6. 図書館へ行こう
「お帰りなさいませ、お嬢様。今日も学業お疲れさまでした。一週間経ちましたが、久しぶりの学園はいかがでしたか?」
リラが優しく問いかけてくれる。どんよりした空気をひきずっているのを気遣ってるのだろう。
この一週間、私は探した。探しに探した。勘違いかな?学年が違うのかな?と高等部まで行って探した。
どこにもいなかった。
生前の『私』が一番好きだった人。
それはキャラクター名『クラスメイト』。
表情差分だって3枚くらいしかないモブキャラ……。
でも好きだったんだーーー!!!!!
「なぜそこ……」と友人があきれていたくらい出番が少ないが、その『クラスメイト』は学園のクラスメイトで(※当たり前)、よく悪役令嬢アリスを庇う立場にいた。だから取り巻きなのだと思っていた。でも幼馴染でもないし、初等部にはいない。どうやら高等部からしか出てこない。
(『アリス』の記憶の中に『クラスメイト』がいないのは、まだ会ってないからなんだ)
王立アカデミーは、初等部は10歳以上の爵位ある貴族の子女のみ、高等部は16歳以上の貴族(爵位は問われない)の子女のみが入学可能となっている。義務教育ではないので、貴族であっても財力がなかったりすると、リラのように学園には通わず、幼い頃から上位貴族に仕えて、そこで一通り礼儀作法などを学ぶことも多い。身分が高く、学費を払えるお金がないと勉強の機会すらないのが現状だ。
ついでに説明すると、高等部は入学試験があるが、初等部から在籍していると試験は免除される。また、アカデミー本校は18歳以上で、貴族の推薦状があれば誰でも入学可。とはいえ、本校は学費がかなり高いので、貴族か豪商しか入れないのが現状らしい。……閑話休題。
『クラスメイト』は、メインキャラクターのような華やかさはないが、整った上品な顔立ち、黒髪に緑の瞳、やや無口で控え目(※セリフが少ない)、他のキャラクターと違って言うことが首尾一貫してるし(※ヒロインの好感度に左右されない)、悪役側とはいえ、とても好きだったのだ。
彼は騎士団に所属しているらしく、アレックス、王太子ルートでの出番が多かった。もしかしたら騎士爵などの準貴族なのかもしれない。会いたいな。どうやったら会えるだろう……。
(騎士爵と公爵令嬢。身分が違い過ぎるけど、お父様許してくださるかしら……。どうしましょう……悲恋?悲恋なのか?ここはもう、実は隣国の王子様のお忍びの姿でしたとかの裏設定がないと公爵令嬢であるアリスは結婚どころかお付き合いすら出来ないのでは?それかいっそヒロインいじめまくって断罪されて身分剥奪され平民になっちゃえばお嫁にいけたりするかしら……?いやいやいじめダメぜったい。てかそれだと死ぬ確率高いし。今更だけど公爵令嬢ってすごい不自由な立場だ。さてどうする……)
「お嬢様?アリスお嬢様?!」
目の前にリラの顔が飛び込んできた。返事がないから心配したらしい。
「はっ!ごめん、妄想が行き過ぎて駆け落ちして子どもが二人できてたわ!」
「また夢の話ですか。学園はいかがでした?」
私は妄想は一旦やめて、リラに向かって笑った。
「疲れたけど、皆に会えて毎日楽しかったわ」
普段着に着替えて、ソファに寝転ぶ。
実際、学園生活は楽しかった。良家の子女しかいないから、基本的にはわりとのんびりした雰囲気なのだ。でも、いずれお告げとやらがあるはず。「16年前、銀水晶の聖女が甦った」という王宮占星術師によるお告げ。そこで王命により、16歳になる子女で特に優れたものは身分に関係なく王立アカデミーに入る、のだが……なんでこんなに後出しなんだろう?シナリオの都合?それとも理由がある?
「ねえ、リラ。何か調べるならやっぱり図書館かしら?王宮図書館とか」
私は寝転んだまま、顔だけをリラに向けて聞いた。
「そうですね。ご希望でしたら旦那様にご相談なさって連れて行ってもらったら良いのでは?ですが、王宮図書館はほとんどが帯出禁止ですよ。まずはアカデミーの図書館がよろしいのではないでしょうか。蔵書も豊富ですし」
「そうね、そうしようかしら」
ゴロゴロしているのをマーゴに見つかったら激怒されそうだけど、私は気にせずソファで手足を伸ばした。その様子を見て、リラが笑った。
「最近のお嬢様は、自然体でいらっしゃるので安心します」
「自然体?」
「以前のお嬢様は、常に気を張っておられて……。きっと家の中でもご自分を律していらしたのでしょう?」
「あー……多分ね……」
自分に厳しく、他人にも厳しい。それがゲームでのアリスの印象だった。公爵令嬢、王太子妃候補……。色んな肩書きでガチガチだったのかもしれない。自由を求めてはいけないといつも自分に言い聞かせていた。それはつまり、アリスは自由を求めていたのだ。
幼い頃のアリスの記憶を辿ると、兄や幼馴染たちと転げまわって遊んでいた楽しい記憶しかない。
そしておとずれた、いわゆる10歳の壁。
アカデミーに入り、自分よりも優秀な生徒たちを見て、それまで持っていた何でも出来る!どこへでも行ける!と思っていた万能感が消えた。他人と比較して劣等感を持つようになった頃から、アリスは人並み以上の水準を自分に課すようになる。誰よりも、未来の王妃としてふさわしくならねばならない、と。
だからこそ、アリスはヒロインに嫉妬したのだ。平民出身で、自由で、この上なく優秀だったヒロインに。そして、自分の中に凝り固まって存在していた「王妃の理想像」からかけ離れたヒロインが理解できなかったのだろう。
考え事ばかりしている私に、リラが明るく話しかけて話題を変えてくれた。
「そうそう、来月の舞踏会のドレスが出来上がりました。今日届いたのですが、試着なさいますか?」
「おードレス!試着したいー!!」
貴族っぽいね~~!(※貴族です)と浮かれた私は勢いよく飛び起きたが、すぐにそれを後悔した。
「うへぁ……」
変な声を出した私に、マーゴが不愉快そうな顔を向ける。
ゴッテゴテのロココ調のドレス。胸元も背中も広くあいて、パニエがこれでもかと重ねられスカートは広がり、動きにくそうだ。
下着だけにされた私のウエストは、コルセットでギリギリに絞られる。
「しぬ……ゲボッ……!お願い、ちょっと手加減してください」
「仕方ありませんね……」
マーゴがしぶしぶコルセットを緩めてくれた。いやもう、まじでしぬから。死人でなかったのかな
ドレスを着て、アクセサリーをつけ、手袋をして、扇子を持ち、ハイヒールで優雅に――。
「動けない!」
「弱音を吐かずに動いてください」
そして、試着だけのはずが、マーゴ先生による歩き方・座り方のお作法レッスンになってしまった。足と腰が痛い!
翌週、コルセットについて詳しくなかった私は、痛む腰をさすりながらアカデミーの図書館で調べまくっていた。銀水晶について調べるのは後回しにした。なぜなら『銀水晶の聖女』の伝説に関わる書物が絵本しかなかったからだ。建国のお伽話の中にしか登場しない。どうやら腰を据えて調べる必要がありそうなので、差し当たっての課題「コルセットで死にたくない」について調べていた。
ちなみに、この王立アカデミーは、王宮のすぐそばにあり、研究所、本校・高等部・初等部の学舎、図書館、ホール、庭園、レストラン、寮などの施設がある。
専門員しか入れない研究所の図書館と、だれでも入れる図書館のふたつがあり、それぞれの位置から、前者は東図書館、後者は西図書館と呼ばれていた。
勿論私は西図書館にいる。
私は新聞も含めてたくさんの資料を集めていた。
コルセットを締めすぎて失神するのは日常茶飯事、酷いと肋骨が折れて内臓に刺さったり、肝臓が破裂して死亡した事例もあった。
「おしゃれの範疇を越えている……こわすぎる……」
絶対に締めすぎないように、きつく言っておかなくては。アリスが拳を固めて真剣な表情で決意していると、頭上から軽やかなテノールが降ってきた。
「アリスは何を熱心に読んでるの?もうすぐ閉館時間だよ」
見上げると、ゆるくウェーブした、ダークブロンドを左耳の下で束ねた長身の青年がいた。
「……大公…殿下……」
ガブリエル・ジュリアン・ヴァロア。跡継ぎがなく絶えていたギーズ公爵の位を賜ったので、ギーズ大公殿下とも呼ばれる現国王の長子。
ラファエル王太子殿下の兄君がそこに立っていた。
次は【7. 兄弟喧嘩に巻き込まないでください】です。
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次回は月曜日更新予定です。
来週は、月水金のこちらの更新に加えて、月曜日に短いお話を投稿予定なので、よろしければそちらも読んでみてくださいね。よろしくお願いします~。