3話
「ふわぁ、ねこちゃんふわっふわ!」
今私はアウラに抱きしめられ頬ずりをされている。気持ちは分かる。風呂上がりの毛皮がこんなにふわふわのもふもふになるとは私も思わなかった。こんなにふわもふなのは初めて自我が芽生えた時以来だ。だから気持ちは分かる。
分かるが、いい加減うっとうしい。だが肉球で押しやると今度は、
「はぁぁん、肉球ぷにッぷに~」
こうなる訳だ。まさか美人の顔に爪を立てる訳にもいかんしな。飽きるまで付き合うしかないのか。
太陽が中天に差し掛かる頃、私は開放された。
「ニャウニャ!」
「ごめんなさい!」
説教の際、小さな破裂音に振り向くと、私の尻尾が床をピシッピシッと叩いていた。そんなに怒っているつもりではなかったが、尻尾を見る限りそうでも無いようだ。
「ニャミャミャニャ!」
「・・・ うぅ、私ねこに怒られてる」
大分反省している様だし、次からは気を付けるだろう、まったく!
さて、落ち着いたところで私の武器を確認したい。今朝からのアウラの様子を見るに、処分はしていないと思うのだが。
だが弓使いのこやつに刀剣の手入れが出来るのだろうか? しているのだろうか? 一年半では錆びだらけになることはないと思うが。
「ニャウニャ、ミニャムニャ?」
「ねこちゃん? あ、お腹空いてるんだね。そっか、もうお昼だもんね、ちょっと待ってて」
いや違うんだが。・・・ 違わなくはないか、確かに小腹が空いてきたな。武器は昼メシ食べてからでもいいか。
「はい、ねこちゃん。どうぞ召し上がれ」
根菜類の野菜スープか。・・・・・・ 旨い。
産まれてこのかた、ずっとネズミや虫だったからな、文明の味がする。
だが欲を言えば、肉が食べたい。魚でもいい。まぁエルフに言ってもしょうがないか。
・・・・・・
いやこいつ魔王討伐の旅の中、肉もりもり食べてたな。肉食文化はダークエルフじゃなかったか? アウラはブライトエルフだと思っていたが、それともハーフだったか? 聞いた事あったと思うが、忘れちまった。
「ねこちゃんキレイに食べたね。おいしかった?」
「ニーニャウ。ナッ、ミャミャウニャ!」
フッと微笑んで頭を撫でるものだから、一瞬通じたかと思ってしまった。
さ、食事が済んだら私の武器を見せてくれ!
「ニャウニャ、ミーミー」
私は良識あるねこだからな、ドアを引っ掻いたりはしない。その代わり、ねこタップだ。音を聞き付け、食器を片付けていたアウラがやって来た。
「ねこちゃん、もう行っちゃうの?」
何処にも行かないからそんな悲しい顔するな。
「ニャーミー」
「うん、バイバイ、ねこちゃん」
察しが悪いな。またねこタップでドアを鳴らす。立付け緩いからな、ねこでもガタガタ鳴らせるのだ。
「ねこちゃん?」
「ニャー!ミー!」
「どうしたの?」
部屋の外に出てきたな、もう一息だ。隣の部屋の前に行き、ねこタップでドアを鳴らす。
「ニャウニャミーミー」
「ねこちゃんそのお部屋に入りたいの?」
「ゴロゴロゴロゴロ」
「ダメだよ、このお部屋は危ないから」
「ミャ~ニャ~ミャ~!」
「ダメ」
抱き上げられてしまった。抱えた腕にねこタップで抗議する。そこから始まった私とアウラの押し問答だが、最後にはアウラが根負けすることで決着が着いた。
相変わらず押しに弱い。
「もう! 意外と頑固なんだから! ただし、開けるけどこのままだからね?」
「ミャッ!」
フッ! まぁこの程度の拘束なんて私には無意味だけどな。
「ほんとに危ないんだからね、おとなしくしてるんだよ?」
いいから速くドアを開けて欲しい。私のお宝が目の前にあるんだ!
アウラは左手で私をしっかりと抱き締め、右手で慎重にドアを開けた。
「ウミャ~ゴロゴロゴロ!」
このニオイ! このニオイだよ!
今の私は人だった頃とは匂いの感じかたが違う、だがこの部屋からは同じニオイを感じる。
背筋が凍える様な冷たさと、絶対的な信頼感としての温もり、それらを混ぜた様なニオイだ。
「ゴロゴロゴロ! フミャ~ン!」
「ねこちゃん? このお部屋、マタタビでもあるの?」
あぁ~、もどかしい! こんな身体じゃなきゃ振り回せるのに! 今の身体じゃ月刃の片割れをくわえるくらいか。
残念だ、まことに残念でござる!
この小さな身体で出来るのはせいぜい撫でるくらいだ。愛でようがない。せめて今は、その冷たい刃を撫でて無聊を慰めるとしよう。
「ッ! ねこちゃんダメ!」
アウラの腕から逃れ、月刃に触れ
る。
肉球に伝わる感触は、嘗てと殆ど変わらない。変わらないからこそ、嘗てとの隔たりを強く感じる。
「ウニャン。ミャ?」
「こら! 約束したでしょ、ねこちゃん」
アウラの小言など耳に入らん。前足の先が淡く光っている。いや、これは爪が光っているのか?
「もうおしまい、約束破るワルいねこちゃんは、メッ!」
「ニャウニャミッ!ミャ!」
後ろ足で立ち上り、前足を見せる。だがアウラにはこの光は見えないようだ。
「かわいいポーズしてもダメ!」
つまりこれは、スキルの光か。通常、スキルの光は使用者にしか見えない。しかし、ねこになってからはスキルを使えた試しがない。
もしや、月刃に触れた事で人間の頃のスキルが開放されたのか? つまり、今の私は双剣使い? 他にも触れてみるか。
「あ! ダメ!」
捕まえようとするアウラの手を逃れ、次々と私のコレクションに触れていく。
結果、大太刀、打刀、両手剣、片手剣、月刃と、全ての武器種で爪が光った。
あくまで予想に過ぎないが、私が前世で培った剣術スキル、それらが全て使えるようになったのではなかろうか。
フッ! 握れもしない剣の技が使えてもな。
「もう! ねこちゃん! メッ! メッだよ!」
「ミュゥ、ミュオンニャウニャ」
アウラがぷりぷりと怒っているが、まぁ軽く流しておこう。
「もう出るからね! 帰るよ!」
もう逃げはしないのだから、首をつまむのはやめて欲しい。と言っても通じないし、そもそも信用がないか。
アウラはコレクション部屋のドアを厳重に魔法で施錠すると、私を部屋に連れ帰り蓋付きのバスケットの中に入れた。
「いたずらっ子はそこで反省してなさい!」
生前の私は特にねこに詳しい訳ではなかったが、それでもねこは狭い場所が好きなのは知っている。実際にこの一年半をねことして生きて、それを実感してもいる。
バスケットの中は、程よく狭くうす暗く、そして暑くもなく寒くもない。つまり大変落ち着ける環境であり、寝床としてちょうど良い。
せっかくだ、昼寝と洒落混むか。
「ミャ~~ン」
ふふ、言葉が通じていたら挑発と取られるだろうな。
眼を閉じると、一瞬で意識が遠ざかっていく。スキル取得、或いは開放、自分で感じるよりも疲れていたのかもしれない。私はそのまま朝まで目覚める事はなかった。