TKGとうろつく女
「炊飯器買って、かっちゃん」
「嫌だ、ツキイチ使うか使わないかの品物に、金を出す気はない」
「金持ちのくせしてケチ!」
「ケチだから金持ちになれると、祖父は言ってたけど」
「ああ言えばこう言う。秋は米だよ!ご、は、ん!新米の季節だろ?『TKG』しよう!美味しいよ」
「はあ?何それ……」
ふえ!おぼっちゃまくんは、まさかの未知の味だったのか……。少しばかり街路樹がくたびれかけた色に変わりつつある10月、幾分暑さも和らぎ夜風は冷たさを含み、晴れた朝には、植え込みに水晶珠の様な丸い露が下りることもある。
君影の部屋で恒例となっている二人のやり取り。
「それは米好きならば必須アイテム、少しばかり贅沢してね、炊きたてピカピカのご飯に、生醤油垂らして混ぜる。全体に染まったら、中央を凹ませ産みたて卵の卵黄のみを落として即座に絡める!熱々だから火が通るんだ。美味しいよ。これぞ『TKG』。村上さんが好きなんだ」
「ふーん、そう」
そっけない言葉で返す君影。
「そうっ!それだけ?食べたいなとかならない?プレゼンしたのに……」
むくれる夏樹。相も変わらず面倒くさそうな君影。
「あー、ハイハイ。どうでもいいけど、最近よく来てその度に、かぼちゃ料理持参なのは何故?」
「はぁぁ、どうでもいい。ひどいよかっちゃん、ふーんとかで終わらすなんて。うちの店、ハロウィンメニューを、一週間限定で月末に出すんだ。そこでオーナーと田中さんと村上さんが、『王子』監修の元にお洒落なメニューを、考案したいから頼まれてる。でも今日はかっちゃんの呼び出しだよ」
今日はアグロドルチェなんだけど、と夏樹は先輩が作った料理を盛り付ける為に、丸い皿を一枚取り出す。ステンの上にはタッパーウェアが幾つか。
「ああ、ちょっと話があってさ、で!その、王子てのやめて欲しい……」
「もう遅い。奥さんもホールのスタッフも王子確定してるし、今度王子の前に『冷徹』とか『乾燥』とかつけてって頼もかな。はいどうぞ召し上がれ、王子様」
百均の白い皿の上に、一口にカットされた、小さな扇の形のかぼちゃを盛りつけた。持参している大振りなスプーンで、マッシュルームのリゾットを添えた夏樹。
カウンターに座る君影は綺麗な所作で黙って食べる。
「マリネだろ?甘酸っぱい、ミントの香りがする。何処かで食べたな」
「おお!やっぱり知ってたか……。サハラ砂漠の心が冷徹な王子、この前のフリットと、どっちが良いでしょう」
「サハラ砂漠、冷徹……、相変わらず酷い。スタッフ一同の王子は認めよう、お前以外な。当然なる呼び名だ。さぁて、どっちかな……」
「仕事モードで来なきゃいいのに。で、話があるって言ってたけど……何」
彼女ができたとか、彼氏ができたとか、親から無理やり見合いをさせられたとか……のどれ?と茶化す夏樹の問いかけ。
「外に出るときは顧客と出会う可能性があるからな、気は抜けない、そして、どれも不正解だ。おかしな客が来てた」
「そんなものなのか?面倒くさそうな仕事だね、なのにかっちゃん、何処かで恨み買ったんだ」
即座の返事に、恨み買うって……、どうしてそうなるの、と立ち上がり、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す君影。立ちのままでキャップを開けると、丸のソレをフェイントを噛ましつつ……
ヒュッ!夏樹に向け投げつけると飲む。慌てて受け取る夏樹。捨てとけと横柄な言葉が追いかける。
「当たったら痛いし!はぁぁ……、この姿を見れば王子とは、一体何かとなるんだけどな……どんなお客だった?」
「うろうろしてるだけ、映像あるけどみるか?」
ノートパソコンを取りに向かう君影。カウンターでそれを開いて出す。二人して画面をじっと見つめる。
ここ数日、連夜7時になると来ていた客だと説明をする君影。姿が出る。何を見ることもなくうろうろと店内を歩いている。正面扉が開けばそちらを伺う。店員が近づくと、ペコリと頭を下げてそそくさと出ていく。
「欲しいものとか探してるとか?高いから無理とか、店員と話すのが苦手とか……待ち合わせ?」
夏樹の様々な可能性の問いかけに、君影が答える。
「そんな感じもしない、そうかな?と思えない……、外カメラに切り替えるよ」
「ええ!歩道の映像もあるの?流石は宝石屋」
当然、ちゃんとセキュリティはしっかり整えてる。と別の視点を引っ張り出してくる。そこには、店の外の街路樹の一本にもたれて、行き交う人をじっと見ている客の姿が出る。
「夏樹の店にも防犯あるんだろ?見たことない?うちのスタッフは、ストーカーっぽいよね、て言ってるんだけどさ」
「あるけど映像なんか見たことないし……、かっちゃん、心当たりは?」
「無い、夏樹は?身に覚えなら山ほどあるだろ?」
誰だっけ?夏樹は記憶を遡る。人恋しい彼は肌を合わせた相手、好意をきちんと示してきた相手はそれなりに覚えている。
「んー、記憶にない……」
「忘れてるだけだろ?」
「失礼だな、遊びでも恋人になった相手は、それなりに覚えてるよ、それに遊び回ったのはこの夏ひと時だけだったし、数は両手右足位だもん。他人に個人的な興味が無い、かっちゃんと一緒にしない」
「両足右足……。左は無いのか……そこはコンプリートすりゃ良かったのに……。失礼だな。お客様ならバッチリ覚えてるぞ、まっ、思い違いなら良いけど。最近は来なくなったし」
「人を色情魔みたいに言わない、何だったんだろうな。その客」
よくわからん、たまに変なお客来るけどね、話しつつ画像を閉じパソコンを片付ける君影。誰だっけ?本当に覚えてない。きっとかっちゃんの方かな?考えつつ、食べ終えた皿を下げシンクで洗う。
「フリットの方が良くない?食洗機使えば?」
「はい?」
不意の話に、鳩が豆鉄砲食らった顔を向ける夏樹。
「ミントの香り苦手とかいそうだし、ソースがおいしかったな、前のやつ、甘いのとチーズの塩気があってた、リゾットとの相性も良いし。甘じょっぱいのって女子好きだろ?」
「あー、うん、そう伝えとく、いいよ、洗い物ちょっとだし……、で?なんで女子ウケするの詳しい?隠れ彼女がいるのか、それとも貢ぐ君してるとか……、かっちゃんが貢ぐのなら、きっと、うーん!と年下だな……ククク」
「女子ターゲットのファッション雑誌を見るんだよ!流行り廃りを先取りしなきゃ売れないだろ?で!なんでロリになる?」
……、なんとなく!気の強い美少女でさ、かっちゃんがキリキリ舞するんだ……、変なおっさん嫌い!とか言いつつ、時々甘える小悪魔みたいなの……
ククク……。妄想しながら笑いつつ、持ってきたタッパーウェアの蓋を開ける夏樹。小さなコロンとした器を食器棚から2つ出す。サラダを入れたり、ビーンズをトマトで煮込んだ料理の時に使うそれ。
「なんとなく団子作ってきたけど、食べる?みたらしソースもある」
「なんで夜中に団子……」
「この手の和菓子は油分ないから、少しばかりローカロリー、それにお月見に食べなかったな、て、なんとなく思っただけ。緑茶の残りあったっけ」
「月見?ハッ?顧客から、わけのわからん観月の集いとかに呼び出され、変に忙しいから迷惑だな」
相変わらずの君影に、日本人の情緒とか欠損してるよとため息をつきつつ、ティーパックの緑茶を2つ、マグカップにつくる夏樹。
街路樹にはイルミネーションの準備が進んでいる。オレンジと黒、ハロウィンカラー、オバケ、コウモリ、魔女が箒に乗ってるペーパークラフトの飾り。街を行き交う人は、祭りの気分で華やいでいる。
空には月。長月の名月の役目を終え、静かに鎮座なさる神無月、夜の話。