表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初恋  作者: 秋の桜子
13/17

はなだれ雪色の酒

 晴れた空の青に、大陸から渡る黄色い砂が旅をし混ざる。そうかと思えば、時々に思いもよらぬ時に雪が降る。大きな白いボタンの花弁の様なソレが、ぽさりぽさりと空からアスファルトに落ちてくる。


 ――、困ったな。どう書けばいいか迷うし、わからないし……。オーナーも田中さんも村上さんも酷いよな。


 午後3時。ランチタイムを終え、片付けられた店内では、出入りの花屋の店員が春色をした、とりどりの花でアレンジメントをつくっている。それをぼんやりと眺めながら、テーブルのひとつを陣取り、くるくるとペンを回していた。


「あら、ご苦労様。イイわね、イケメンのペン回し。書けた?なっちゃん」


 一緒にコーヒーでもどう?と、オーナーの妻である真砂子が機嫌良く話しかける。


「何にも出てきません。秋からレストランウェディングを受けるのは良いですけど……、どうして僕の要望を書かなきゃいけないんですか?」


「そりゃ一番、相応しいからよ。夢ちゃんだっけ?考えてるんでしょ。結、婚、うふふ。そうだ、丁度いいから彼女さんにも聞いてみてよ」


 花嫁さん側からのも欲しいな。と向かい側の椅子にすとんと座る。


「はぁぁ……、今、年度末で彼女の会社も忙しいから、最近会ってないんです。あ、そうだ。真砂子さんにお願いが……。しばらく良いですか」


「あら……また?で?どっち?男?女?顔がイイと無駄に苦労するわね、構わないわよ、旦那には話しとく」


「わからない。もう、どうしよ。色々ありすぎて、これも書く事が分からなくて困ってます」


 数日前から、どこかしらから見られている気がする夏樹。振り返っても姿は見えない。でも気配はある……。家まで帰る道を、あの手この手で撒くために、わざわざ変えていた。


 ――、はぁぁ、ストーカーかよ。面倒くさいな。ほんと。


 こういう時には、店の一角に作られてる、畳敷きの休憩室を借りる夏樹。泊まりに備えて布団も、一式押入れにある。


 更衣室にはシャワールームに、ランドリー設備。不自由は無いといえばないのだが……


 ――、朝から晩までずーと!ここ!ああ……、夢さんとしばらく部屋で過ごせない。


 恋人を持つ青年らしい、ほてる熱そのままに想い、切なくなる彼。吐息をきつつ、しかめっ面でレポート用紙を眺めている。そんな若い従業員に、いい手があるわと真砂子は言う。


「早くコブ持ちになればいいのよ。そういう事は無くなると思うわね。どう?なっちゃん。7月位に練習がてらここでお式、挙げてくれない?費用はこっち持ちよ、その代わりフォト、ホームページで使わせてね」


 はい?まだちゃんとした、プロポーズしてませんよ?と、夏樹はブツブツとボヤく。


 パチン、パチン……!鮮やかな黄色い菜の花の茎、濃きピンクの花桃の枝の長さを整える、剪定鋏の音がする。


「テーブル席の配置とか、飾り付けやらお料理やら、ああ、引き出物のお菓子もいるし。一度やっておいたら、マニュアル出来るから。ね、さっさとプロポーズしてきて、お店を助けて頂戴」


 真砂子の言葉に考え込む夏樹。指輪も子供もなにも要らないと言った言葉が、彼の心に住み着いている。


「さっさとって、真砂子さんも大概だな……、うーん……」


 パチン、パチン……!


 目の前の真砂子に、思い悩む事柄の相談を、持ちかけようとしたが、店員が扱う剪定鋏の音がそれを止めた。当たり障りのない事を話す。


「取り敢えずコレ、なんとかしてまとめます」 


「ハイハイよろしくなっちゃん、いい返事待ってるから。コーヒー入れてくるわ」 


 立ち上がりその場を離れる真砂子。テーブルの上に置いていた携帯を手にすると、メールを書き込む夏樹。


 パチン、パチ……!枝から丸い桃色が、ポトリ、ポトリと床に落ちた。




 ――「まさかの店に呼び出すとは……、車だけど、飲む。しかしここでは泊まらない、駅前のホテルの部屋取ってきた」


「当たり前だ。場所もない、ええ!わざわざ飲むためにホテル取ったって……おぼっちゃまくん。色々あってさ、ごめん」


 この!高級感溢れるイタリアンに、ガチの和室!と興味津々で見渡す君影。畳って久しぶりだ。座ると持ってきたコンビニの袋を天板の上に置く。


 店を閉め、皆が片付けを終え帰った時間。君影はメールを読み、店を閉めたあと車でここに来ている。


「これ!ホーム炬燵。うわあ……。冬には布団があるとか?へえ……」


「あるよ。おぼっちゃまくんは、変な所に感動するんだね。そういや炬燵はなさそうだな、君の家には。安上がりでよろしい」


 上にはグラスがふたつ。夜の賄いの残りをまとめた大皿。摘んで食べれる料理が盛られている。君影からブライダル事情あれこれを聞き、まとめ上げていると、コレ貰ったんだと、君影が小ぶりなボトルを取り出した。


「バーのマスターが、振って飲む酒いる?て言うから貰った。甲州の濁り白、ルミエール」


 へえ……、搾りタイプのワインか、興味を持つ夏樹。グラスに少しばかり注ぐと、ひとくち味を確かめた。


「香りはいいけど甘い。デザートワインだね。女の子好きそうな……、かっちゃんさ……、あのマスターから、女ウケする酒ばかり教えて貰ってるけど、試したことあるのか?」


 無いなと話す君影は、クイッと空にすると、ビールにしよう、と持ち込んだレジ袋から缶のそれ取り出す。プルトップをシュッ!と開け、テキパキと話を進める。


「でひとつは済んだ。次の相談したい事って何?」


「ん!ああ……、夢さんの事がわからない……、指輪の事を仄めかしたら、いらないから側にいて、って言うし、子供も要らないって言うし……」


「ふーん……それは僕に相談しても意味が無い。まぁ……、私、何にもいらないの、貴方だけでいいの。てなのは、本当は指輪も子供も欲しいの、だけどガツガツしたくないの、わかってるくせに馬鹿ー!という裏返しと聞くが」


 ゴクゴクと飲みながら話す君影。彼女いないのに詳しいね、とため息を漏らす夏樹。


「結婚したくないから、今のままでいいって言うのかな。何にもいらないから側にいて。だし……、変わりたくないのだし……、よくわからん」


 グラスをひとくち。甘さと搾りたての葡萄の香りが口の中に広がる。


「どうしたらいいと思う?かっちゃん」


 さあな、と君影の返事。先輩達は、僕の名字がネックだって言うんだけどさ……と話し始めた夏樹。



 ――「変わりたくないのって、そりゃなっちゃん、名字とか?思えば『青空』だもんなぁ……、真理ちゃんが『水田』に嫁ぐもんだもんなぁ……なっちゃん、子供の頃に、かわれたこと無い?」


「別に、女の子みたいとかは、言われた様な気がしますけど……」


「凄いよな。青空 夏樹に負けてない顔してるもんな、なっちゃん。奥さんが青空 夢、子供が産まれたら、青空 陽陽やら太陽にしたら、コミックのファミリーみたいだよ」


「ホントだ!山田さん。ファミリー揃ってキラキラネーム!大丈夫大丈夫、きっと美少年か美少女が産まれるって!そうだ!彼女、今度ここの賄い食べに連れてきなよ、顔みたい」




 ――「ろくでもないアドバイスだな。なんの解決策もない。名字にこだわるならば、結婚相手のそれに準じればいいだけだろ?」


「まあね……、でも嫌だといいそうだし……。ホントはさ、ホワイトデーに指輪渡してプロポーズとかちょっと考えてたんだ……、流れたけどね」 


 指輪との単語に、それはいらない。そう言われたのでは?と問う君影。


「僕は買おうと思ってる。いいのある?かっちゃん」


「サプライズか?女子は好きだ。そうだな、店のホームページ見るか?新作紹介もしてるし、売れ筋も載せている」


 営業モードで、黒の手提鞄からタブレットを取り出す君影。用意がいいねぇと、半端呆れる夏樹。ページを開くと、お客様、さあどうぞと見せる。


「へえ……、まさかのかっちゃんモデルしてるし……。ホストにしか見えないのは流石だね。あの部屋で撮影って本当だったのか。顔出ししていない、この娘はモデルさん?まさかの隠し彼女とか?妻!」


「違う。店のスタッフ、モデルさん頼むと高いからね。スクリーン張って撮影したんだ。で、エンゲージリングはだな……、サイズはわかるの?」


 華やかなフォトの後、カタログのページがアップされる。夏樹は9号。触った感覚だけど大丈夫と答えた。


「は?触った感覚でわかるって、ほんとか?」


「ああ、ひと夏の経験値だな。結婚指輪外して、ね。それをもてあそんだり、手を絡めたり、相手に嵌めたり外したりしているうちに、わかるようになった」


 好みの品物を探す夏樹。マリアちゃん、こんな男でいいのかよとボヤく君影。


「うふふ、いいだろかっちゃん。早く彼女見つけなって……、このピンクのやつかわいい」


「ん?ホワイトゴールドに、ピンクのトルマリンか……確かにかわいい系だな。これは新作だから入荷は、4月過ぎるけど」


「うん、現物見てから決めたい、こういった系統のにする……う?! ふえ!コレ何?……()()!」


 夏樹が指差す先には、立ち爪の一粒タイプ。プラチナリングにピンクダイヤのエンゲージ。高い?そうでもないけど、と君影。


「ああ……、俗に言う、給料3ヶ月分、三高女の譲れないラインの商品、色々あるさ。で、このエンゲージリングにより、意見の不一致で破談もある事にはある」


 意地の悪い笑いを浮かべ話す君影。え!と夏樹は引き気味で話を聞く。


「色々あるぞ、入らないで揉めたり、お前がサイズ騙してたんだろ!と揉めたり。誕生石は嫌だったのにと、揉めたり、それが傑作で、前の彼女と誕生月を間違ってたり……クッ!茶番劇も大概だろ?」


 結婚する前で良かったですね、と顔には出さないけどな。腹のなかでは思ってる。アハハと、バッサリ斬った君影。かっちゃんよくそれで宝飾店やってる。信じらないと夏樹は、残った酒をグラスに空けた。


 持ち上げて蛍光灯にかざして見る。透き通った硝子の向こうに不透明な白。純白ではない。はなだれ雪が重なり積もった様に、どこかしら頼りなく、ふあふあと柔な色。


「じゃぁ。ぼつぼつ揃えておく、帰る」


 唐突に切り出す君影。


「もう少しゆっくりすれば?」


「いい、朝イチで帰るし、品物が入ったらどうする?持ってこようか」


 タブレットを片付け立ち上がる君影。


 いい、店に行くからとグラスを置く夏樹。


 ゆらりと白が揺れる。


 送る為に立ち上がり、忙しいから少し先になると話す。


「まだちゃんとした、プロポーズをしてないから。それに今、秋にレストランブライダルを受けたいって、オーナーが動いてて、あれこれ本当に忙しい。時間が出来たら夢さんと行くから待ってて、かっちゃんに会いたいんだって」


「僕に?それはそれは、マリアちゃんに色んな事話さなきゃな。ククク。楽しみに待ってる。じゃぁその時にマリッジも見たらいい。そっちも揃えておきますから、お客様」


 いらない話をするなよな、夏樹は靴を履く君影の背に声をかける。ここでいい、じゃあな。従業員出入口で別れた二人。


 君影が帰るとカチャン、鍵を掛けた夏樹。し、んと静寂が足元から立ち上がる。誰もいない厨房を通り抜ける。


 時間は……、声が聞きたくなった。寂しさがじわりと広がる深夜。明日の仕事の為にもう寝ていると思い、諦める。


 夏樹はポケットの中の携帯から、


 手を……、そろりと離した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] このまま順調に行く? いやまさか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ