茶番と小夜中のラーメン
「何処のお店で!出会ったの!」
つけつけと尖った声で問い詰めるように聞く女。君影はどこの店って……、ここというべきか、言わざるべきか戸惑う。ちらりと隣に寄り添う様に座る夏樹を見る。視線が絡む二人。その様子を目にした女は、激高する。
「貴方!ホストかゲイバーのバーテンダーでしょう!夏樹とはどういう御関係?」
ホストかバーテンダー、は?ゲイバーって何!君影は女の放った言葉の意味を捉え兼ねたが、あ、そうかと気がついた。ここに来る前パーティに顔出しをし、そのままで飲み会に主席した為、少しばかり派手やかなスーツを着込んでいた、だから彼女は……、勘違いをしていると思い至る。冷静に答えを返す君影。
「は?ご、御関係は、友達ですけど、それにホストなら……ナツキの方じゃないですか?」
「ええ!違うよ、かっちゃん!僕は昼間のお仕事してるんだよ!ホストじゃないよ、ここには旅行って話したじゃん」
「そうだっけ?知らないな」
「ヒド!そう言うかっちゃんだって、フォーマルびしっと決めてさぁ……これから出勤みたいだよ!」
「は?ああ……コレはここに来る前に、ちょっとしたパーティに顔出ししたから」
「パーティ!かっちゃん!同伴⁉」
馬鹿野郎違うし!と戯れ合う様にやり取りをする二人。夏樹は勢いをつけるために、グラスを一息に飲み干し空にする。酔が熱を持ち回る。
「ちょっと待って!かっちゃんさん!お友達なのに職業とか知らないの?おかしくない?」
君影のそれに、即座にツッコミを入れる女。プライベートは秘密にしてる、そのほうがミステリアスだしと、夏樹が助け舟を出す。
「そうそう、プライベートは、お互い秘密にしてるんですよ、その方が気楽に付き合えるから」
「そうそう、君も僕の職業知らないもんね、話してないし、うふふ、そうだよ。僕達は友達。今晩は、かっちゃんの家で、は、じ、め、て♡お泊りするんだ、ねー、かっちゃん♡」
酔った夏樹はテンションが上がり、混ぜ返し茶化す。
「お泊りぃぃ!初めて!ねーかっちゃん?ちょっと!どういう事なの!かっちゃんさん!初めてお泊りって何!」
「僕の家に泊まる……、んです」
「うん、かっちゃんのお部屋でお泊りするの」
「お部屋!夏樹は黙ってて!家族は?まさか独り暮らしじゃないでしょうね!」
「独り暮らしですが何か?」
「きゃー、独身の彼のお部屋、ドキドキしちゃう」
このややこしい状況を楽しむかのような、ウキウキとした夏樹の声。おい!ナツキ!茶化すなよ、彼女さんが誤解するだろ!と話に混ざる友を嗜める君影。その様子を目の当たりにし、ますます疑惑の念に懲り固まる女。
「おいナツキ!おいナツキ!かっちゃん?きゃー!ドキドキしちゃう!ちゃう!う……う、う、う……」
「あ!違います、ほんとにね、泊まるだけで、それ以上もそれ以下もありませんから」
「それ以上もそれ以下も!」
最早何を言っても女の頭の中には、あんなことやこんな事の映像がぐるぐる出ている様子。どちらも見栄えがする二人。夏樹程では無いが、君影もそれなりに整った顔をしている。
「うん、ナイナイ、きっと何にもないから、ね!かっちゃん♡」
するりと夏樹が君影の腕に絡む。おい!こんなところでやめろよなと君影。照明を落とした落ち着いた店内。そのせいか夏樹が君影の腕に絡めば益々、妖しく見える二人の男。
「こんなところで!こんなところで!やっぱりそっちもありなの?そうなの?夏樹!どっちがいいの?私とかっちゃんさんと!どっち!どっちがいいの?おかしいとは思ったのよ!家に行きたいって言ったらいい顔しないんだもん!女がいるって思ったけど、ま、まさかのおと、おと!夏樹!どっち!どっちがいいの?」
ベラベラと、女としてのプライドを掛け喋り倒し詰め寄る彼女。些か面倒だなと思っていた夏樹は、ぼうっとしている頭の中、極上の笑顔を浮かべる、花笑むという言葉が当てはまる。そして一言。
「かっちゃん♡」
……「ここ、前は僕の部屋だったんだけど、今はゲストルームにしてるから、自由にどうぞ」
ひどいわ!男がいいの?男が!夏樹の馬鹿ぁぁー!二度と会わない!との常套句の後、プライドを傷付けられた彼女は店を出ていった。後には静けさが残る。
「く、クククク……、いやぁ『かっちゃん』今度からそう呼ぶね」
事の顛末の一部始終見ていたバーのマスターが、お前たち二人ともワルイ野郎だな、と腹を抱えて笑い、あんまり面白かったからお代はいいよ、と言われた君影と夏樹。
出逢ったばかりの友を連れて、店が1階に入る自宅に戻ったのは、日を跨ぎ1時間程過ぎた頃。ホロホロと歩いて帰った為に少しばかり酔が覚めた夏樹。
「へええ!ここ何階?流石は宝石屋。ほんとに独り暮らしなの?彼女いないの?」
「ここは4階、2階は工房、応接室も有るけどね、下に行こうよ、水回りも全部下だから……前は両親もいたけど、今は二人してバイヤーで飛び回ってる、おかげ様で忙しくて、彼女いないよ」
部屋に荷物を置いた後、二人して階段を降りながら話す君影。通り抜けた3階に来る。以前は玄関、広いリビングダイニングにキッチン、小さな和室にウォークインクローゼット、風呂トイレの間取りを、水回りはそのままで、今はワンルームと広めのウォークインクローゼットに君影が独り住まいを始めた折に、リフォームをしている。
着替えて来るから適当にしてて、とクローゼットへと向かう君影。ドンと広いワンルームには、奥の片隅にベッドとサイドテーブル、その上にノートパソコン。アイランドキッチン、ベランダに面した窓からは、照明を落とせば月明かりが、フローリングを細長い四角に切り取っている。
真ん中に丸いラグ、応接セットが置かれている、ちょこんと座る夏樹。テレビのリモコンに手を伸ばしつける。空調が効いた部屋は快適だが、無駄な物が何も無いだだっ広い部屋は温かみは薄い。
「……、嘘ぉ、女っ気が皆無……、ま、まさか。ああ……どうしよう、いや!かっちゃんは大丈夫!そんなんじゃない!うん!自分を信じるんだ!」
天井から蛍光灯の明るい光に晒されながら、夏樹は呟く。どうしようとあらぬ妄想が広がり、尻がむず痒くなったかの様にもぞもぞと動かしていると。
「お前も何考えてるの!まだ、酔ってんの?そっちしか考えられないのか!追い出すぞ!コラ!」
着換えを終えた君影が、独りごちる夏樹の背後から近づき話す君影。腹へったし……、携帯を開くと、ソファーに座る夏樹に問いかける。
「チャーシューメンにするけど、君は何にする?」
「は?今何時だと思ってんの?」
「午前1時半だが……。この時間に頼めるのってここしか無いんだよな。ここのは美味しいよ」
「いやいや。あ、キッチン貸してよ、宿代代わりになにか作るから」
夏樹はキッチンに向かう。そして感じた違和感。ガランとした感覚。何故か嫌な予感がし、冷蔵庫見せてねと開けると……。
「はあ?ビールとミネラルウォーターだけって、ナニコレ!食材皆無だ!ええ?」
中を見て愕然とした声をあげる夏樹。まさかと思い、ここも見るよ、と返事を待たずに、あちこち収納を開くが、何処もかしこも何も入っていない。
「嘘ぉ!皿もグラスもカラトリーも無い?当たり前たけど調理器具もケトルもインスタントラーメンすらない!ここは人間の住処なのか……」
驚きと呆れる友の声に君影は携帯片手に答える。
「うん、無いよ、使わないから。そのキッチン置いてあるだけだから、外食かデリバリーだからね。で、僕は頼んだけど君は要らないんだね」
ぐぅぅ……、腹の虫が鳴いた夏樹。いや、僕も同じのをと頼むと応じる。
夜更けに届けられた、厚いチャーシューと煮卵が乗るラーメン、湯気立つ背徳のカロリーに、男二人は美味しいと舌鼓を打つ小夜中の部屋。