。何日分かの食料にこの国の地図、そして路銀などである。

 ありがたく頂戴し、彼らに一礼してからケイトは村を出ようとした。

「むぅー、遅いですよぉ。わたし、ずっと待ってたんですからね?」

 頬を膨らませたツクノが、どこからともなく現れた。

「ごめんごめん。でも、退屈してなかったみたいだね?」

「な、なんでそう言えるんですか?」

「だって、口の周りに、お団子のたれがたくさんついているから」

 ハッとしたツクノが、口を大急ぎで押さえる。彼女の口には、みたらし団子のたれのようなものがべったりついていた。

 慌てて手拭いで口を拭ったツクノが、ふくれっ面をして口を尖らせた。

「だってー、ケイトさまったら全然かまってくれないんですもん。村の人たちとばっかりお話しして、わたしのことなんか気にしてくれないんですもん。だったら、美味しいものを食べてるしかないじゃないですかぁ」

「そんなつもりはなかったんだけど。でも、ごめんね。みんなの勢いに流されちゃったんだ」

「はあ。もういいですよぅ」

 頬を膨らませたままのツクノが、先導するように前へと進む。その様に一度苦笑し、それからケイトは見送りに来てくれていた村人たちに頭を下げて村を後にした。

 整備された道以外は、どこまでも続いていそうな薄い緑の芝生が広がっていた。そよ風が吹き、芝生がそっと揺れる様を見ると、どことなくのどかな気持ちになる。

 のんびりとできれば言うことはないのだが、今はそういうわけにもいかない。緩んだ気を引き締め、ケイトは先を急いでいく。

 道中は、もらった地図を頼りに進んで行った。

 先程立ち寄った村はこの国の南東に位置する大集落、ハーベストと言うらしい。王都はどうやらこの世界の中心にあるようで、ハーベストからは北西に向かって進んだところにある。そのまま直進して行っても辿り着けるが、道なりに行って少し大きめの村を経由し、そこから北上した方が道中は安全だ、とツクノが教えてくれた。

 しばらく、しっかりと整備された道を歩いていく。今、どこにいるのかは、逐一地図で確認している。

 今は、丁度ハーベストと次の村の中間をいくらか過ぎた辺りだろうか。地図の上では距離があるようには思えたが、いざ歩いてみるとそれほどでもないようだ。平坦な道が続いているため、それほど苦もなく進める。この分ならば、少し休憩を挟んでも日暮れ前には村に辿り着けるだろう。

「少し休憩しようか」

「賛成ですぅ。ずっと飛んでて疲れちゃいましたしー」

 大きく息を吐いたツクノが、近くの芝生に座り込んだ。その隣に、ケイトも腰を下ろす。

 眼前に広がる薄い緑の波を見ていると、やはりのどかな気持ちになる。

 ただ、風景を楽しんで休んでいるだけでは、ちょっと手持無沙汰だ。思えば、さっきの戦いで使った道具はそのままである。手入れした方が良いだろう。

 ――おいで、裁縫箱。

 呼びかけるように念じると、どこからともなく裁縫箱がケイトの目の前に現れた。どうやら、軽く念じれば共鳴した道具はいつでも出せるようで、その点は凄く便利だ。

「そういえば、ケイトさま。どんな道具が具現化しているのか、確かめておきませんか?」

 ケイトが裁縫箱を出したことに気づいたツクノが、思い出したように言った。

「そうだね。じゃあ、出してみるよ」

 胸の内で少し力を籠めると、いくつかの道具が何もないところから出てきた。

 二本の刀と少し短めの槍、人の手くらいに大きくなった針と頑丈な糸だ。

 それぞれを手に取り、二人で眺めていく。

「この刀、拵えのところがハサミの持ち手みたいに見えるね。二つ合わせれば丁度ハサミに見えるし。裁ち鋏改め、太刀鋏ってところかな」

「そのまんまですねぇ」

「槍は、針がそのまま槍になったみたいだ。針通しの孔もある。まさしくニードルランスだね」

「わーお、安直」

「大きくなった針は、飛び道具みたいに投げられそうな感じがあるね。忍者が使う手裏剣みたいにさ。だったらこれは、ハリ剣かな?」

「無理して名前付けなくてもよくありません?」

「……あとこれは、糸だね」

「糸ですねぇ。頑丈なだけの」

 他愛ないやり取りをしながら、一通り見終わった。

 使えるものを確認して、少し疑問に思ったことがある。

「僕が使えるモノって、何だか魔法って感じがしないね」

 さっきの村で見たコック風の若い男は、剣を振り回して炎や水を扱っていた。しかし、ケイトの道具たちはそういったことができるようには感じない。手には十分馴染んではいるのだが、どうもしっくりこないのだ。

「それは当然ですよー。ケイトさまは、まだ道具使いになりたてなんですからね。モノから連想できる事柄を使うには、まだまだ経験が足りないってことです」

「そういうものなの?」

「そういうものですよぅ。いくらケイトさまの素質が抜群でも、使い慣れてないものをうまくは使えないでしょう? つまりは、まだ馴染んでいないってことなのです」

「そっか。まあ、こればっかりは仕方がないね」

 納得して頷き、具現化したモノをしまう。これも念じるだけで自分の中に収納できるのだから便利だ。

「確認も終わったし、そろそろ行こうか。あんまりのんびりし過ぎて、日が暮れてもいけないし」

「はーい。野宿になってお食事なしなんて、嫌過ぎますもんねぇ」

 食事を強調して言ったツクノに苦笑しつつ、ケイトは腰を上げた。

 道中は変わらず何事もなく進み、日が暮れる前には村に辿り着けた。

 少し休憩を挟んだとはいえ、村から村までの徒歩の旅はなかなかくたびれた。今日はこの村で宿を取り、ゆっくり休んで明日に備えることにした。

 宿を見つけると、ケイトは一番安い部屋を借りた。和室の古ぼけた部屋で、ツクノは文句を隠さなかったが、我慢してもらうしかなかった。もらった路銀は、今後のことを考えると少しでも蓄えておかなくてはならない。

「ケイトさまー、もうちょっといいお部屋でも良かったんじゃないですかぁ?」

「ごめん。でも、お金は限られているんだ。少しでも節約しないと」

「わかってますけどぉ」

 ツクノはふくれっ面のままだったが、やがて諦めたのか、溜息を吐きながら部屋の中にちょこんと座った。

「それにしても、疲れましたねぇ……」

 小さく欠伸をしながら、ツクノが言った。

「うん。色々なことがあったし、心も体も疲れ切っちゃったよ」

「まだまだこれからですよぅ。……って、言いたいところですけど、わたしも疲れちゃいました。ケイトさまって、危なっかしいんですもん……」

 もう一度欠伸をしたツクノが、眠そうに目を擦る。

 ケイトはごめん、と一度謝ったが、ツクノは半分閉じかけた目を擦ってばかりだ。どうやら、眠気に必死に抗っているらしい。

 一度伸びをしてから、ケイトは畳の上に寝転んだ。少し傷んでいるが、肌触りはそこまで悪くはない。寧ろ、実家を思い出すような安心感を覚え、気持ちが緩んでいく。

 気持ちが緩むと、どっと疲れが襲ってきた。瞼も自然に落ちてきて、すぐにでも眠ってしまいそうだ。

 そっと横に目を向けると、座り込んだツクノが舟を漕いでいるが見えた。すっかり夢の中なのか、微かな寝息さえ聞こえる。

「……少しくらいなら、いいよね」

 心地良い眠気に抗うこともせず、夕食時までひと眠りしようと目を瞑った。

 その時。

 突如として大きな音が鳴り、大地が小刻みに揺れた。それも、二度三度と立て続けに。

 いきなりのことに飛び起きると、外から不意に大きな声が聞こえてきた。

「よく聞け、愚民ども! この村は、我ら解放軍が接収する!」

 とんでもない言葉に、ケイトは急いで部屋を飛び出した。

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