第七回『電波は何処からともなくやって来る』
人気アイドルの新曲をスマホで聴く。迷惑だろうし、イヤホンをした状態で。
因みに私は別に好きじゃない。さっき帰った相談者がオススメして来たから聞いてみただけだ。
たださ、友人が不細工な面で見つめてきてると、弁当も不味くなるし曲もイラッと来るだけなんだよね。
「いつまで見てんだよ、何か用?」
「キキーモラの時、結構ピンチだったんだってな。聞いたよ、イカれ先輩から」
「ああ、そういや話しておくって言ってたね何でか。私の醜態で、さぞかし優越感に浸れるだろうよ」
私は自分から話すつもりだったけど、トールは赤羽先輩からキキーモラ戦の内容を教えられたのだ。チクられた気分。
散々泣き喚いて助け求めて、結果自虐して一般人に助けてもらうとかあるまじき失態だ。
トールにはあまり知られたくなかった。普段バカにしてるからバカにし返してくると思ったし。
「廊下ワックス塗れにして反省文、原稿用紙三十枚分とか何書けばいいんだよ。全てをありのまま綴ればなんとかなるのか? 俺はそう思わないけど」
「反省文のことかよ。確かにピンチだったけど。全く思いつかなくて」
後半からキキーモラの特徴をびっしりと連ねた。文字数稼ぎに。
てか赤羽先輩、そっちを教えてるんじゃない。キキーモラ戦についても説明していたのは知ってるけど、何でわざわざ反省文のことまで教えた。
「冗談だよ」
「えっ?」
不意に言われて、卵焼きを落としてしまった。好物なのにナンテコッタ。
トールが凄く落ち込んだ様子だから、私もつられてテンションが下がる。
「すずが泣いてたのに、俺は気付けなかった」
いきなり始まって、「あ、うん」と答えてしまった。いっそ無言を貫こう。
「イカれ先輩や野々乃は真っ先に駆けつけたってのに、すずの友達の俺は……何もしてやれなかった。助けに行けなかった……!」
「何か思い詰めてるみたいだから言っとくけど、お前はあの時生徒を避難させていたでしょ? ののちゃんは私の悲鳴に気がついたかららしいけど、赤羽先輩は元々屋内にいたんだし……」
「野々乃は、気づいたんじゃんか!」
「……」
悔しそうに頭を掻き毟るトールが、見ていて何だか悲しく思えた。そのまま掻き続けたら禿げてしまうんじゃないのか、と。
トールは私がピンチだと気づけずにいたことがショックらしいな。
でもさ、トールが駆けつけたところで何か出来てたのかと言えば、「何も出来なかった」と思うんだよ私は。
ののちゃんみたいはアスリート擬きでも、赤羽先輩みたいに背が高くて力が強いわけでもないんだから。
「トールは、それ以上悩む必要はないよ。きっと、何も出来ないから」
突き放すようなことでも言っておかなければ、トールはこれから無理をしてしまう。
私を今度こそ守るって、危険な道を進んでしまう。それだけは避けたい。
──トールは私の大切な、友達なんだから。
「俺は邪魔……足手纏いってことかよ」
「そうじゃないの。傍に居てくれると安心出来るし、信頼もしてる。だけど赤羽先輩ですら災厄に大したダメージを負わせられなかった。トールの小柄じゃ、能力的に危険なんだよ」
「俺が弱いって、ことじゃん」
何で、そういう風に受け止めてしまうの? 確かに突き放してるつもりではいるけど、それはトールに何もないようにだよ?
危険だって言ってるんだから、分かってよ。
トールが立ち上がって、無言でこの空き教室を出て行った。一人残された私は、虚ろな心で箸を進める。
──あれからトールとは目も合わせることなく、翌日になった。学校に、トールの姿はない。
「榊、風邪か? 今日来てないみたいだが」
「ごめんなさい、私も知りません。連絡もないんで」
「ん? 珍しいな、ケンカでもしたのか?」
「……そんなつもりはないです、けど」
トールからしたら、似たようなものなのかも知れない。戦力外通告を受けたんだから、怒るのも無理はない。
でも、さ。トールが戦うって言ったら、洗剤片手に立ち向かう姿が浮かぶんだもん。勝てるわけない。
そもそも災厄は、私達守神以外の人では手に負えないのだから。
「うーん。ま、あまり気にしなくていいと思うぞ、お前らの歳頃じゃ色々あるだろうし。それに榊だし、直ぐに元通りだろ」
先生はそう言って、教卓まで戻って行った。
本当に、直ぐ元に戻れればいいんだけどね。私は、トールが離れて行ったら寂しくて死ねる。
「さてと、全員は揃っちゃいないが、今日は転校生を紹介する! 女の子だぞ。五十鈴学園から引っ越して来て、ある理由があってこのクラスを所望したらしい」
教室がざわついて、少し経ったら私に視線が集中した。このクラスで何か目標があるというのなら、守神である私に会いたいとかそんなもんだろう……と、私自身も含めた全員が悟ったんだと思う。
それを察したらしく、先生は苦笑いしてドアに目を向けた。
「入って来ていいぞ! 自己紹介頼む」
ガラッとドアが開いて、素早く小さな女の子が滑り込んで来た。
──何であのコ、魔女のかっこうしてるんだろう。下に制服見えるけど。
「フハハハハハハハハハハハ‼︎」
魔女の帽子をくいっと上げたかと思えば、女の子は高らかに笑い声も上げた。クラスメイト全員が目を丸くしている。
独特な笑い方するな。
濃い滑らかな茶髪は胸の上まで伸びて、目を奪われる深い緑の瞳は宝石のように煌めく。でも凄く小さい。ののちゃんと同じくらいかな。
……クラスメイト全てが言葉を失うくらいには、美少女だ。
言葉を失ったのにはきっと別の理由があるけれど。
「私は『御乃口ユラ』なのです! この学園には引越しついでで転校しました!」
いちいち大声で喋るのがうるさくて、美少女が台無しだった。しかもなしてオーバーに胸を張る? ぺったんこじゃん。
御乃口さんはクラスメイトの反応が薄いことすら全く気にも留めていないようで、ニヤリと笑みを浮かべながら教室を見渡した。
「このクラスには、守神がいると聞いています。どなたですか?」
やっぱり、それが目当てか。
先生が御乃口さんの服装に一切触れようとしないのが気にかかるところだけど、取り敢えずさっと手を挙げた。
「私が、そうだけど」
「なるほど、可愛らしい方ですね。お名前は?」
「鈴ヶ屋マイカです」
「ほぉ! 貴女が最初に発見された、この世代の守神ですか!」
私のこと、知ってたのか。一応中学生の時点で広まってはいたから、守神のことを認知していれば調べることも出来るし不思議ではないけど。
御乃口さんは今更黒板に名前を書いて、手をパンパンと払うとそのまま私の席まで歩いて来た。近くで見ると改めて凄い美少女だ。
「私は、先代の守神……ENDガールN・Nと知り合いでした」
「……え」
ざわつくのではなく、凍りついたように静まり返る教室。その視線の全てが、間違いなく目の前の少女に向けられている。
ところで魔女姿なのがめちゃめちゃ気になるんだけど。
「あの人は、三年生の秋にようやく災厄を封印したので、焦る必要はありません。落ち着いて使命を全うしてください」
まるで私の心境を見透かしたように、御乃口さんは微笑む。
そして、
「私は貴女の味方ですよ、マイカさん。私は二年前から色々勉強したのできっとお役に立てます。共に災厄に打ち勝ちましょう!」
「よ、よろしくお願いします……?」
「ところで私、この学園に知り合いがいるんですよね、ちょっと会ってきます」
「……はい?」
「これから魔女である私のことをよろしくお願いします! 透明化の魔法! さらば! フハハハハハハ‼︎」
去り際までうるさいなーなんて耳を塞いでいたら、御乃口さんは本当に姿を消した。今度こそ、教室中が騒めく。
でも、直ぐ近くにいた私は見えてしまった。アレは魔法なんかじゃない。
──私のスマホと同じ、特殊な機器を用いてのものだ。
「凄いじゃないですか! それって、守神仲間かも知れないってことですよね⁉︎」
今日はトールがいないから、一年生の教室でののちゃんと食事をする。ののちゃんは学食派だったらしい。
「それがさ、全く気配がないんだよね、守神としての。色々勉強したとも言ってたし、何らかの手段であの機器を手に入れたってことだと思う」
「へー、それはそれで凄いですね。透明化なんて便利じゃないですか」
「だね、使い勝手満載だね」
「例えば想い人の自宅に侵入して、入浴中に至近距離で眺めるとか……」
「やめろよな」
冗談だと言って、ののちゃんは楽しそうに笑う。手紙の件があるから信用出来たものじゃない。
……にしても、先代の知り合いか。ここに知り合いがいるのは何故だか分からんけど、あの様子だと事実に違いない。
私の味方だって言った時、少し寂しそうに微笑んだことは気になるけども。
「魔女っ娘で緑の瞳……笑い方。明らかに電波ですね」
「思ったね。全然魔法じゃなかったしありゃ完璧なる中二病だ」
「楽しくなりそうですね」
「めちゃめちゃうるさかったけどね?」
せめてあのハイテンションと笑い方だけでもどうにかしてほしい。これから一緒にいる時間が増えるとしたら、頭痛の種になりそうだし。
絶世の美少女であり魔女だと言い張る電波であり、恐らく災厄と戦えるちからも持っていて……何だか面倒臭そうだな。さっき見かけたらあの変人部と話してたし、なるだけ関わりたくない。
「でも災厄に対処出来るなら、協力するべきだよね。昨日みたいなケースも有り得るんだし」
「そうですよね。後で紹介してください、当然私も協力するので!」
「紹介せんでも一目で分かると思う」
外見だけで情報が多過ぎるからね。喋ったら特定完了と言えるレベルでキャラが濃いでしょ。
それより、生身で災厄に立ち向かうつもりなのかな? ののちゃんは。生物だけじゃないんだよ? 災厄って。
────あ、いきなり胃がやられた。じわりと来た。トイレ行きたいけど何か出る感じはしないしまずこの感覚って……
「災厄が出た!」
C棟の方から、そんな大きくはないけど小さくもない気配を感じる。禍々しさはキキーモラと並べるくらい。
「びっくりした……! ホント急ですね。行きましょう鈴ヶ屋先輩!」
「うん! でもまずは様子見するよ。相手によっては、一般人じゃ対処出来ないから」
「分かりました!」
「おおおい! 私より先に行って何処か分かるの⁉︎」
「あれ、先輩まだそんなところに」
「悪かったな足遅くて」
そんな運動しないから、平均より低めなんだよ身体能力は。オリンピック選手と肩を並べられるお前と一緒にするな。
にしても、今もじわりじわりと範囲が広くなっていくこの災厄は何だろう。数が多いわけでもない。
確実に、生物じゃないよね……?
「ユラ! 私達も行くからちょっと待ってって!」
「〜先輩達は部室で待機していてください! 今回の災厄相手じゃ皆さんは足手纏いです! 毛ほども役に立ちません! ゴミです!」
「お前口の悪さ変わらねーな⁉︎」
──ん⁉︎ 外で、御乃口さんが杖を持って走ってる? あの杖、嫌に未来的はフォルムしてるな。
「待って、そっちは……」
「先輩? 何見てるんですか?」
御乃口さんが駆けて行ったのは、今もなお拡大し続ける災厄を感じ取れるC棟の方だ。
もし、もしも御乃口さんも何らかの形で災厄を察知出来るのであれば、彼女がやることは──
「急ぐよののちゃん! やっぱ待って!」
「ええええ⁉︎ どっちですか⁉︎」
「多分今回の災厄はののちゃんじゃ手に負えない災害なの。生物じゃない」
生物じゃないとしたら、考えられるのは自然災害だ。
火災、突然の崩壊、落雷など、何が起こるか分からない。そもそも人間じゃ対処出来ない。
「だから、C棟に誰も寄り付かないように広めてくれる? ののちゃんの足なら、直ぐに放送室まで向かえるでしょ?」
「もちろんです! 任せてください!」
「じゃあ任せた。私は、守神の使命を果たしに行って来る!」
「お気をつけて!」
ののちゃんと、反対の方向へ駆け出す。御乃口さんが走って行ったのは屋外だったから、多分外で何かが発生してるんだ。
だから私も外に出る。私が昇降口で躓いた時に、放送でC棟から離れるように指示が流れた。
「風が……生きてる」
外に出て最初に出た感想がそれだった。ふざけたわけじゃなくて、本当にそう感じたから。
風が、C棟の更に先に集中して吹いている。これは多分、吸い込まれてるんだ。
嫌な予感がして急ぐ。C棟の横まで辿り着いて──絶句した。
「ブラックホール……?」
直径五メートル以上の、真っ黒な球体が、C棟とD棟の間で浮遊していた。風はそれに向かっている。
……冗談じゃない。
続きます!




