7話
顔文字注意、二ヶ所です
快気祝いの品物選びはご機嫌なアウラに任せ、私は肩から感じる振動に船を漕いでいた。
そして気づくと教会前であった。
「これはアウラ様、よくおいでなさいました。本日はどういったご用件でしょう?」
恭しい教会騎士にそつなく笑顔で応え、 アウラはリディアの居室へ向かう。対外的にはちゃんとできるのか。150歳児の姿は身内にだけ見せるのなら、あまり口煩く言う必要はないかもな。
リディアの居室は立派な扉で閉じられている。きちんとノックをして偉いな、なんて思っていたら返事を待たずに入ってしまった。
「リディアー! お陰でわたし元気になりましたー!」
「あ! お姉ちゃん! 良かった、もう大丈夫そう!」
リディアも慣れているのか、アウラの無作法に何も言わない。
「おじさ「リディア、早速で悪いが大事な話がしたい。人払いを頼めるか」
「! うん、分かった」
元々部屋にはリディアしか居なかったが、一応情報が漏れるのを警戒し、リディアに人払いの結界を張ってもらった。
「よし、これで良い。リディア、これからは私をおじさんと呼ぶのは禁止だ。これからはアッシュと呼べ」
「アッシュ? 何で?」
私がアウラに目をやると、リディアも察してアウラを見つめる。
「だってアッシュがイジワルなんだもん。だから灰色のアッシュ!」
「まぁそんな訳だ」
リディアは呆れ顔でどんな訳と呟いている。まぁ気持ちは分かる。だが相手はアウラだ、考えても無駄だろう。ここ数日で特に強く感じる様になった。
「それとアウラの快気祝いを持ってきた、あの看病人へも渡してくれ」
「うん、ありがとう、おじ、じゃなくてアッシュ」
「わたしわたし! わたしからもありがとうって伝えて!」
「フフッ、もちろんだよ」
これでは、どちらが子供で大人か分からんな。さて、義理は果たした。本題に入ろうか。
本来この程度の訪問理由なんて子供のお使いでしかない。快気祝いの持参などアウラ一人で十分なのだ。それをわざわざ私が着いてきたのは、二人に聞きたい事があったからだ。
「では本題に入ろう。リディア、アウラ、勇者トマスと賢者ゴトーの現在について教えてもらおうか」
「それは!? えっと、あのー、」
リディアは私の質問を予想していなかったのか、一瞬とても驚いた。だがすぐに落着きを取り戻し、歯切れ悪くアウラを見つめるのだった。
そのアウラだが、リディアとは対称的に全く取り乱したままだった。
「ダメーー!! ユーストはあの二人に近付いちゃダメなの!! 絶対あいつらが犯人だもん!! あいつらが卑怯な手を使ってユーストを殺したに決まってるんだから!! だからダメーー!!」
人払いの結界を張ってもらって良かった。多少は騒ぐだろうと予想していたが、まさかここまでとは。
リディアを見ると、彼女も同じ事を考えているようだ。つまりは、実力行使だ。
リディアに目配せすると、往時のように強化魔法を掛けてくれた。ねことなった今も、昔と何も変わらない絆を感じる。
これでアウラをぶん殴る、正気に戻れ、アウラ。
「必殺、ねこドロップキック!」
肉球付きのぷにぷにの足でも、当たり処によっては中々の威力となる。顔面を蹴っ飛ばされたアウラは無事、目を回している。あとは叩き起こすだけだ。
「起きろアウラ! 起きろ起きろ!」
ぺちぺちと頬をねこタップ、何度か繰り返すとアウラは目を覚ました。
再び騒がないようにキッチリと言い聞かせ、リディアに当初の質問を答えるよう促す。
「勇者トマスと賢者ゴトーの現在だよね。まずは、アッシュ、が追い出されてからの話なんだけど、」
私を追い出した後の勇者パーティーは、酷く落ち込んだアウラとそれを慰めるリディアを気遣い、トマスとゴトーが夜の番をかって出たらしい。
白々しいとは思うが、今は言わなくても良いだろう。私が殺されたのも恐らくその時間帯だ、とリディアに補足しておく。
それから四人は魔王目前に迫り、既に近くへ潜んでいた別パーティーと合流し、計八人で魔王討伐を果たした。
その後王都へ凱旋し、連合の代表者達の前で剣聖ユースト・ハヅキの不誠実を訴えたらしい。リディアは精神的な体調不良に陥ったアウラの看病の為、式典へは参加していなかったとの事だ。
その後リディアが集めた情報によると、私はアウラとリディアを手篭めにしようとしたらしい。そこにトマスとゴトーが割って入り、私を倒し二人を救出。破れた私はパーティーを追放され、その後の行方は分からない。
これが大まかなトマスとゴトーの訴えのようだ。
「正直、穴だらけだな。少しでも私たちのパーティーと交流があった奴らなら、こんな作り話信じないだろ」
勇者トマスが聖女リディアを、賢者ゴトーが弓聖アウラを好いていたのはあまりにも分かりやすかった。割りと鈍い私でも気付いていたくらいだ。だからこそ、民衆の人気も私たちのパーティーが一番だった。それぞれの恋路がどうなるか、それらも注目の的だったのだ。
そしてそんな注目の的の女性陣と一番仲良かったのが、剣聖ユースト、前世の私であった。
勇者パーティー時代、アウラとは前衛と後衛という関係から、二人でよく位置取りなどを話し合っていた。そこにゴトーが混ざる事もあったが、武人同士と言うこともあり、アウラと二人きりの方が圧倒的に多かった。
リディアは当時まだ幼く、また教会から出た事がない箱入り娘だった。父親代り、とまではいかないが、彼女には世間の様々な事を教え、それらをネタにからかったりしていた。
詰り、二人の隣にはだいたいいつも私がいた。リディアからは父のように慕われ、アウラからは淡い恋心を向けられていた。
それはトマスとゴトーには、酷く不愉快に映っただろう。
しかし勘違いしてはいけない。私は決して、女性陣とだけ交流していた訳ではない。
トマスとは前衛同士という事もあり、連携などの調整を何度も行っていたし、ゴトーとは魔法の効果や威力、有利なポジショニングなど、最適解を何度も探った。
決して二人に恨まれるような、恋路の邪魔をした覚えはないのだ。奴らが暗に避けられていたのは、その性格の悪さと下卑た視線を隠しきれていなかったからだ。
時々こっそりと指摘してやった事もあった。感謝されこそすれ、ってやつだ。だが今考えると、余計なお世話だったのかもしれない。
まぁおそらくは、だ。
「ああいったのが積み重なって、例の凶行へと至る訳か」
「それでどうするアッシュ? いつ二人を糾弾する?」
「何もしない。するわけないだろう」
「・・・ おじさん、ほんとにしないの?」
アウラもリディアも心底驚いているようだ。私の普段の様子を見てれば分かると思うが。
「悔しくないの!? しようよ! 正当な権利だよ、糾弾糾弾! 復讐復讐!」
「やらん!」
「やだぁ! o(><;)(;><)o やるのぉおおお!!」
「お姉ちゃん・・・ おじさんの事なんだからおじさんの意見を尊重しようよ」
やらんって言ってるのに、聞いてないのか? またねこドロップキックするか? いや、毎度同じってのも芸がない、今度は別の手でいくか。
精神攻撃だ。
「やらんって言ってるだろ! お前がいつまでもそのつもりなら一緒に帰られん。私はリディアん家の子になる!」
リディアに目配せをする。
「わ、ワーイ、ヤッター、アッシュちゃんと一緒に暮らせるー」
「そ、そんな。・・・ やだー! o(><;)(;><)o アッシュと離れるの嫌ぁああああ!!」
効いてるみたいだな、いや効き過ぎだ! こいつ私に依存し過ぎじゃないか? こっちもいずれ何とかしないとな。
「でもな~、復讐とか言い出すような子とはなぁ。
はぁ=3」
「言わないー! もう言わないからぁ! やだぁあ!」
「ほんとか?」
額で釘でも打てるんじゃないかって勢いで頭を振っている。涙と鼻水の波状攻撃、まさしく波状になって飛んでくる。
きったね。
「それなら一緒に帰れるか。やっぱり長く暮らしたあの部屋には愛着があるしな」
感極まったアウラが私を抱き締めた。私の腹に、涙と鼻水まみれの顔が押し付けられている。
背後からリディアの心配げな雰囲気が伝わってくる。大丈夫だ、これ以上いじめるつもりはない。
ややあって私は開放された。ふわふわの毛並みが湿気でとげとげになっている。
だが毛繕いはしない、ばっちいからな。