6話
会話文の中に顔文字が入っています。苦手な方は注意です
リディアが手配してくれた看病人のお陰で、アウラの風邪は三日で良くなった。元々エルフやドワーフ達は、ただの人間よりも頑丈にできている。そうそう風邪など引かないし、引いてもすぐに治ってしまう。
アウラの場合は、急にはしゃいで体力をすり減らしたのが原因だろう。ご禁制の薬を疑うはしゃぎっぷりだったからな。そのうえずっとセクシーな下着姿で過ごしてたんだ、まぁ風邪引いて当然だな。
などと考えながら見守っていると、おもむろに背伸びを始めた。目覚めたようだな。
「ん。ん~~~~! はぁ~、おはようユースト」
「ニャッ、ミャーン」
敢えて、ねこの言葉を使ってやる。アウラのやつ、驚くぞ~!
「ずっと寝てたから身体ガチガチ。ユーストもごめんね、ずっと外出られなくて退屈だったでしょう?」
「ニャ~ン」
「フフッ、気にするなって言われた気がする。ユーストの言葉が分かる魔道具でもあれば良いのに」
「な~、」
「ユーストもそう思う? ・・・ あれ? 今の人の言葉?」
「ミャーニャウニャ」
「そっか、たまたまそう聞こえただけか」
アウラはまたぶつぶつと、陰気臭い独り言を呟き出した。リディアに会うまでもこんな様子が合ったし、会ってからも時々こうなっていた。昔はこんなこと無かったんだがなぁ。
こんな時はねこパンチだ。鼻っ頭にビシッときめてやるに限る。
「痛い! もぉ、何するのユースト」
「早く朝メシ作れ!」
「はぁ~い」
とぼとぼとキッチンへ向かうアウラ。
キッチンと言っても、ワンルームゆえの小さい流し台と魔導式コンロがあるだけの、ごく簡素なものだ。まぁ私の部屋だった頃は殆ど使った事がないのだが。
「どうしよう、キャベツしかない」
「リディアが手配してくれた看病人がな、エルフにはキャベツだ! って張り切ってたくさん持ってきたんだ」
「そっか。あ、お金、」
「金じゃなくて快気祝いにしとけ。リディアに渡しとけば間違いないだろ」
「そうだね、身体も鈍ってるし、後でさんぽがてらに見繕いに、え!?」
「やっと気づいたか、にぶちん」
それからのアウラは大騒ぎだった。まぁ分かってた事だがな。とりあえず、私が人語を話せるようになった経緯を伝えておいた。
「リディア様には感謝してもしきれません」
「そうだな、今のあの子はアウラよりも遥かに立派だな。それより朝メシは?」
「あ、まだ途中でした」
「そんなんだから13、4歳の子と比べられるんだ、しっかりしろ!」
またとぼとぼとキッチンに向かうが、今度は陰気臭い独り言を吐かない分合格だな。
包丁持つ前に、肩に跳び乗ってやるか。ご褒美だ、嬉しかろ?
「わ!? 降りてユースト、危ないよ」
「平気だ、私の事は気にするな。それより腹減ったんだが」
「もぉ、知らないからね!」
それからアウラは、手際よくキャベツを調理してみせた。元々やれば出切る子なんだ、最近は忘れてたけど。
「どうぞ、召し上がれ」
キャベツ炒めにキャベツの塩スープ。侘しい。
「キャベツ旨いな、肉があればもっと良いのに」
「後で買いに行こうね、えへへ」
顔が溶けてる。褒められて照れているのか、買い物デートと浮かれているのか、判断がつかんな。
ちなみにあくまで所感だが、昔は気持ちを抑えてた分、今よりもっと可愛らしかった。素材が良い分、残念でならない。
そんな事を考えながら食事を終えると、またアウラの肩に乗り、食器洗いを眺めていた。
「ユーストそこ気に入ったの?」
「悪くない」
「・・・・・・ あのね、そこがユーストのお気に入りなのは分かったんだけど、一旦降りてくれないかな? わたしずっとお風呂入れてないから」
「ん? あの旅でお前の汗臭い匂いなんて幾らでも嗅いだことあるぞ? 今更じゃないか?」
わき腹にくっついてるアウラの首筋が、ジメっと熱くなってきた。
「それに、ねこになってから鼻は鋭くなったのに、汗臭いのを不快に思わなくなった。不思議なもんだ。あ、ずっと野良だったからか?」
見れば顔が真っ赤に湯だっている。随分歳食ってる割りに、年頃の女の子みたいな反応するな。これは私にデリカシーが足りなかったか。
「お風呂行ってくる!」
いつも通り私も着いていく。アウラが寝込んでいる間、私も風呂に入れていない。さっぱりしたい。
「ユーストはダメ!」
「何でだ!?」
アウラはダメの一点ばりで、妙に決意が硬かった。いつもは簡単に折れるって言うのに。
「いつも風呂でやってた、あの変な、自称セクシーダンスを見ても別に笑わんぞ?」
顔を真っ赤に光らせ、アウラは風呂場へ消えた。
まさか今更恥ずかしくなったのか? 一生もんの恥って訳じゃないんだし、今度は早く立ち直ってもらいたいもんだな。
それからしばらくして、アウラは風呂から上がってきた。よしよし、ちゃんと服着てるな。
「ユーストも洗ってあげる」
顔が怖いし、洗いかたも力任せで雑だ。まぁおおかた、照れ隠しと八つ当りみたいなものだろう。好きにすればいいさ、どうと言うものでもない。
雑に洗い、雑に拭かれ、雑に乾かされたお陰で、私の毛並みはボサボサだ。
「ブラシは無しか?」
「おあずけ!」
クックックッ! おあずけときたか! まぁいいさ、多少ワイルドな方がメスにもモテるってもんだ。
「そうだ、アウラ」
「何?」
まだ機嫌は直らんらしい。かわいらしいこって。
「うん、お前そのユーストって呼ぶのやめろ」
「じゃあ何? あなた、とか?」
精一杯の仏頂面だが、隠しきれない嬉しさが滲んでいる。
「そうじゃなくてな、もっとねこっぽい名前をつけろって事だ。それが終わったら、快気祝い持ってリディアにも教えに行くぞ」
「やだ」
「あん?」
「やだぁ、o(><;)(;><)o イヤァアアアア!!」
うるさい!
「ユーストはユーストだもん! それ以外イヤァアアアア!」
駄々をこねる150歳児。さてどうしたものか。手っ取り早く、奴の恋心を利用するか。
「そうか、アウラは私の、名前! が好きだったんだな。だからそんなに嫌がるんだ」
「ち、違!」
かかった。
「違わんさ。寂しい限りだ、名前なんて人の本質じゃ無いってのに。そんなところばかり見てたなんてな」
「違うの! 違うの!」
「無理しなくて良い」
「つけるからぁ! もっと良い名前着けるからぁ!」
「じゃ、頼まぁ!」
「!?!?!?」
嵌められたのに気づいたアウラは口をパクパクさせて、言葉も出ないようだ。さすが150歳児はチョロいな。
ブー垂れたアウラは、ミケだのタマだのと定番の名前や、スケコマシや女の敵などと悪口ばかり提案してくる。
「私は何でも良いが、真面目に考えないと後で辛いのはお前だぞ、アウラ」
「・・・・・・ じゃあ灰色だからアッシュ」
「それで良いんだな? ならリディアにも教えに行くか。ほれ、出かける準備しろ、いつまでブー垂れてんだ」
「ユー、アッシュのせいなのに」
私がわざわざ偽名を名乗るのは、こいつの為でもあるんだがなぁ。
「あのな、アウラ。このままだとお前、拾ったのらねこに死んだ仲間の名前を着けてかわいがる、頭おかしい奴だぞ? それで良いのか?」
ちなみに私は、そんな危ない奴に飼われる気はない。
「リディアは分かってくれるもん」
「リディアと私以外は?」
プイッとそっぽを向いて無言を貫くアウラ。どんどん幼くなっていってないか? 大丈夫かこいつ。
「よし分かった。じゃあキスしてやろう、それで機嫌直せ」
「ホント!? やった!」
「その喜び様を見た他人はなんて思う? 死んだ仲間の名前を着けたねことキスして喜ぶ女を見た人は、なんて思う?」
唸っても駄目だ。それに私を揺すっても駄目だ。
「う~う~う~! だいっきらい!」
アウラに揺さぶられて目が回りそうだが、買い物に連れ出さねば。このままだといつまで拗ねているか分からん、目先を変えてやらねば。
アウラの手を逃れ、肩に跳び乗る。
「逃がさないんだから!」
「いつまでバカやるつもりだ、買い物行くんだろ?」
「やだ!」
プイッとそっぽを向くアウラ。右肩に乗っている私から頬が遠ざかる。尻尾で左頬をグイッと押して、右頬にキスをする。もちろん親愛のキスだ。150歳児は勘違いするだろうけど。
「これで機嫌直せ。ほら、買い物行くぞ」
「う~! こんなので許してあげたりなんかしないんだから!」
精一杯、怒ってるって演技をしている。単純な奴だ、かわいらしいこって。