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初恋  作者: 秋の桜子
16/17

水無月 落とされた花一輪。

「今度、店に行く、日曜に休みを取れるみたいだから……、夢さん、有給取って病院に行くって言うし、僕が休む事にした」 


 君影の元に連絡が入ったのは、梅雨入り宣言とは名ばかりの、晴れが続く日のこと。嬉しそうな夏樹の声。病院と聞き、察知した君影。


「それはそれは。子孫繁栄に励んだのか。めでたい。幾つか揃えてるし、ああ、マリッジリングだけど、シルバーのチェーンをサービスでつけるよ、仕事中、嵌めないだろ?」 


「ありがとう。て!その前におめでとうございます。だろ!かっちゃん。子孫繁栄って、夢さんには言わないでよね。それでオーナーから聞いたんだけど、そんな話いつまとめてたんだ?」


「ああ、お前がエンゲージリング選んだ頃にな、フォト使わせて貰う代わりに、新婦のドレスとうちの店の三点セット、夏樹の衣装は僕の手持ちから、撮影スタッフはこっち持ちという話をまとめた」


「オーナー喜んでるし、はぁ、でも。当日どんな飾り付けにするかで、今、忙しくて大変だよ」


「料理しか考えてなかったのか?それじゃウエディングにはならないだろ?場の提供はそっちだから、頑張って見場よくしとけよ」


「夢さんにも色々考えててもらってる。ああ、この前、ウエディングドレスのデザイナーさんから連絡あったって、オートクチュールって、いいの?てびっくりしてたよ」


「ああ構わない。彼もホームページに乗せるしな、それに僕の手持ちの礼装は彼に作って貰ってるのばっかだし、いいんじゃないか?」


 君影と話をしていると、少しばかりしんみりとなった夏樹、素直に礼を述べる。


「ありがとう、かっちゃん。僕のは手持ちって、まあいいけどさ、式には来てくれるよね」


 頼んでも良いが仮縫いやら大変だぞ?時間があればいいが。当たり前だろ、出るに決まってる。お互いの店の発展の為だから、お礼を言われる筋合いはないと、君影のそっけない言葉に、相変わらずだなと笑って話した夏樹。


 また顔見に行くから、と話を終えた。



 ――、籍を入れに行かないとね、いつにしようかと、電話で相談している二人。式の日にサインするのもいいなぁと、同僚の人前式に出た事がある夢は話す。


「少し遅くない?」


 そう話す夏樹。遅いって言っても、もう、ひと月あとだよと笑う夢。


「ひと月かぁ、うん。すぐに経っちゃいそうだな……」


 返す夏樹の笑顔。幸せなひととき。色々慌ただしくなる二人の日々、ようやく家に戻れた夏樹だが、夜遅くにやり取りする事に夢の身体を案じる。


 そうだ、休みの日に昼、賄いを食べに来ないか?と誘う。真砂子にも頼まれた事だと付け加えた。


「飾り付けに使う花やら、使うお皿とか……、相談に乗ってほしいんだってさ、そうでもしなきゃ時間が取らないもんね。僕の店こき使うから……」


「アハハ、うん、そうなの?じゃぁ……、土曜日でもいい?」


 いいよ、真砂子さんにも伝えとく。と夏樹返事、じゃぁ土曜日に、週末が休みな夢。午前中にドレスの採寸があるから、それを済ませたらと、話をまとめた。日曜日は疲れが出ない様に、家でゆっくり過ごそうと考えていた。



 ――、傘は要らない様子だが、湿度高い空気が広がる中、タオルハンカチで汗を拭いつつ、予定を済ませて夏樹の店に向かう彼女。軽い素材でAラインにしましょうか、まだ目立たないですが、調節が出来る様にして……、話が順調に進み、結婚式が近いんだなと胸がはずんでいる。



 ――「おめでとうございます」


 声と共に、不意に差し出された、一本の白い薔薇の花。立ち止まり顔を向けると。


「え?……、あ!お花屋さん?お店の……」


「良かった!覚えてくれてて。この度はご結婚おめでとうございます」


 白い開けかけた薔薇を手にした店員は、夏樹の店で共に祝ってくれたあの彼女。ありがとうございます、軽く頭を下げた夢。


「丁度通りかかるのを目にして、タイミング良くこのお花入ったばかりで……、ブライダルホワイトって言うんですよ!受け取ってくださいな」


 笑顔を向けられた夢。

 口角を上げてる店員。

 目はじっと凝っている。


 どうしようかと瞬間迷った夢。行き交う人がチラチラ見て通り過ぎする。要らないと言えない空気が造り上がる。


「どうぞ」


 棘……、取っているかと思いますが、残ってるやもしれません。気をつけて下さいね。と言葉を重ねた彼女。ありがとうございますと夢は彼女が摘んでる少し上に、指をかけた。


 クッ……と押し付ける様に力が加わる。


「……!イタ」


 パサリと落ちるブライダルホワイトの一輪。人差し指に残ってた棘が赤い珠を作った。ああ!ごめんなさい!大げさに声を上げた店員が、指先を見る夢に近づく。


 音なくスニーカーで踏まれる祝の白い花。


「あ!お花が……」


「ああー!もう!私ったら……、ごめんなさい、ごめんなさい。おっちょこちょいで!」


 慌ててしゃがみ、それを拾い上げた店員。大丈夫ですか?と夢に声をかけた。


「大丈夫です。気をつけてって言われてたのに、怪我した訳じゃないから……、せっかくのお花、すみません。可哀想に……」


 夢は謝る彼女にそう話す。すみませんすみません。何度も頭を下げる彼女。通り過ぎする人目が気になる夢。


 新しいの取ってきますねと、店に戻ろうとする店員に、断りを入れると急ぐのでごめんなさい。ありがとうございますと礼を述べ、その場を離れた。





 ――、「本当にすみませんでした」


 遠下がる背中に頭を下げた彼女。手の中には自ら踏み痛めた白の薔薇の花一輪。夢の姿が見えなくなる。


 どこがいいのと、潰れたブライダルホワイトに話しかける。


 ……、美人でもない。普通の人じゃない。私と変わらない、変わらない変わらない変わらない。私のほうが先に出会ったのに、ずっとずっと。


 どうして?私を見てくれないのかしら、私の方がしょっちゅう出逢っているのに、どうして覚えてくれないのかしら……。


 どうしてあんな女に持ってかれるの?何時もいつも、お祝いのお花ばっかり束ねて、束ねて束ねて……、どこかいいの?どうして私のモノになってくれないの。


 どうして?どうしてどうしてどうして?どうして?


 ギュゥゥゥと花首を握りしめる。宙吊りになるブライダルホワイト。手を開けるとハラハラと白い花弁が落ちる。ジンジンと胸の中に産まれる力。それは頭の中に広がり彼女のストッパーを外していく。


 ……、うつむき考え込む店員。フルフルと身体を小刻みに動かしす。首がカタカタ動く。抑えきれぬ衝動が支配する。


 ……、エプロンをスルリと外す。パサリ、と足元の白い花弁の上に落とす。覆いかぶさる布地。拾い上げようとはしない。


 そのまま……、


 タッと、駆け出した。仕事も何もかも放り出し女は人の流れに逆らい走る。走る。走る。走る。


「私のものなの、私のものなの、私の……、誰にも渡さない!」


 ブツブツ ソレダケヲ ツブヤキ ハシル。



 ……彼の行動はわかってる。しばらくお店に泊まってたみたい。だけど今は……、大丈夫、大丈夫、ダイジョウブ、キットワスレテイル、ダカラシバラク……、フフフ、ダレニモワタサナイノ……


「アハハ、ソウ!ダレニモワタサナイノ!」


 ウキウキと子供の様に、スキップしながら、跳ねて走る女。


「ウフフ、カレハワタシノモノナノ」


 ゴロロ……、遠くで雷が音立てている。一雨降るかもしれない。冷えた風がざっと上から堕ちてきた。




 ――、その夜は……、雨が降った。ようやく梅雨が来たらしい。梅雨らしく音立て、脚の太い雨が降った。


 暗い、暗い、黒く。重く重く真っ黒な空から落ちる水。それはアスファルトの上で小さく跳ね、クラウンを創る。


 ……、カララン、と落ちる銀色の刃。広がる熱持つ鮮やかなる赤は、天から降りる水に流され薄れていく。


 夢さんと夏樹はそう漏らした。

 気をつけてたのにごめんねと話した。


 ケタケタと笑う声、ケタケタ、ケタケタ、アハハ、アハハ、アハハ、アハハ!


「ワタシノモノナノ、ワタシノ!アハハアハハ」


 女は倒れる男の背中に頬を寄せる。愛おしく寄り添う。人少ない田舎では無い。まだ人通りがある時間。路地を入ったばかりのこの場所を。


 見つかるのは直の事。


 女にはどうでもいい事だったが……。


 ホシイモノ テニイレタ ソレデイイ




 夜半に夢の元に電話が入る。どうしたの?こんな遅くにと、見ればそれは真砂子の名前。


 あとは……、よくある刑事ドラマの様な展開が広がっていた。


 そして……、夢は君影に初めて出逢う。


午後7時に最終回上げて終わりです。

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― 新着の感想 ―
[一言] うわーん! ついにきたーーー!(涙) あああああああ……
[一言] ああっ、ここで繋がる! 見事な構成です。
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