冬の苺と白いホイップクリームとスポンジと。
冬にフレッシュ苺の生ケーキ。贅沢の象徴。艷やかにアカイロ、つぶつぶとした種の苺は春が旬。聖夜に合わせて育てる苺。温室栽培の果物。
生クリームの白。ちょこんとお澄まししてホイップクリームのクッションに座る、赤い苺のケーキ。日持ちのしないデコレーション。或いはショートケーキ。
午後6時前、冬の季節、外はすでに宵の闇。
「あら坊っちゃん、お召し上がりになられますか?」
少年が4階の自室から、ダイニングへと降りてきた。6時には仕事を終える、通いの家政婦が白いクロスを広げ花を飾っている食卓に、一人分の食事を並べている。
「あとで食べるからいいよ」
そう言いつつ、少年は椅子のひとつに座る。ローストチキンにブロッコリー、フライドポテト、バターコーン、一口大のおにぎりが、キャンディの様にラップに包まれ、緑と赤の細いリボンで飾られている。それらが皿の上にきれいに盛り付けられていた。
ポインセチアのフラワーアレンジメント。リビングには大きなクリスマスツリー。有名パティシエのショートホールのケーキの箱。
「ねえ、真理子さん、このケーキ持って帰ってよ」
「は?今日はクリスマスイブですよ」
「一人だし、要らないし、ケーキ食べる日じゃないし」
「会社からそういう事は駄目って、言われてますから」
「指輪やネックレスじゃないから大丈夫だよ。食べちゃえばわからないよ」
坊っちゃんと呼ばれる少年は、箱からケーキを出そうとする彼女に子供らしくない事を言う。
「持って帰らないなら、去年みたく苺だけ食べて、真ん中ほじくって終わりにするけどいい?」
「ええ!勿体ない!ここのケーキ高いんですよ!去年も勿体ないなぁってなったのに」
「うん、だからあげる。いつも食べてるのとおんなじ味だし、ただメリークリスマスって書いた、ホワイトチョコのプレートが乗ってるだけだし。要らない」
ニコニコと話す少年。しばらくためらっていた家政婦だったが、じゃあ、クリスマスプレゼントですね。と水を向けた。
「うん、メリークリスマス、お皿は自分で洗えるよ、もう帰っていいから」
「ありがとうございます。嬉しい。一度食べてみたかったから、子供が喜びます。一応、スーパーで安いの予約してますけど、今夜はケーキパーティしますね、じゃあ、あとはよろしくお願いしますね」
テキパキと片付け帰った家政婦。少年はローストチキンを手に取ると、リビングに敷かれている、毛足の長いラグを横切りベランダへと向かう。
――、「……、寒」
外に出て、いつもの様にアーチ型の外壁から街路樹にに飾られた、イルミネーションの光が照らす世界を覗き込む。
頭頭、あたまあたま。車車、あたまあたま。行き交う大人、おとな、オトナ、大人。
地上の星に負けている、夜空の星を見上げる少年。がぶりとチキンを頬張る。
「ふーん、メリークリスマスね」
午後7時半過ぎ、家々では夕餉の灯り。
「借りてきた本もあるし、宿題早めに片したいの」
少女が両親と年離れた妹に話す。ホワイトシチューとオムライスと、サラダの食事を終えた家族。ケーキはこれからだよ。普段は忙しく食事を共にできない、彼女とは血の繋がらぬ父親が優しく引き留める。
「今日位いいじゃないか、たまには息抜きしないと」
「ありがとう、お父さん。でもね、宿題ものすごく、たくさん出てるの、ごめんね」
「そうか、お父さん鼻が高いよ、この前、隣の佐川さんに、お嬢さん良くできるって、息子から聞いてますだって」
ニコニコとする父親。素知らぬ顔をし、ホームメイドのケーキを切り分けている血の繋がった母親。実の娘をちらりとも見ない。彼女が蕩ける笑顔を向けるのは、年離れた妹と今の幸せを与えてくれた夫だけ。
「おねえちゃん、おねえちゃん、じゃぁけえき、おへやにもってたら?いちごももかが、ならべたんだよ、このおおきなのはパパでぇ、つぎにおおきいのは、おねえちゃんで」
ふわふわのワンピースを着た妹が、並べられたケーキ皿の上を、ひとつひとつ指し示しながら話す。
「ありがとね、ももか。お部屋でゆっくり食べるね」
『仲良し家族ごっこ』は終わり。少女はドアを閉めると、勉強机の上に皿を置く。彼女が妹の年の頃には、小さなケーキを焼いた母親と、少しばかりの苺を飾って、笑って過ごした母娘二人きりの昔のクリスマスイブ。
大好きだった味。誕生日に、クリスマス、母が焼くデコレーションケーキ。今は嫌いなホームメイドの苺のケーキ。
添えられたフォークを手にする少女。
グサ!グチャ!グサ!グチャ!カチャカチャ!滅多刺しにするヒト切れのケーキ。油分を含んだ甘い香りと、苺の赤い匂いが混じり合う。白のクリームが赤とスポンジが混ざりまだらになる。それを見つめて少女は冷たく言う。
「メリークリスマス、お母さん」
午後10時、外を歩けば、吐く息が濃くなる時。
「ただいまぁ、あ!電気ついてると思ったら!起きてる悪い子だぞ!ええ!晩御飯待っててくれたの!」
24時間営業のスーパーで働く母親が、隙間風吹き込みそうな、安普請のアパートのドアを開けると、帰りを待っていた我が子に賑やかに話す。
「うん、だってクリスマスイブだもん、あ、子供会でね
おやつ食べたから、お腹あんまり減らなかったから、ごめんなさい」
「そうか、クリスマス会があったんだっけ?」
乾いていた、部屋干しの洗濯物を取り敢えずカゴに入れながら母親は話す。
「うん、公民館でね、楽しかったよ、ジュースとサンドイッチと唐揚げ食べた」
「よかったねー。じゃぁ、一緒に晩御飯食べよっか、お母さんお腹ペコペコだし、あと良いもの貰ってきたよ、フフフ」
ガチャン、コンロの火をつけ湯を沸かす母親。テーブルの上の唐揚げの皿をレンジに入れる。ピッ、ピッ。
「寒いねぇ、灯油切らしてたんだっけ、明日お給料日だからね仕入れて来るね」
「いいよ、そんなに寒くないから、良いものって何?」
吐く息が白い部屋。寒い部屋で温かい親子の会話が、部屋の熱をほんのりと上げていく。
「バイト君がね、陳列するとき2個入りのショートケーキを落としちったんだって、店長がこれ持って帰っていいよって、エヘヘ。タダで貰っちゃった、多分グチャグチャだけどね」
チン!レンジが止まる。皿を取り出し、大豆とひじきの煮物が混ぜ込んでいるおにぎり皿の横に並べ、ガサガサと、軽い音を立てつつ通勤カバン代わりのエコバッグから、白いレジ袋のそれを取り出す母親。
お風呂のスイッチを入れるね、気がついた息子がお湯張りを押す。お湯が沸けば、今日は特別にコーンスープ半分こにしよう、とインスタントのそれをそれぞれのカップに、二つに割り湯を注ぐ母親。ケーキのパックをそろりとレジ袋から出してみると。
「うわぁ。天地が逆になっちゃってるわ、お皿にのせれるかな」
「うーん、無理だよ。たぶん。あ!お母さん、逆さに蓋開けて、スプーンで食べたらいいよ、洗い物も減るし」
「おお!流石は我が息子!あったまイイね!じゃぁスプーンで二人でつっつこう!」
「うん、食べちゃえばおんなじだよ」
青白のギンガムチェックのカーテンが少し揺れる。壁にはカレンダーの裏に親子で描いた、クリスマスツリーの絵が貼ってある。
テーブルの上には唐揚げの皿とおにぎりの皿、ほうれん草と人参のツナマヨ和え、コーンスープのカップ。グチャグチャな苺のショートケーキ。
「じゃぁ!食べましょう、メリークリスマス」
「うん、メリークリスマス、お母さん」
グラスの代わりに、スープが入ったカップをカチンと合わせた。
独り、ベランダお行儀悪くチキンを齧って、メリークリスマス。
独り、母親手作りのケーキをフォークで刺し、メリークリスマス。
吐く息が白い部屋で、グチャグチャな苺ショートをスプーンで頬張り、仲良くメリークリスマスの母親と息子。
聖夜。それぞれの時。それぞれの味。