4話
「ねこちゃんおはよう、昨日はよく眠れたみたいだね」
バスケットの蓋が開けられ、そこからアウラが覗きこんでいる。
いつもは涼しげな美女のアウラだが、今日はなんだか不気味な顔をしている。バスケットを覗きこんでいるせいか? それとも逆光で陰影が濃いからか? わからん、だがせっかくの美人が台無しだ。
・・・・・・ そうか! 分かったぞ! 笑顔が下手だからだ!
いつもはもっと自然に笑えてるのだがな。さてはアウラ、虫歯でもできたか?
「もう! その顔は全然わかってない! ちゃんと反省しなさいって言ったのに!」
あぁ、なるほど!怒ってたからか。それにしても『言ったのに』って、ねこに通じる訳ないだろ。前世を覚えてる私だから通じているが、こいつ大丈夫か? まぁいいか、それより、
「ニャウニャ、ミャンミーミュ」
「う~~!」
なんか悔しそうに睨んでるんだが、そんなに反省して欲しいのか? 面倒くさい奴だ。
ここは古式ゆかしく、遠国の古い謝罪法『ドゲザ』でもして見せるか。
「ウミャミャ~」
「ごめん寝だ! かわいい~!」
・・・ なんかよくわからんが、機嫌が直ったようで何よりだ。朝メシくれい!
「もう! それで許すのは今回だけだからね!」
この調子ならもう何度か使えそうだな、対アウラ用の切札にしよう。
さて、野菜スープで腹は満タン、この後はどうするか。当初の目的の武器コレクションは確認できたしな。そうだ、あの時の光がスキル由来のものか調べないとな。
街中でスキルを使えるとなると、冒険者ギルドの闘技場か衛兵隊の練兵場か。さて、近いのはどっちだったか。
いや、私の道場も使えるか? 魔王討伐遠征の際、弟子を師範代に任命し、預けて来たが、どうなっているか気になるな。
「ねこちゃん、私はギルド行くけど、おとなしくお留守番してるんだよ? できないとまたバスケットだからね」
・・・ なんと言うか、本人には絶対に言えないが、都合のいい女だな、アウラは。
ドアノブに手をかけ、今にも出かけそうなアウラの肩に飛び乗る。よし、では冒険者ギルドまでレッツゴー!
「ねこちゃん! ダメだよ、ねこちゃんはお留守番」
「ミャッミャミャー!」
しばし行く行かないの押し問答が続いたが、アウラは押しに弱いからな。今回も私が押しきって、冒険者ギルドに連れていってもらう事になった。
「うぅ、ねこちゃんの頑固者」
私に押し切られとぼとぼ歩くアウラをねこパンチで叱咤しながら、冒険者ギルドまでやって来た。
懐かしいな、実は私も若い頃に登録しに来たことがあるんだ。こっちは武者修行が目的だってのに、ランクがどうだのとほざいて強いモンスターの情報を寄越さないもんだから喧嘩別れして、それ以来だな。だから25?年ぶりくらいか。
私が感慨に耽っている間に、アウラは受付に向かっていた。クエストでも請けるのか? 魔王討伐遠征隊は各国の連合で、討伐成功の際は莫大な褒賞金が約束されていた筈だが。
一生遊んで暮らせる額との事だったが、嘘だったのか? まぁお偉方の話なんて頭っから信じちゃいないが、それが事実なら、次は人集まらんぞ?
「アウラさん、そう毎日来られても」
「ユースト・ハヅキの情報ありませんか?」
「ありません。アウラさん、彼が勇者パーティーを抜けた後の動向は分かっていません。本陣にも帰投したという報告はありません。また、それらしい人物を見たという情報も入手出来ませんでした。何度でも言いますが、帰路の途中でモンスターに殺されたか、姿を隠しているかのどちらかだと思われます。ギルドの意見としましては、モンスターに殺された可能性が高い」
「彼はあの程度のモンスターに負けたりしません!!」
八つ当たりでカウンターを叩くな! 急なでかい音大嫌いだ!
それにしても、昨日の朝から出掛けていたのはギルドだったのか。あの受付嬢が毎日って言ったし、今のやり取りも何度も行われたのだろうな。
と言うか、そもそも下手人である勇者トマスと賢者ゴトーはどうなった? アウラとリディアの二人ならあいつらが怪しいと気づくと思ったのだが。
私の正体を明かせばすぐにわかるのだろうが、今のアウラに明かすのはな。あまりにも私が居ないのを悲しみ過ぎじゃないか? この調子だと正体明かしたら私に依存しかねん。まずはリディアと話がしたいな。スキルの確認が終わったらアウラに教会まで連れていってもらうか。
まったく、150歳児の相手は疲れる。
アウラはまだ受付嬢と言い合ってるし、ちょっと闘技場行ってくるか。
で、闘技場はどっちだ? 観客として外から入った事はあるが、中からの行き方は分からんな。まぁ適当に歩いてたら着くだろ。アウラとはぐれたとしても、どうせ明日また確認に来るだろうし。
さて、闘技場はっと、こっちかな?
何度か道を間違えながらしばらくうろうろし、ようやく闘技場を見つけた。闘技場だからと、賑やかな、活気のある方を目指して歩いたってのに、誰も使ってねえってどういうことなんだ! 何で誰も訓練してないんだ。冒険者なんて金持ちになりたいとか有名になりたいって奴が殆どだろう? なら何故鍛練しない? 実戦派なんて、努力嫌いな奴の言い訳でしかないんだぞ?
何で自分の目的の為に努力しないんだ!
いかんいかん、取り乱した。道場師範時代の一番バカな弟子を思い出した。
人が居ないってのは誰にも見られる心配がないって事だ。今の私にはむしろ好都合、ラッキーだぜ!
よし、では手始めに、
「ニャムニャ!」
・・・・・・ できた。え? マジか! できちゃった!
幻想斬とは、スキルの力で幻の刃を作り出し、一振りで二振り分の攻撃を与える技だ。それが出来ちゃった。
じゃあ次は、幻双斬にしようか。
「ニャムニャ!」
これも出来た。これはまぁ、さっきの技の応用だから、幻の刃を二振り分作るってだけだから。次はちょっと難しいのを、
「ミミャ!」
まぁ見た通りの突きを飛ばす技なのだが、これも出来てる。もっと難しいのをやってみるか?
「ウーミャミィ!」
流星の如しは両手剣の技で、重さを利用して切り下ろし、例えかわされても地面を叩きつけ相手の足場を砕く豪快な技だ。
その剛剣がこの小さな爪とぷにぷにの肉球で出来てしまった。それも全盛期の私と同じ威力でだ。
剛剣がいけるなら、柔剣もいけるのではなかろうか、
「ニャーニャミャ」
望月の祓えは打刀の技だ。刀で円を描くように相手の攻撃をいなし、場合によってはそのまま切り払う事もできる技だ。
これも出来るのか。それよりも、だ。
今、私の爪、一本しか光ってなかったのだが。全て一刀流の技だからか? それとも意識すれば五本の爪が全て光り、威力五倍となるのだろうか? やってみよう。
飛突がいいか、分かりやすいし闘技場への被害も少ないと思うし。
「ミッミミャ!」
爪は五本全部光っていた。私はてっきり、五倍の大きさの飛突が出るものだと思っていたが、実際に出たのは五本の飛突であった。
まぁ五倍には違いないな、単純に手数が増える訳だし。でも個人的には、手数五倍より威力五倍の方がよかった。使い分けれるように鍛練してみようかな。
それから何度か試してみたが、どうも手数五倍にしかならないようだ。さすがにそう都合よくはいかないか。スキル技の制御には自信があったんだがな。
いいだけ遊んだし、アウラのとこ帰るか。
帰りは迷わずに受付ホールまで来れた。だが肝心のアウラが居ない。受付嬢に聞いてみるか。ちょっと行儀が悪いがねこだしな、おおめに見てもらおう。
カウンターの上に飛び乗り「にゃー」と鳴いてやる。
「あれ? この子確かアウラさんが連れてきた・・・ いけない子だね、アウラさん君を探してたよ」
ならまだ帰っていないな。待たせてもらおう。私はそこらののらねこじゃないんだ、行儀よく座っていようじゃないか。
受付嬢の方から「香箱」と聞こえてきたが、業務内容のようなので私は寝ることにする。ねこになってからと言うもの、幾らでも昼寝出来る身体になってしまった。ではおやすみ!
次に私が目を覚ました時、何故かは分からないが目の前にリディアがいた。