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初恋  作者: 秋の桜子
9/17

始まりはシャボン玉と炊き込みご飯のおむすび

ようやく出てきました。夢です。ああやれやれ。

 初夏には薄紫の房が下がり、丸い蜂がぶんぶんと甘い蜜を集めに来ていた。木陰を作っていた、葉脈を挟み、向かい合わせに葉っぱが集まり一枚を作り、しなだれていた緑の葉は今ない。


 シャボン玉が真昼の公園にチララ、チララと流れている。出どころはうねうねと藤棚に絡みつく茶の樹皮の色。下のベンチにも冬の陽射しが降りそそぐ場所。そこに華人がいると、お弁当袋を抱えた夢が彼を見つけてそう思う。


 薄手のダウンを着、霜月の白く柔な日和の中、キャップを目深に被る若い男が、ベンチに座りシャボン玉を飛ばして眺めていたからだ。


 顔は見えないが、全身から、彼が持つ華の様な物が広がり、冬の陽射しがキラキラと混じり合い、簡素な冬枯れの場を華やかにしている。


 映画のワンシーンの様。良いもの見せてもらったな、なんとなくそう思い、しばらく眺めてから、気が付き恥ずかしくなり、慌てて立ち去ろうとすると声がかかった。


 断る事も出来たのだが、視線があった時、夢はドキドキとした。きっと街を歩けば、目敏い女達が振り返る様な顔がそこにあったから。一瞬躊躇した夢、彼女は心の中に『怖い』を抱えていた。


 なので異性に心を寄せたことも無く、敢えて避けて過ごしていた。しかし断ることもなく、どういう訳か誘われるままにベンチに座り、夢が作ったお弁当をいっしょに食べる羽目になった。


 ……、困ったなと思う夢。独りでやりくりしている彼女は、それ程良いのも詰め込んでいない。今日は昨夜の茸の炊き込みご飯の残りを、おにぎりにして焼いたものに、卵焼き、ブロッコリーの茎を皮をむいて千切りにし、煮浸しにして黒胡麻をふりかけたおかず……。


 立ち去ろうせず、座って日向ぼっこをしている様な彼の前で独りで食べる訳にもいかず、膝の上でギンガムチェックの包みからお弁当箱を開くと、ひとつ如何ですか?と少しばかり赤くなり差し出してみた。


 要らないって言って、どっかに行ってくれたらいいのに……、恥ずかしく真っ赤になっているのか、季節は初冬なのに全身に汗が吹き出てる気がする彼女。


「あ、お昼休みか、ごめんね」


 そう言って彼女が差し出した、お弁当箱の中をちらりと目にした彼は、へぇ……君が作ったの?と目を留めてじっとそれを見つめる。


 きゃわわわ……、やめて恥ずかしい。良いもの何にも入ってないのに……、何で見るの?馬鹿だわ、私……、なんてことしちゃったんだろう……。


「は、はい、あの、ごめんなさい」


 慌てて引っ込めようとした時、焼きおにぎりひとつ貰うねとつまんた彼。


「焼いてある」


「あ、えと……、そのほうが傷みにくいし、食べる時ボロボロにならないから……」


 ホッとして膝の上に戻した夢。お箸もあったが、同じ様におにぎりを手で持ち食べる。どぎまぎとして、味は遠い空に飛んでいったかのように分からない彼女。


「美味しいね、誰かの料理食べるの久しぶりなんだ」


「あ、ありがとうございます。ええ?うそ」


「ほんと」


「あ、ごめんなさい、カッコいいから、そんな事無いなって思って……」


「アハハ、よく言われる。緑のやつ。胡麻の温サラダ?もしかしてブロッコリーの茎でしょう」


「ええ!見ただけで分かったのですか?」


 うん、今も結構つかうし……それに、子供の頃食べてたからね、と懐かしむ様に話す彼。よかったらと箸を差し出した夢。


「嬉しいけど……、君のお弁当が無くなるよ」


「あ、大丈夫大丈夫、そんなにお腹空いてないから……」


 事実だった。おにぎりをひとつ食べただけで夢のお腹は既に満腹感満載。それは素敵な人とランチをしているからなのか。甘い気持ちが心から溢れ出ているからなのか。


「じゃぁ貰おうかな?あ、僕は、青空 夏樹、君は?」


「谷川 夢……です」


 夢は初めて出逢ったら男に名前を教える自分に驚く。今まで仕事上の付き合いで聞かれたら答えるだけで、異性を避けていた彼女。


 恥ずかしい……、どうして教えちゃったのかな。戸惑う間に、夏樹から美味しいお弁当のお礼したいから、連絡先教えてとスルスルと聞かれる。気がつけば交換をしていた夢。


 ……、ナンパ?そうなのかな。慣れてるもん、知らないけど……、初めてだし。でも……、連絡無くても別にいい。今日逢えた。それだけでいい。


 青い空は高く高く澄みきり、雲一つ浮かんではいない。


 お弁当を美味しいと言ってくれた素敵な人。初めてだった。


 美味しいと笑顔を向けてくれた。

 喋りながら楽しく時を過ごした。


 それは夢が小さい頃、母と二人で暮らしていた頃、微かに覚えている、実父と三人で食べた頃。忘れかけた朧げな記憶の中の幸せ。


 足元の煉瓦敷の床。継ぎ目からあちらこちらに、柔らかな芝草が小さく伸びている。藤の木の根本には、始終咲いては綿毛をつける西洋タンポポと、オオイヌノフグリがこんもりと根を下ろしている。青い花が溢れる様に名残につけていた。


 チュンチュンと福々とした、冬毛の雀が鳴いている。青い空には先程迄は、シャボン玉がフワフワと浮かんでは飛んで弾けていた。



 ……、恋に落ちるきっかけは、この様なものかもしれない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] そうだったのですね…… 夢ちゃん…… それはもう、きますよね……
[一言] なるほど! こう繋がっていくのですね!
[一言] 久々の再登場ですね。 あやうく忘れるところでした。
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