ロゼのシャンパンとフライドポテト
「乾杯。あけましておめでとうございます。リア充」
「何それ……てか、1月も終わりだし……」
チン、とシャンパングラスを合わせた二人。
「怒涛の年末年始!お互い商売繁盛で結構、稼ぎ時の末年始!続く2月も3月!バレンタインデーにホワイトデー、卒業に新年度!いいねぇ!かきいれ時だよ」
家飲みしたいから酒持ってていいかな?と夏樹が連絡したのは、1月も終わりになり、世の中はお正月飾りはとうに外され、気の早いメディアでは、恵方巻きやらバレンタインデーの空気がちらほら漂う頃。
シャンパンのロゼ、エクストラブリュット。夏樹が店に出入りをしている、酒屋から仕入れて来た一本。家で揚げてきたフライドポテトを、オーブンでカリッと温めたのを皿にこんもりと盛り、二人でソレを食べている。
時々に赤いサルサソースや、白いサワークリームで味を変えて楽しむ二人。
「その中で最も忙しい年末年始、彼女で来たメールを送りつけるとは……、クリスマス以降は、パーティーやら忘年会やら新年会、諸々の会合やら、昼夜問わず休日返上、フルタイムで働く身に何たるプレゼント」
「あー、ゴメン。ちょっと浮かれちゃってさ……」
「エンゲージにマリッジリングは、当店のご利用をぜひともお願い申し上げあげます」
「何かボッたくられそうな気がするんだけど。かっちゃん、てか!エンゲージにマリッジって……、付き合ってそんなに経ってないのに早くない?」
「大丈夫大丈夫、足元みないから、クオリティが高いの勧めない。早いって、君達清らかなるご関係?悪行をお許しになった聖母ちゃんとは」
「何その、マリアちゃんって、そりゃ全部話したけどさ、それでも良いって言ってくれて清らかなるご関係じゃないけどさ、高いの勧めないってっさ、何気に凹むんだけど」
サクリと塩味のまま齧る夏樹。手酌で飲んでいる君影。カウンターではなく、ラグの上にトレーを置き、座り込んで話していた。
「そうか?で何、相談って」
「んー、その……、お付き合いしてますって、行こうかと聞いたんだ。すると彼女が首を振るんだ。別に行かなくていいって、家族とは何年も会って無いってさ」
「何年も会って無いって、それが?僕も親には会うこと珍しいけど?」
「かっちゃんはとは違う、先輩に聞いたら、将来を見据えた場合は、早めに奥さんの家に挨拶に行ったと、そんな話を聞いてさ……、どうなのかなって」
胸に来る何かを、外に出ぬよう流し込む様にグラスを煽る夏樹。そうだな……、とポテトに手を伸ばし口に入れる君影。
店に来る客達を思い浮かべる。幸せ色した中に包まれているカップル。時々、ご両親に許して貰えて良かったよ、と話す男もいる。
……、結婚とは面倒くさいものだな。君影は密かにそう思っている。しかし悩む様子の友にはそれを言う事はない。
「別に気にしなくてもいいと思うけどね」
「そうかな……、いいのかな」
「良くわからんが、今の世の中家族の不仲って、よくある話だし。マリアちゃんは話してくれたの?家族と会ってない理由とか……」
「聞いてない、言いたくないって、だから聞かない」
「……、ふーん……じゃ、聞かなきゃいけないか?聞き出して理由を知って、ご両親への挨拶とやらに、こだわる必要は夏樹にとって必須なの?」
空調の音が流れる。黙り込む二人。
「終電出たし、今日は泊まっても良いけど……、しばらく来るなよな」
赤いソースに絡め口に運んだ君影が口の中を空にすると、そう話す。空気が動く。
「え!どうして?」
「なんとなく……」
「理由になってない」
「うーん、そう……、病める時も健やかなる時もって言うからさ、二人でよく話しをしたらって、言うと思っただろうが、忙しくなるんだよな。前はスタジオ借りてたんだけど高いからね」
「は?なんの話?」
「バレンタインデーは既にフォト撮影終わってる。これからホワイトデーに、卒業、新年度を迎えての旅立ちのジュエリーをとかさ、ジューンに向けて、新しいデザインのエンゲージリングとか、使うんだよ。ここ、敢えて夜に使う事もあるからね」
「……、かっちゃん酷い。僕が真剣に悩んでるのに、どうして親身になってくれないのかな」
「決めるのは自分自身。僕は今までそうやってきた。両親は必要な時には側にいた事がなかった。だから独りで立っている。今でも変わらない、この先もね。夏樹もだろ?親一人、子ひとりだったんだから、今まではそうしてただろ?」
甘えるならマリアちゃんにしろ、相手を違えるなと君影は、何時もとは違い頼りなげな風情の夏樹に言う。
「だらな、マリアちゃんと過ごせ」
うん、そうする、また来るねという感じな答えを待っていた君影は、俯き何かを思っていた夏樹に、顔を上げた途端、意外なことを拗ねた口調で言われる。
「……、もう、僕はかっちゃんに必要無いってこと?」
「はあ?」
「だってかっちゃん必要の無い物は置かないって、僕は要らない子になった?」
「……、はっ?お馬鹿?」
「僕はね、かっちゃん……、家族みたいに思ってたんだ、だから独りで食べてるかな、大丈夫かな、って心配して……、迷惑だったのか?夜中に突然来る奴なんて、考えたらそうだし……かっちゃん面倒くさいの嫌いだし」
ウジウジと、子供の様に喋りながらポテトで、サワークリームをぐるぐる混ぜる夏樹。こいつ……、と思いつつも面倒なとは思えない君影。
「はぁぁ……、恋をしたら心が弱くなるのか?そんな事は無い、迷惑ならそう言ってるし、電話も取らない主義。ああ、悪かったな。そうだな……、夏樹には幸せになって欲しいな、て思ってる」
初めて聞く、君影の気持ちが籠もった言葉に真顔になる夏樹。
「よくわからない。正直……、他人にどうこう、思う事なんて今まで無かったし。そういう事、だから……」
「だから?」
真剣な瞳の夏樹に、ニッコリ営業スマイルを浮かべる君影。
「懸命に稼いで下さい、ご来店お待ちしております」
「はあ?ひっどい!何か知らないけど!すっごく傷ついた気がする!かっちゃん!何それ。信じられない!」
アハハ、世の中とはこういう物だ。シャンパン終わったし、貰い物の白ワイン冷えてるけどいるか?と立ち上がる君影。何時もなら従業員に分けるそれ等の品物。何故か今年に限り、夏樹に取っておこうと、一本自宅に持ち帰った彼。
「ちょっと待った!グラス変える、持ってきたし」
「ああ?別にそれでいいよ、面倒くさ」
細しい事に小うるさい男は、彼女に棄てられるという話をしてやろうかと君影。
彼氏がするならいいよって言う、世間一般の女の話を教えてやろうかと夏樹。
何時も二人に戻る。温かい部屋、ふざける二人。
外は吐く吐息が真白に濃い。流れる涙がパリパリと音立て乾き頬にヒビ入る寒さが訪れている、それは……独り歩く者に、チリチリとした氷の破片となり身体に忍び込む温度。
シャンパンのロゼ、エクストラブリュット。←飲兵衛娘のおすすめなのですよ。下戸の母から産まれたとは思えない。旦那様に似たのね!
おつまみチーズじゃないの?と聞けば
チーズ!ムーリー!フライドポテト最高!とのことでした。