11-12 アンデッドドラゴン
迫り来る猛攻の嵐を、必死に掻い潜る。
オウリュウに渾身の一撃を食らわせた時から、絶え間ない猛攻が返って来るようになった。長剣による斬撃は勿論、足元から襲い掛かる鉄の棘や柱、宙から降り注ぐ礫など、こちらが休む暇もないほどの猛攻が加えられた。
最初はそれを、回避し切ることができなかった。オウリュウの異様に素早い身のこなしと能力の発現は、確実にケイトたちの急所を狙ってきた。避けようとしても間に合わず、せめて致命傷を受けないようにするのが精一杯だった。
だが、今は違う。何度も攻撃を避けている間に、攻撃が実は単調であることに気づいた。速く鋭いだけで、ほとんど同じ軌道を描いてくるのがわかれば、対処のしようもある。攻撃を受けながらもかわせる位置を何度も探り、今では紙一重でかわせるようになった。
「おのれッ! おのれおのれおのれッ!」
一度距離を取ったオウリュウが、血走った目を向けながら叫んだ。端正に整っていた顔は醜く歪み、荒々しい息が口から絶えず漏れている。
「忌々しい道具使いが! 愚かなモノ風情が! 最早、容赦はせぬぞぉ!」
怒気の籠った声に呼応したかのように、オウリュウの体から泥のような闇が噴き出す。それは勢いよく頭上に立ち昇ったかと思えば、オウリュウへと向かって行き、頭から一息に呑み込んだ。
どろりとした闇が、ゆっくりと形を作っていく。四足歩行の、巨大な恐竜。形作られた姿はそう形容するのがしっくりくるのだが、その体は水分を多く含んだ泥のようにどろりとしていて、今にも崩れそうに見える。異様な姿を持つこの化け物は、さしずめアンデットドラゴンか。
その化け物が、赤い目を光らせながら一度高々と吼えた。その咆哮は異様な衝撃波を生み、ケイトは吹き飛ばされそうになるのを何とか堪えた。
「我が闇の供物としてくれる! 死んだ方がましだったと後悔しても、もう遅いぞぉッ!」
くぐもった声を上げたオウリュウの体から、濃い闇が噴き出していく。それは瞬く間に、辺りへと広がっていった。
その闇の禍々しさに、ケイトはまだ距離があるのに、咄嗟に身構えてしまっていた。自身の心が、今まで以上に強張るのを感じる。あれは危険だ。あの闇は、恐ろしいほどに異常だ。直感が、そう囁く。
だが、緊張はすぐに解れた。こんな局面は、これまで何度も遭遇してきた。そして、何度も潜り抜けてきた。今更、気後れすることはない。
「ケイト、見えるか」
太刀鋏の落ち着き払った声が聞こえる。相棒が見ているものを見ようと、ケイトはその方へと目を向けた。
視線の先には、化け物となったオウリュウがいる。その体は深い闇に呑まれ、体中を満たしているはずの道具の加護や繋がりの糸も、全て黒く塗り潰されていた。
何もかもを呑み込んでしまいそうな闇が広がっているが、その中にはさっきの光が、ほんの一粒だけ微かに残っている。相変わらず、針の穴のように小さなものだが、まだ闇に呑まれずにいる。
「……ああ、見える。オウリュウの心の光が、僕にも見える」
「まだ、手が届く。行こう」
頷き、ケイトは駆け出した。すぐさま、オウリュウとの距離を詰める。
しかし、今のオウリュウは接近を許さなかった。
「消し飛べッ!」
ドロドロしている口を大きく開き、オウリュウが黒い衝撃弾を溜めの動作もなく放つ。しかも、一発ではない。二発三発と、立て続けにだ。さっきの攻撃のように帯電し、それでいて凄まじい力が凝縮されているのを感じる。
瞬きするよりも早く迫ったそれを、ケイトは咄嗟に刀を振って弾き飛ばした。
同時に、視界が反転する。訳がわからず、咄嗟の反応ができなかった。
弾き飛ばしたはずが、自分が逆に衝撃に押し負けて吹っ飛ばされたことに気づいたのは、床に勢いよく叩きつけられてからだった。
「ぐっ……!」
痛みを堪えながら、すぐに立ち上がる。だが、立ち上がったのも束の間で、ケイトは膝をついてしまった。思った以上に、ダメージが強い。さっきとは、比べ物にならない威力だ。
――僕の力で、斬れなかったのか。
衝撃弾に押し負けたというのは、つまりはそういうことだ。間違った繋がりを断ち切る力をもってしても、今のオウリュウの攻撃を超えられなかった。
自分の力では、勝てない。
そう思いかけた自分を、ケイトはすぐに否定した。まだ、何か方法があるはずである。それを、頭を目一杯回転させて考える。
――僕だけでは、力が足りない。
実体化した太刀鋏を合わせても、まだ足りない。もっともっと、多くの力を得られれば。そんな都合の良いことがあるわけがないと思いながらも、それを考えてしまう。
「……いや、あるかもしれない」
ケイトは、一つの可能性を唐突に気づいた。それは非常に危険な賭けではあるが、この際は四の五の言ってはいられない。それに、このまま戦って死ぬのならば、イチかバチかに負けて死ぬ方が諦めもつくというものだ。
「ケイト、お前」
隣に現れ、何かを言いかけた太刀鋏が、口を噤んだ。何を言ってもケイトが聞きはしないのを、すぐに思い至ったのだろう。以前のように警告することはなく、覚悟を決めたような顔をしながら刀の中へと戻っていく。
――やってやる。
胸の内で呟き、ケイトは勢いよく振り返った。
「ツクノ!」
叫ぶように、後ろで頑張っているツクノへと声をかける。
「は、はい!」
いきなり呼ばれたツクノがびくりと体を震わせ、悪意を引き寄せながらも緊張した声で返事をした。
「僕に憑依してくれ! 今すぐに!」
「え、ええっ!? で、でも、今そんなことをしたら、ケイトさまに悪意が」
「わかってる!」
ツクノの言葉を遮るように、ケイトは言った。
懸念は、勿論わかっている。ツクノが憑依すれば、ケイトは奪い取った悪意を共有することになる。負の感情の塊をただの人が受け止めたらどうなるか、全く想像ができない。
しかし、可能性はもうここしかない。危険だろうが何だろうが、もう手を伸ばすしかないのだ。
「でも、やるしかないんだ! あいつに勝つために、君が奪い取った悪意の力を、僕に渡してくれ!」
叫ぶようにケイトが言うと、ツクノがハッとしたような顔をした。
ツクノの能力は、思いを自身に集め、力に変えるものだ。それはきっと、悪意だって例外ではない。彼女は膨大な悪意を吸い続けているのだから、変換できる力もまた、想像できないほど大きいはずだ。
そのことに気づいたツクノが、表情を強張らせる。危険だ。その顔は、そう言っているように見える。
それでも意を決したのか、ツクノが一度大きく頷いた。
「わ、わかりました……! どうなっても、知りませんからね!」
悪意を吸い寄せるのをやめたツクノが、ケイト目掛けて飛び込んでくる。それを迎え入れようと、ケイトは手を伸ばした。
「何のつもりかは知らんが、貴様らの好きにはさせんぞッ!」
こちらの動きに不審なものでも感じたのか、オウリュウが口から黒い球体を吐き出す。それはケイトとツクノの間へと割って入り、轟音を立てながら破裂した。
瞬間、異様な力が目の前に働き始めたのを感じた。強い反発力のようなものだ。こちらに向かっていたはずのツクノが動きを止め、ケイトの伸ばした手も強い力に押し返されている。おそらく、今の攻撃でケイトとツクノに磁石の特性を与えたのだろう。このままでは、憑依できない。
だが、この程度では怯んでいられない。
「ケイト!」
太刀鋏が表に出てきて叫び、ケイトはすぐさま意図を察して両手の刀を手放した。それを咄嗟に握った太刀鋏が、ケイトとツクノの間の空間目掛けて刀を振り下ろす。
空を裂く鈍い音が鳴り、次いで目の前で微かな電流が走った。途端に、体が感じていた抵抗がなくなる。
「ツクノ!」
「は、はい!」
もう一度伸ばしたケイトの手に、ツクノが飛び込むように触れた。




