1-2 共鳴道具
この世界でやっていくには、道具使いにならなければいけないのはわかった。
しかし、まだまだ疑問は尽きない。
「道具使いになるには、どうすればいいのかな?」
そのことが、一番の疑問だ。
さっきの話では物と心を通わせて、とツクノは言ったが、そもそもどうやるのかがわからない。もっと言ってしまえば、どんな物と通じ合えばいいのかもわからない。
その問いを予測していたのか、ツクノが得意そうな顔をしてから、一度コホンと小さく咳払いした。
「それはですねー、ずばり自身と波長の合う道具、共鳴道具を見つけて触れ合い、呼吸を掴むことですー」
「波長の合う道具? 呼吸を掴む?」
「えーとですね、物の力を引き出すには、その呼吸を知らなきゃいけないんです。何と言っても、物は生きてるんですから。人間だって団体で行動する時、お互いの感覚がバラバラのままだったら、うまくいかないでしょう? 道具使いだってそうです。物が生きてるモノだと認識し、それでいて呼吸を掴んで息をピッタリ合わせないと、うまく力を引き出せないんですー」
そもそも、とツクノが続ける。
「物がその人を選んでくれなきゃ、結局は道具使いにはなれないんですけどねー。いくらたくさん触れ合っていても、その物が認めてくれなかったら、一生息なんて合いっこないですもの」
「成程……」
ツクノの言葉で、何となく掴めてきた。
自分と気が合う物と出会うことで、道具使いへの一歩が踏み出せるようだ。いくら武器となりそうな道具をたくさん使い込んだとしても、通じ合っていなければこの世界ではまったく通用しない。
そのことは、さっきの大男を見たからよくわかった。大男は見た目は強そうで、人間の世界では実際に強かったのだろう。しかし、道具と一切心を通わせていなかったから、何もできずにあっさり負けて逃げた。何も知らなかったということもあるだろうが、それでも自身の力だけでは通用しなかった。
ケイトは、この世界の常識を知った。必要なことも教えてもらった。だから大丈夫、というわけではないが、何も知らないよりかは大分いい状況だ。
問題があるとすれば、共鳴道具がいつ自分の目に現れてくれるか、だ。
「……すぐに見つかるといいんだけど」
「こればっかりは、何とも言えませんねぇ。そもそも、共鳴道具はそう簡単に見つかるものじゃありませんしー? 言ってしまえば、運命の相手と出会うようなものですから」
「そうだよなぁ」
そう言いつつも、ケイトは今自身が持っている物をそっと確認していく。
とはいえ、家の中にいたため、大したものを持っているわけではない。ズボンに入れっぱなしになっていた財布とハンカチ、そして一緒に飛ばされてきた裁縫箱があるくらいだ。
財布もハンカチも結構長く使っていて、裁縫箱は言わずもがなだ。大事に使っているから、どれもあまり傷んでいない。特に裁縫箱は、大事な形見でもあるため、光を放ちそうなほどにピカピカに磨いてある。
――もしもこの裁縫箱がそうだったら、嬉しいんだけどな。
そんな都合が良いことがあるわけがないと思いながらも、ケイトは裁縫箱を撫でるようにそっと触った。
箱の、ひんやりとした感触が伝わる。同時に、不思議な温かさを掌に感じた。
――これは?
冷たいだけのはずの箱が纏った微かな熱に戸惑い、ケイトは言葉を出すのも忘れて見入った。裁縫箱は、ただそこにある。熱を持っていること以外、変わったところはない。
いや、それこそ一番変わっていることなのだが。
「ケイトさま、せっかくの整ったお顔が強張ってますよぅ。ほら、リラックスリラックスー。そう焦らなくても大丈夫ですよー」
ツクノが間近に迫り、にっこりと笑みを浮かべながら言った。どうやら、戸惑いながら裁縫箱に見入っていたのを、焦っていると見られたようだ。
「わたし、付喪神だけあって、モノの気配には敏感なんですよー? ですから、きっとケイトさまにお似合いのモノを探し当てることができますよー。というよりも、わたしが絶対に見つけてみせますッ!」
「みょ、妙に気合が入ってるね?」
「だって、ケイトさまはわたしが呼んだ救世主様ですし、ちゃんと世界を救ってほしいのですもの。それに」
一度言葉を切ったツクノが、うっすらと頬を赤く染めながら続ける。
「ケイトさまって、結構イケてますし? 黒の短髪と言い、物腰柔らかそうなお顔と言い、ちょっと好みかなー、なんて。お役に立って褒めてほしいなー、なんて」
口元をにやけさせ、もじもじしながら言ったツクノを苦笑しつつ見ながら、ケイトは意識をもう一度手元に移した。
掌に伝わる熱が、少しずつ高まる。同時に、何かが手を微かに震わせる。これは、鼓動だろうか。
――もしかして。
期待に、胸が高鳴る。興奮しているのが自分でもわかるくらいに、顔が凄く熱い。
「……って、あれ?」
にやけていた顔を少し引き締めたツクノが、何かに気づいたように周囲を見渡す。ツクノがあっちを見て首を傾げ、こっちを見て怪訝そうに顔を顰める。
その顔が、不意に裁縫箱へと向けられた。
「やっぱり、間違いない。ケイトさま、それってまさか……!」
ツクノが驚きに満ちた声を上げ、ケイトが願った答えを口にしようとした。
刹那。
「大変だぁ! 鉄鬼だ、鉄鬼が襲ってきたぞッ!
村人の悲痛な叫びが、唐突に辺りを駆け巡った。
近くにいた男たちが咄嗟に身構え、すぐさま声を上げ始める。
「みんな、急いで村から離れるんだ!」
「間違っても戦うなよ! 鉄鬼とまともにやりあったら、命がいくつあっても足りねえぞ!」
彼らの声に、場は俄かに騒然となった。多くの人々が悲鳴を上げ、我先にと村の外へと駆け出していく。
突然のことに、ケイトは唖然としながら周囲を見渡すことしかできない。
さっきまでは楽しそうに賑わっていたこの場は、最早見る影もなかった。多くの人が必死の形相で逃げていき、あちこちには倒れた大樽から零れた果実や雑貨が、無造作に転がっていた。
「あわわわ……! ケイトさま、わたしたちも早く逃げましょうー!」
ツクノがケイトの袖を引っ張りながら、震える声で言った。
「早く逃げないと、鉄鬼に襲われちゃいますよぉ!」
「ちょっと待って。そのさ、鉄鬼って何?」
慌てて引っ張ってくるツクノを何とか押し止めて、ケイトは疑問をぶつけた。人々がこんなにも怯えるなんて、普通ではない。
早く逃げたいのを押さえているのか、辺りを忙しなく見ながら、ツクノが口を開く。
「えーと、言い忘れてましたけど、この世界を脅かす敵は解放軍だけじゃないんです。クロス・ワールドに唐突に現れた、異形の鉄の化け物、鉄鬼だってその一つなんですよぉ。鉄鬼は物凄く凶暴で、見境なく暴れ回るという、とっても危ない存在なんです。さらにはすんごく頑丈で、道具使いをもってしてもなかなか倒せないんですぅ」
「そんな大事なことを言い忘れって……。君、ちょっと忘れっぽくない?」
「えへへ、よく言われますー。……って、そうじゃなくて!」
少しにやけた顔に慌てたものを浮かべて、ツクノがまた袖を引っ張ってくる。
「早く逃げないと、危ないですよぅ! 今のケイトさまは、まだ無力な人間さんなんですからー!」
「わ、わかったよ」
急かされるままに、ケイトも逃げていく人たちの後を追おうと駆け出そうとした。
「グルルルル……」
瞬間、その足を止めるように、どこからか低い唸り声が聞こえてきた。