コンソメの天茶漬け
なっちゃん、夏樹視点の回です。
9月といえど、温暖化進む地球、終わり近くでも残る蝉しぐれが、シャンシャン降り注ぐ街はまだまだ夏。涼しくなっていたのは昭和の昔なりにけり。
……、あっさり、さっぱり、田中。こってりにして!頼むから、オーナー。メシ!ご飯がいい、村上。
パプリカ、玉ねぎ、ブロッコリーの茎。トマトのみじん切り。魚介の残り。必ず、冷蔵庫のコンソメスープを使う……。はい?どんなメニュー考えろと言うのだ?
ランチタイムの最後の皿を出し終えた厨房、片付けが始まっている。その中で夏樹は壁に掛けられた、ホワイトボードの前で顔をしかめている。
当番制の賄いを今から調理する夏樹。ホワイトボードには残り食材やら、スタッフの希望が書いてあるのだが……。
……、さっぱり、あっさり、こってり……?何作れって言うんだよ。ご飯は炊飯器で炊けてるから良いけど……。ああ、えっと……
「取り敢えず動こう、時間無いし……」
ピー、ピー、ピー、賄い様の炊飯器の炊きあがりの音。食材が集められている、タッパーウェアを次々取り出すと思いつくままに調理にかかった。
――「おおおおお茶漬けぇぇぇぇ!ナイスなっちゃん!」
先輩シェフである田中が並べられた食事に、やった!と、手を叩き喜んでいる。
野菜と海鮮をざっくり切りかき揚げにし、ザクザクとカットしたのを、ご飯に乗せて上にブロッコリーの茎を細かなダイスにし、サッと湯がきトマトと合わせて味を整えたのをあしらっている。少し薄めた冷たいコンソメスープをかけて食べる。
「えええ!こってり……」
オーナーのしょぼんとした声に、具材を多めにして、コンソメ少しかけて塩コショウ振ったら、天丼風になりませんかね?と夏樹はそう勧めてみる。
「天丼!良くやった!では!手が空いた順に頂きまーす」
午後2時の昼食が、順次始まる。
「……、やっぱり炊飯器もあった方がいいよな……パンが多かったよなぁ、炊飯器無かったから……」
ご飯を食べつつ夏樹がぼやくと、結婚したばかりの村上が、なっちゃん、結婚するの?と聞いてくる。
「は?どうしてそんな事になるのですか?」
「いやぁ、炊飯器って家庭だな、と思うんだな」
「家庭?家電が?」
「うん、僕もこうして料理の仕事してるけど、独身の頃は、家でご飯炊く事無くてさ、賄いがあって、休日は昼迄寝てて、起きて有名店チェックして、勉強がてらご飯食べに行ってたら、炊くヒマ無くてさ、けど、結婚したらご飯炊くんだよなあっな、話」
ホワワーンと、新婚生活満喫中、幸せオーラを放ちつつ話す村上。
「ああ、わかるわかる。子供が産まれて、大きくなってくと、炊飯器って大きくなるんだよな……、うちなんて今食いざかりだろ?1升炊きの炊飯器になったよ、去年迄は5.5合で間に合ってたんだけどさ」
田中がしみじみと会話に加わった。そうそう、大きくなるよね、独立しちゃうと小さくなるけど、なっちゃんお代わり。とオーナーも加わる。器を差し出しながら問いかける。
「なに?ご飯炊いてあげたい女のコ見つけたの?」
「いませんよ。変な食生活してる友達には炊いてやろうかと思うのですがその家、炊飯器無いんですよ、忙しくて、全然連絡取ってないけど……、食べてるかな?て、ふと思っちゃって……」
へえ……、どんな子?とオーナーの、女子前提の口ぶりに、苦笑しつつ、男ですけどね、と付け加えた夏樹。
……、どうしてるのかな、もう忘れたかな……、あんまり他人に興味ない感じがしてたし、面白かったな、一緒に食べてバカ話してさ。
君影と過ごした事を、あれやこれや食べながら徒然に思い出し、先輩達の家族の話に少しばかり寂しさを感じている。
母親が存命の折、たまに外泊してきた時にはそういえば毎日炊いたと過る夏樹。そんな彼の事を慮ってか、知らずか話が別の方向に進む。
「……おとこ。男?男かぁ……。なっちゃん、まさかのその彼氏に、飯作りたいの?いや、うん、今はそういうのもありだけど……」
「そうだよなオーナー、なっちゃん、この顔してて彼女無しとは、ちょっと変だとは思ってたんだよ……。そうだったのか、で!イケメンなのか」
「いや、田中さん!両方というパターンもあります!男と女どっちがイイ?教えろなっちゃん」
女性スタッフがまだ席についてない為に、男ばかり……、俄然バカ話が盛り上がる。いやぁ、良いよねぇ、た、ぶ、ん!イケメン同士、で相手は?茶化す田中。
「はい?どうしてそういう話になるんですか!夏休みに、金持ちおぼっちゃまくんに、ちょっと世話になっただけです!」
「おおー!イケメン大金持ち!と貧乏美青年との邂逅。まさに!ひと夏の過ち」
違います!村上さん!変なタイトルつけないで下さい!田中さんもオーナーも、ニマニマ笑うのはおかしいし……、と夏樹が否定をしていると、片付いたのか、ご飯、ご飯。喋りながら、女性チームが来た事により打ち切りとなった。
「毎週木曜日に来るわね、目の保養。いいわぁ。『王子』あ、なっちゃんありがと」
「うん、奥さん、今日も来ましたね、『王子』、カッコイイ!お洒落なスーツ姿!きっとお金持ち!おいしそ!なっちゃん」
差し出された器を受け取りつつ、王子と呼ぶお客の話で盛り上がる、オーナーの妻とアルバイトスタッフ。
「いいお育ちよぉ!きっと!ランチといえど、食べ方優雅だもの、グラスがよく似合う!」
「そうそう!今日ちらりと見ちゃったんだけど、シルバー?の素敵なリングしてて、カフスボタンとかピンとか。すっごく!お洒落ですよね、あの色エメラルドかな?本物かなぁ……」
彼女達の話に少しばかり引っかかる夏樹。毎木曜日に育ちの良いアクセサリーが似合う……。あの店って、確か……。店員は広告塔とのたまう君影。きちんとコーディネートをした、出勤前の彼のスーツ姿がふわりと脳裏に浮かんだ。
――「かっちゃんかな……違うかな、休みだよねお店。かけてみようかな、覚えてるかな?」
片付けを終え、夜の仕込み迄の休憩時間。夏樹は晴れた日には近くの公園へ向かう。更衣室で着替え、キャップを目深に被ると裏口から外に出る。携帯を取り出しアドレス帳を開き、少しばかりドキドキしつつスクロールをしてダイヤルした時。
「あの……、配達ですけど」
声がかかった。呼び出し音が始まる。そっけなく教える夏樹。
「ああ……お花屋さんね、表に回って呼び鈴あるから……ああ、久しぶり、覚えてるかな?うん、そうそう、嬉しいな……、アハハ、ちゃんと食べてる?イヤ、嘘だろ」
3コール目で君影の無愛想な声が出た。笑顔が溢れる夏樹、彼に見惚れる花屋の配達の店員。立ち止まったままで彼をじっと見つめる彼女。
話をしつつ、熱持つ視線に気が付く夏樹。
「ちょっと待って。何か用?」
「いえ……、スミマセン」
真っ赤になりくるりと踵を返すと、慌てて表に向かう花束を抱えた彼女。それだけの邂逅。
「ん?ああ、ゴメン、なんでもない。でさ……、店に来てる?ええ!やっぱりそうだったのか!く、フフ、アハハ、いやこっちの話。会いたいな、今夜……、行ってもいいかな」
歩きながら楽しく話す夏樹。君影に何を作ろうかと思いながら、9月の青空の下、まだ夏の太陽がそこで燦燦と光を振りまいている。空を白く色染める。
何時もの午後のひと時を過ごす為、何時もの公園へ歩いて行く。