始まり
「はははは!!ついにこの時がやってきた!俺はついに〈Blessing Gift Online〉で遊べるんだ!!」
自室で腕をぶんぶん回して大喜びをする男、最上総司、16歳。この歳の男がこの勢いで大喜びする光景はなかなか厳しいものがある。しかし、総司はそんなことお構いなしゲームのパッケージに頬擦りしたり、ハードをなでなでしたりと狂喜乱舞していた。
〈Blessing Gift Online〉通称BGO。数年前から普及し始めたフルダイブシステムを使った、最新のVRMMORPGだ。BGOはよくある剣と魔法の世界を舞台としており、その中でプレイヤーが各々のスタイルで一つのゲームを進行させていく、一見よくありがちなVRMMORPGにように思える。しかし、このゲームには他とは一線を画すシステムが導入されている。それはプレイヤーそれぞれのスタイルをAIが学習しそれをもとに自分のオンリーワンのスキルを作ってくれる画期的なシステムでゲームの概要PVが発表されたときは大変話題になった。その出来も事前の期待値を全く裏切らないもので今や総プレイヤー数一億越えのメガヒットを叩き出した。
総司は初回限定特典のついた初期のソフトを熾烈な抽選争いのすえ勝ち取った強運の持ち主であった。当然、発売初日でゲットしていた。BGOが発売されたのは去年の5月中頃、そして、現在は4月の始め、総司がBGOを買ってからもう一年経とうとしていた。なぜ今頃になって遊ぼうとしているのか?
「一年・・・!あまりに長すぎた!俺が受験生だったばかっりに・・・!じゃなかったら、俺はとっくに遊んびまくって今頃は・・・!くっ悔やまれるぜ・・・!」
去年の俺は運の悪いことに受験生であった。きっと抽選を勝ち抜くことに全ての運を使い切ったのだろう。当時、俺はやむを得まいと受験を捨て、BGOを強行しようとしていたがここで我が最上家の最強が立ちはだかった。
『いやっ!!!止めて!!お母様!!俺から楽しみを奪わないでぇぇぇぇ!!』
『お黙りなさい。愚か者。この時期にゲームをするなんて世間が許そうと私が許しません。これはお母様が厳重に封印しておきます』
『どうか!どうか!ご勘弁を!一応、勉強もするから・・っぐえ!』
母親の喜美子が持つソフトとハードを返してもらおうと、総司は喜美子の足に必死しがみついて懇願する。プライドも何かもをかなぐり捨ててでも取り返さねばと必死の抵抗を謀るがその抵抗は喜美子の蹴り一つで虚しく散っていった。床に倒れ伏した俺は母を見上げる。
『このゲームは総司が高校に上がるまで没収です。それまで必死に勉強することね。ちなみに高校入っても成績が悪かったら没収だから。覚悟しとくように』
『そ、そんな・・・ご無体な・・・!』
総司は有無を言わさない母の眼力に負けて去っていくゲーム達を床から眺めることしかできなかった。
俺にとって母とはもはやラスボスではなく絶対に抗うことはできないシステムそのものだ。大黒柱だってそのシステムに抗えない。母>姉>猫>||超えられない壁||父>俺。最上家序列最下位の俺じゃ太刀打ちできないことが証明されてしまった。
「だが高校にあがった俺には関係ない。もう俺はゲームを没収されるヘマなど犯さない」
没収されてから俺は二月の受験に向けて過剰なまでに勉強をし、受験が終わった虚無期間中は高校一年生の範囲をひたすら予習しまくった。全ては四月からのゲーム時間を増やすために。おかげで高校では少し復習すれば来たるテストも安心して臨むことができるだろう。
「もう俺に一切の死角なし。では行こう!BGOへ!」
ヘルメットのようなフルダイブマシンを頭に装着し、ベットに横たわる。
そうして、俺は待ち望んだ〈Blessing Gift Online〉の世界へ飛び込んだ。
電源を入れると総司はパステルカラーの光の環がクルクルと回っている白い仮想空間に立っていた。
「おお、この感じ、久し振りだなぁ」
約一年ぶりの仮想空間に俺は感動を覚えていると、目の前に青い半透明の画面が出現した。
『〈Blessing Gift Online〉の世界へようこそ!!それではユーザー設定を開始します。最初にプレイヤーネームを入力してください』
頭に機械的な女性の声が鳴り響く。
この耳で聞くのではなく脳で音声を聞く感じも久し振りだ!
総司はいちいち感動しながら、入力画面の前で悩みはじめた。
「そうだなぁ、プレイヤーネーム・・・、最上総司・・・オキタ・・・はちょっとあれだし・・・上司・・・・、最・・・モ・・上・・カミ・・・、よっし!プレイヤーネームは【モカミ】で!」
『プレイヤーネーム【モカミ】でよろしいですか?』
「Yes!」
そこそこ悩んだくせに結局モガミから濁点をとっただけの安直ネームになった気がするがそこは左程重要ではないのだ。重要なところはまた別にあるのだから。
『次に種族をえらんでください』
「人類種、獣人種、耳長種か・・・戦闘系で行くなら獣人種、魔法系なら耳長種、人類種はバランス良くって感じか」
【獣人種】
モチーフになる動物によって特化してくるステータスが違ってくる。動物次第では初期でもなかなか強いスキルやステータスを得られやすいが動物由来の弱点がつきやすい種族。
【耳長種】
STR、VITが上がりにくい反面MP、INTの上昇率が高く、魔法が扱いやすい種族。
【人類種】
初期のステータスが低い代わりに貰えるSPが多く、育成がしやすい種族。
「あーどうしよっかなぁー!獣人もいいけど俺が好きな動物の獣人はランダム要素だから、ちょっとなぁ、引き直すのは課金要素みたいだから最悪俺が母に処される・・・。耳長種は魔法が使いやすくて、魔法一本でやっていくにはいいかもだけど・・・うーん魔法以外にも剣とか色々使って、魔法戦士!みたいなことが俺はしたい・・・ということは、必然的にバランスの良い人類種になるな。じゃあ、人類種で!」
『人類種で本当によろしいですか?』
「Yes!」
『次に目の前の鏡でアバターの設定をしてください』
どこからともなく現れた目の前に鏡に映る現実の俺。若干テンパぎみの黒髪に黒目、猫背の178㎝ぐらいの男。鏡の横にはそれぞれのパーツのアイコンが浮かんでおり、試しに目のアイコンを押して弄ってみると目の大きさや色などが変えることができた。どうやらもとの顔をベースに作られるようでまるで別人かのようにアバターを作ることはできないらしい。
「あー身長を2mぐらいにしてやろうと思ったけどプラスマイナス10が限界なのか。なら、身長はそのままで肌の色もそのまま・・・顔はどうしよかな・・・パーツ多いな・・・めんどくさいから変えずに目の色だけ変えよう・・・金色かっこいいな・・・じゃ金にして・・・髪の毛は鎖骨ぐらいに伸ばして・・・色は暗赤色にしよう・・・あっ・・・髪も結べるのか・・・じゃあ一つ結びで・・・おっし、できた!決定っと」
鏡の中の自分は顔とかはそのままに現実にはない満月のような金色の瞳と暗赤色の髪が良い感じに合っている。程よい感じに非日常が味わえるなかなか良いアバターになった。
「実は密かに暗赤色の髪とか憧れてたんだよね。現実じゃ人目が恐くてできなかったけど、ゲームの中ではみんなやってるからやりやすいんだよな」
『では次にステータスに初回SP100ポイントを割り振ってください。SPの割り振りはユーザー設定後でも行えますのでスキップされる方は右下のスキップボタンを押してください。』
【モカミ】LV.1 人類種
職業:なし
HP 50/50
MP 50/50
SP 100
STR:5
VIT:5
DF:5
DEX:5
AGI:5
INT:5
「ほーう、成程。俺がやりたいのは魔法戦士だから・・・INTとSTRを重点的に振って・・・っと、残りはバランスよくって感じに、よし、こんな感じかな」
【モカミ】LV.1 人類種
職業:なし
HP 65/65
MP 93/93
SP 0
STR:5(+35)
VIT:5(+5)
DF:5(+5)
DEX:5(+5)
AGI:5(+10)
INT:5(+35)
「うん、決定っと」
割り振りなどはあらかじめ決めてあったので、後はこのステータスからどんなスキルが手に入るのか、どんなプレイをするのか、一年越しのあらゆる思いをゲームにぶつけるのみであった。
『ありがとうございます!ここで運営からモカミ様へ贈り物があります。表示しますか?』
運営から俺にということはあれだろ。一年越しのアレ。
俺はニヤリと笑った。
「表示してくれ」
『モカミ様。この度は〈Blessing Gift Online〉をお買い上げいただきありがとうございます。無事に発売できたことを祝して運営からランダムユニークスキルチケットを一枚お送りします。。今後とも〈Blessing Gift Online〉をよろしくお願いします。 運営一同より 』
『チケットを消費してスキルを手に入れますか?』
「もちろん!Yes!」
いままでの作業も十分心躍るものだったが今が一番心が躍っている。いや踊るなんて生易しいものではない今の俺の心の中はロックフェス。会場中が狂喜と熱狂に包まれ中には失神する客までいるぐらい盛り上がっている。
このランダムユニークスキルチッケトはその名の通りランダムでゲーム内に一つしかないユニークスキルが手に入るとんでもチケットのことだ。こいつが初期の抽選戦争を激化させた要因の一つのといっても過言ではない。このチケットはいわゆる初回限定特典というやつで初めの200本のみにしか封入されなかったことから、現実でもその希少価値は凄まじいことになった。抽選方法もまた画期的でVR抽選会なるものが催された。客は仮想空間で抽選の申し込みをし、当選発表も仮想空間内で行われる。フルダイブシステムは脳や脳波やらに干渉することで成り立っているので同一人物の成りすましはまず不可能だ。これにより抽選者全員に平等なチャンスが与えられた結果、俺はこのゲームをとんでもない確率の中から引き当てた。このゲームに当選した時、これを一番楽しみにしていた。
それが一年越しにようやく手に入ると思うと何だか泣けてくる。
「ふわぁ!はぁ、うわぁぁあ、ああ!」
どこからともなく現れた虹色のチッケトが光の粒へと変わり周りを旋回し始める光景に興奮を隠しきれなくなる。もう自分から光へと突っ込みたくなるがそこはぐっとこらえる。強制ログアウトされてしまうのではないと思う程、心臓が凄いことになっているのがわかった。そして一周した光の粒たちは勢いよく総司の胸の中へと溶けていった。
『ユニークスキル【極致】を獲得しました。ステータス画面を確認してください』
頭の中に天の声が聞こえると同時にステータスが画面を開く。
「なになになになに!!えーと【極致】?何か!強そう!」
【極致】LV.1
全ステータスを100アップ。〈スキルLVによって変化〉
SPを一つのステータスにしか振れなくする。
SPを振ったステータス効果アップ。
「全ステ、100アップは強い!えーと、他は・・・ん?待って・・・・?SPを一つのステータスにしか振れない?」
【モカミ】LV.1 人類種
職業:なし
HP 1050/1050
MP 1050/1050
SP 100
STR:105
VIT:105
DEX:105
AGI:105
INT:105
【極致】LV.1
「待って・・・振り分けたSPが戻ってる、だと・・・・!ま、まさかとは思うけど」
SPを先程と同じように振り分けて、決定を押す。
『【極致】の効果により、振り分けは無効になりました』
「・・・・え、い、いや、嘘だろ?俺このゲームで極振りプレイを強制されなくちゃならないの?!システムー!引き直しはできないのー!?ヘルプヘルプヘルプ!」
『できません』
「ざっ!!」
『お疲れ様です!ユーザー設定は終了しました。それでは!〈Blessing Gift Online〉の世界をお楽しみください』
「え、ちょっ、ちょっと待っ・・・!うわっ」
これ以上の文句は受け付けねぇと言わんばかりのタイミングで視界が白く輝き始め、だんだんと視界を埋め尽くしていく。視界が元に戻るとそこは非日常に満ち溢れた異世界だった。
「・・・・・嘘やん」
街の喧騒の中、ひとり呟く。異世界の光景に驚嘆して呟いたわけではない。自分がとんでもないもない状態異常を背負ってこれからゲームをプレイしなくてはいけないことに震えた。
『称号を獲得しました。【最後の人】』
『称号を獲得しました。【運営からの餞別】』
今は称号なんてどうでもいいんだよ。問題は・・・
「どうしてぇ!俺はぁ!俺はぁああああ!」
強制極振りプレイをしなくちゃならないんだぁぁあああああ!!!
こうして最上総司の〈Blessing Gift Online〉が始まった。
特大の爆弾を背負って―――――