5話
冒険者ギルドのカウンターでアウラを待つ間、私は昼寝をすることにした。すると、眼が覚めたら何故か、目の前にリディアがいた。
アウラの姿が見えないが、匂いは近い。たぶんこの、私が尻に敷いてる太ももの持ち主がアウラだろう。
という事はここは教会か?
「あ、ねこちゃん起きた? 勝手に居なくなっちゃ、メッ! だよ」
「アウラお姉ちゃんねこに言っても分かんないよ、いぬじゃないんだから」
「そうなんだ。わたしねこ飼ったことないからよく分からないの」
リディア大きくなったな。あの頃はたしか12歳だったか。聖女として頑張ってるみたいだな、顔つきが大人っぽくなってきた。
「誰かから貰ったんじゃないの?」
「んーん、たぶんのらちゃんだと思うんだけど、でもかなり人慣れしてるから」
「分かった、鑑定してみる」
それって私のステータスが覗かれるって事じゃねえか! ヤバい逃げねば! 今のアウラに正体バレる訳にはいかん!
「あ! また! ねこちゃん、おとなしくしてなさい!」
体格さもあってか全然抜け出せん。ちっくしょ、こんにゃろ!
「そのまま押さえてて、いくよ、鑑定! ・・・・・・ うん、見えたよ」
逃げられんかったか、しょうがない、覚悟を決めるか。
「・・・・・・ お姉ちゃんもうこの子に名前つけちゃった?」
「まだだよ、よその子だといけないから」
「あのね、この子もう名前付いちゃってる。それでね、それがおじさんの名前なの。お姉ちゃんほんとにおじさんの名前付けてない?」
「あの人の名前はあの人だけのものだから」
アウラからの愛が重い。エルフは生涯でたった一人しか愛さない、なんてのはただの笑い話だってのに。何でこの子はそれを地でいくんかね?
「でもこの子の名前、ユースト・ハヅキになってるよ? 剣聖の称号もあるし」
なるほどな、それでスキル技が使えたのか。称号やスキルってのはもしかして、身体じゃなくてタマシイの方ににくっついてるもんなのか?
「おじさん?」
リディアが私の顔を覗きこんでくる。アウラならまだしも、この子に対しては誤魔化せそうにないな。
「ニャッ! ミミニャ」
「うん、本物だと思う」
私がリディアの膝に飛び乗ろうとしたら、後ろからアウラの腕が伸び、抱き締められてしまった。
「うわぁアアアアン! ユーストユーストユースト!! 会いたかったぁアアアア!! ユーストユーストユーストォオオ!!」
うるさい! そして苦しい、息ができない、死ぬ!
気絶した私をリディアが聖女の力で癒し、アウラの説教もしてくれたらしい。頼りになるようになったな、リディア。それに引き換えアウラは、
「ニャミャミャニャ!」
「うぅ、ごめんなさいユースト」
「お姉ちゃん言葉分かるの?」
「分からないけど、怒られてる気がする」
さてバレたからにはこのままでは話しがしづらいな、何か書くものはないか?
部屋を見回すも、何も無さそうだな。
「そっか、おじさんもおしゃべりしたいよね。待ってて、今度いいの持って行くから。それまではお姉ちゃんと一緒に居てね」
リディアなりに気を利かせたつもりだろうが、まだまだ子供だな。ちょうど恋に恋するお年頃ってやつなんだろうな、それで大好きなお姉ちゃんの恋路を応援したいってとこか。
私の正体を知ったアウラが何をするかなんて、火を見るより明らかだってのに。
「じゃあ私はもう行くね、バイバイ、お姉ちゃん、おじさん」
「うん、バイバイ、リディアちゃん」
「ニャニャニャ~」
「わたしたちも帰ろっか?」
ここは素直に頷いておこう。この150歳児が醜態を晒す前に部屋に連れ帰らないと。こんなのでも、弓聖として魔王討伐を果たした凄い人物なのだ。幻滅されるような行動は慎むべきだ。
アウラは来たときと同じように私を抱き上げ、家路へ向かう。時々崩れかける表情をねこパンチで修正しながら、私は速く着けと祈っていた。
「えへへへへ! やっと二人きりになれたね!」
帰って第一声がそれか! せめてただいまくらいは言え! それに、発言がおっさん臭い!
近寄ってくるだらしない顔をねこパンチで迎撃、序でにもう一発。
その後もアウラは、
「お昼は何にする? 私が腕によりをかけて作っちゃうよ!」
「ニャンニャーミ」
「分かった! ハンバーグだね! 任せて!」
終始この調子の為、ねこパンチだけで私は疲れてしまった。寝るまでに何発の修正ねこパンチを放ったか分からない。リディアの贈り物が早急に届くのを願う。
そんな調子で、アウラとの生活は一週間に及んだ。
「こんにちはー!」
待ち人来るだ! やっとリディアがやって来た! 玄関のドアノブに跳びついて、救世主を出迎える。
よく来てくれたリディア!
「あ、おじさんが開けてくれたの? スゴーい!」
「ミミニャナァ、ニャン!」
「あれ? おじさんだけ? お姉ちゃんは?」
やれやれと首を振り、ベッドを指差す。
「寝てるの? あ、そうだ! こう言う時のだった!」
リディアがローブのポケットから取り出したのは、大きな首輪だった。大型犬に着ける物よりも大きく見えるのだが?
リディアがそれを私の首に着けようとする。
これがアウラなら逃げるところだが、リディアの事は信用している。リディアが持ってきた物ならば、問題は無いだろう。
首輪が巻かれると、私の身体に合うように縮んだ。どうやら魔法の首輪のようだ。しかし聖女が持ってきた割りには、この程度での機能しかないのか?
「よく似合ってるよ、おじさん。ねえ、何かしゃべって?」
「しゃべれと言われてもなぁ」
!? 言葉が、人の言葉が話せている!?
「どお? スゴいでしょ? 私が作ったの! この首輪があれば、どんな動物や魔物とでもおしゃべりできるんだよ~!」
「そうか、リディアが作ったのか。スゴいなぁ、えらいなぁ。ありがとうリディア!」
「えへへへ! それでお姉ちゃんはどうしたの?」
「このバカタレはな、毎夜私を誘惑しようと薄着で過ごし、風邪を引いたのだ」
「お姉ちゃん・・・」
小さい子に呆れられるも、そもそも本人は熱で寝込んでおり、それどころではあるまい。
「私、治そうか?」
「要らん。バカタレにはいい薬だ。さて、もてなそうにもこの部屋はろくに茶菓子もない。すまんなリディア」
とりあえずリディアには一人用のイスに座ってもらっているのだが、本当に私がいた頃から何も変わらないのだ、この部屋は。
「ん~ん、お姉ちゃんがこの部屋いじるとは思えなかったし。だから私、お菓子買ってきた!」
ほんとうに立派になったな、リディア。
「リディア、くつ紐がほどけているぞ」
「え!?」
こういうところはまだまだ素直だな。テーブルの上に立って頭をなでてやろう。とはいえねこの手だ、ぽんぽん叩くのが精一杯か。
「わ!? えへへ、なんか懐かしいね、おじさんに撫でられるの」
それから私たちは、私が死んだときからの事を時間が許す限り話した。
「あ! もうこんな時間! 私もう帰らなきゃ」
「どれ、送って行こう」
「ん~ん、お姉ちゃんに着いててあげて。そうだ! お姉ちゃんの看病!」
「問題ない。今の私でもキャベツをちぎって口に突っ込む事くらいはできる」
キャベツは栄養たっぷりだし、この野菜は元々エルフの里から伝わったと聞く。エルフのアウラにはぴったりだろう。
「おじさん・・・・・・ 後で人を手配するね」
まぁどうせ借りるなら、ねこの手より人の手か。
「すまんな、何から何まで」
「ん~ん、私じゃお姉ちゃんを元気に出来なかったもん。おじさんが帰ってきてくれたからだよ。私もうれしいし、だから後は私に任せて!」
「リディア、頑張り過ぎるなよ。こんなんなってもな、私もアウラも自分のケツは自分で拭けるからな」
年頃の女の子の前じゃ、ちょっと下品だったか?
「それにな、アウラのあれは、人の死くらい自分で乗り越えられないアウラが悪い。奴はいい歳こいて子供なんだ、150歳児なんだよ」
「お姉ちゃんは150歳児。フフッ、そうかも、前に初恋って言ってたし、あ!」
リディアが口を滑らせる。まぁ、私もアウラの気持ちには気づいていたしな、問題ない。フッ、こういうところはまだまだ子供だ。
「知ってるから気にするな。それより門限は良いのか?」
「はっ! そうだった! バイバイおじさん、それからお姉ちゃんもお大事に~!」
リディアはほんとうに良い子に育った。そこのエルフにも見習ってもらいたい。
さて、先の会話でリディアは意図的に触れない話題があった。アウラもこの一週間、その話題は持ち出さなかった。
それにリディアが言った『だから後は私に任せて!』この一言も気になる。
これは、アウラが元気になったらキッチリ問い詰めないといけないな。
だから風邪なんて速く治せ! この、色ボケエルフめ!