1話
毎日0時に1話ずつ更新、全12話です。
「見損なったぜ! こんな奴が剣聖だったなんてよ!」
今私は全く見に覚えのない罪で糾弾されている。
私が所属するのは魔王討伐部隊の中でも、とびきりの戦力を集めた勇者パーティーだ。メンバーは勇者トマス、賢者ゴトー、聖女リディア、弓聖アウラ、そして剣聖ユースト、つまり私だ。
「まさか食事に毒を盛るなんて。手柄を独り占めするつもりだったんですか? それとも魔王のスパイだったとか?」
確かに今晩の食事当番は私だったが、食材は勇者トマスと弓聖アウラが採って来たものだ。ありきたりな獣の肉と山菜にキノコ。エルフである弓聖アウラが山の幸を間違えるとは思えない。
現に今も思案顔で俯いている。深く考え込む時の彼女の癖だ。
「あの、二人とも一旦落ち着こう? 毒は直ぐ私が浄化したし、だから、ね?」
「確かにリディアの言う通りだ。それに、」
「いいや! そう言う問題じゃない!」
「そうですよ! 僕らの信頼を裏切った! それが問題なんですよ!」
勇者トマスと賢者ゴトーに遮られた。バカのくせにこう言う勘だけは鋭い。
「ねえ、何故彼が毒を盛る必要があるの? そもそも私達には自然界の毒は脅威にならない筈でしょ?」
そう、私達には常に、ゴトーが様々な補助魔法を掛けてくれていた。その中の1つに、毒無効があった筈だ。アウラはそれを指摘したのだ。
「そ、それは、今日はちょっと抜けててですね、」
「しょうがねえだろ! オレとゴトーは昨日寝ずの番だったんだからよ!」
「そ、そうですよ! それで僕のウッカリをそいつは見逃さなかったんだ! この卑劣なスパイめ!」
魔力を感じ取れず魔法を使えない私が、そのウッカリにどう気付けたと言うのだろう?
「あの、それより食事を先に済ませませんか? 浄化もしましたしもう食べれると思うのですが、」
腹ペコ聖女、リディアは12歳で育ち盛りだしな。彼女はいつも美味しそうに食べてくれるので、ついつい多めに盛ってしまう。若い子に沢山食べさせたくなるのはおじさんの悪い癖だ。
「この裏切者を追放するまで食事なんて出来ねえよ!」
リディアが恨みがましく私をにらんでいる。空腹は最大の敵、それを今痛感する。
「食べるか?」
秘蔵の干し葡萄が入った小袋を差し出すと、リディアはパッと花咲くように笑顔になった。
この顔に弱い、いくらでもあげたくなってしまう。それで何度アウラに怒られた事か。
「これも毒入りだ! そうに決まってる!」
勇者トマスが小袋を叩き落とし、踏み躙った。リディアの顔が一瞬で絶望に変わり、目尻には涙が溜まりはじめた。
この顔にも弱い、スペシャルなクッキーをあげよう。
それはジャムを包んで焼いた球状のクッキー、前の街で買込み隠しておいた私のとっておき!
「ほ~ら、スペシャルなクッキーだよ~。これは何味かな~」
口先まで持っていくとパクリと食いつく。かわいい、子犬感ある。
「バカ! 吐き出せ! 毒入りだっつってんだろ!」
「ん~!んーんー!んーー!」
トマスがリディアの口を無理矢理開かせようとしている。だが彼女は意地でも開かない。子犬感ある、かわいい。
「もう食べちゃった」
腹ペコ聖女が笑顔で口の中を見せている。美味しかったようだ。だが直ぐに倒れてしまう。
「おい、おい! クソ! やっぱり毒だったか!」
ゴトーの援護か。眠らせただけだと思うけど、エルフのアウラには魔法を使ったのバレるんじゃないか?
「決議を取りましょう! 僕らはいつも揉め事にはそうしてきました!
剣聖ユーストのパーティー追放に賛成の者は挙手!」
仲間が毒で倒れたんならこんな事してる場合じゃないだろ、雑な手口だな。
とは言え、多数決は止まらない。トマスとゴトーが挙手、アウラはあげないか。彼女はいつも静観していた。長寿のエルフ故、泰然自若と言うやつなのだろうか?
「では反対の者!」
私とアウラの手が挙がる。珍しい事もあるものだ。でも2対2か。決が着かんな。
「当事者のあなたは数には入れません! 依って、ここに剣聖ユーストの追放を宣言します!」
まぁ、そうなるよな。それがトマスとゴトーの目的だった訳だし。意中の女性が振り向いてくれないからと、彼女達と仲のいい私を追放したかった。そんなとこだろう。
私が居なくなったところで何も変わらないと思うが。彼らが好かれないのは、性格の悪さが透けて見えるからだろうし。
普段はボンヤリとして食い意地が張っているリディアだが、教会内部でいろんな下衆を見てきているだろうし、アウラは誰よりも年長者だ、奴らの内面に気付けぬ筈がない。
「分かった、私は抜けよう。君たちが本懐を遂げるのを他のパーティーから応援しよう」
私が居なくなったからと言って、いきなり二人に手を出す事は無いだろう。魔王は目前に迫っている。だからこそ、こんな稚拙な手を使ったのだろうし。
「待って、彼が居なくなると前衛が足りないわ」
「ダメだ! 決に従えよ! それにもうそいつを信じて背中を預けられねえ!」
よく言うな。私こそ、時々君たちの殺気を感じて居たのだが?
「ッ! ・・・ それなら1度本陣に戻りましょう。せめてもう一人加えないと」
確かに勇者トマスだけだと頼りないな。勇者とは言うが、本質的には魔法剣士だ。前衛でガチンコ向きの戦士じゃない。
それに、堕ちた精霊種である魔王を攻撃できるのは精霊の加護がある者だけ。則ち勇者やエルフである。
一応魔力も通じる為、私には対魔王用に魔剣が貸与されている。
「・・・ 良いでしょう。ただし、彼とは別行動です。他パーティーも進んでいる以上退路は安全でしょうし、彼の力はもう必要ありません」
「その必要は無いんじゃないか? むしろ進んだ方が、他パーティーと合流しやすいと思うが」
彼らも歴戦の戦士の筈だ。そこで前衛を補充する方が合理的だと思うのだが。
まぁ、いいさ。とりあえず私は、1度本陣に戻ってパーティー転出届を出さなければならない。荷物を纏めよう。
「ねえ、貴方はこのままで良いの?」
貸与された魔剣を直接返却するかトマスに預けるかで悩んでいた私に、アウラが話し掛けてきた。日が落ちきる前に荷物を纏め終わりたいのだが。
「私はどこのパーティーでも構わんさ。対魔王戦は元々、選抜パーティー数組によるレイド戦を想定している。それに、パーティー間でのメンバーの入れ替えはよくある事だ」
「そうじゃなくて! 貴方の名誉の事よ! あいつら絶対この事を言い触らすわ! 下らない噂を真に受ける人間は貴方が考えるより遥かに多いのよ?」
「まぁまぁ、若気の至りさ。気付いてるんだろ? 彼らの想いに」
直接彼らに確認した訳ではないが恐らく、勇者トマスは聖女リディアに、賢者ゴトーは弓聖アウラに惚れている。
彼らの想いに関しては周知の事実であり、賭けまで発生しているくらいだ。一見成立しなさそうな賭けだが、大穴狙いの変わり者は何処にでも居るものだ。もしくはトマスとゴトーの性格の悪さを知らないのか。彼らのお陰で賭けが成立してしまっている。
「貴方こそ「おい! 何をぐすぐすしている! あなたはもうパーティーメンバーではない! 速くここから立ち去れ!」
アウラの言葉を遮り、ゴトーが声を荒らげる。急に不安になってきた。愚策の成功に酔って、襲いかかったりしないよな?
「それでは皆さん、お世話になりました」
去り際、野郎二人にハグした序でに耳打ちをしておこう。
「緊張感よりも開放感の方が心の扉は開きやすい、想いを告げるのは魔王討伐の後にしたまえ。その方がグッと成功率があがるぞ」
アウラにもハグするが、彼女には何も言わない方が良いだろう。下手にゴトーを煽る事もあるまい。その代わり、例のクッキーが入った小袋をソッと渡す。これで聖女へのフォローにもなるだろう。
背中越しに手を振りながら、本陣へ向かう。
戦線は少しずつ前進している。司令部のある本陣までは、一晩も歩けば朝にはつく筈だ。
暫く歩くが誰にも逢わない。大分先行したと思っていたが、案外他のパーティーもやるようだ。これなら私の代わりも充分務まるだろう。
「ん? 何だ?」
急に音が消えた。それにどんどん闇が濃くなってくる。
攻撃を受けている! 幻覚系か? それとも?
!? 肩への強い衝撃に、私の身体は吹き飛ばされ仰向けに倒れてしまった。普段なら受身が取れるというのに、身体が痺れて動けない。それに息もしづらい。
「よう、おっさん。早速だけどさ、死んでもらうぜ」
「あなたが追放されるのは、此の世からもなんですよ」
そうか、こいつらの仕業か。それに、こいつらそこまで。愚かだな、私を殺しても二人の心は手に入らないと言うのに。
「何だおっさん、何か言いたそうだな? おい」
「ああ。ほら、おじさん、口だけ利けるようにしましたよ、遺言でもどうぞ」
「君達は、憐れになるほど愚かだな。彼女達はとっくに気付いてる、君達が結託してこの茶番を打った事に」
「黙れ!! お前に何が分かる!!」
「そうだ!! 彼女を一番理解しているのは僕だ!!」
「死ね! 死ね!!」
「死ね! 死ね!!」
『シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ』
剣と杖で、私の身体は滅多刺しにされていく。壊れた二人に私は殺されるようだ。
幸いな事に、痺れた身体は傷みを感じずにすむ。
ところで、天国からも地獄からもお迎えが来ないんだが?