49. 公爵令嬢という立場
お菓子の舞踏会はリュカと、魔術師の舞踏会はアレックスと行く約束をしておきながら、ドレスや宝飾品はオスカーからも貰うつもりだったのか。ちょっとそれは酷いなあと思ったが、私が口を出すべきじゃないからやめておいた。
「サシャ……これはさすがに、もう私の手には負えないわ」
「そうね。社交なのだから、色んな人と行くのは別にいいのよ。むしろ姉さん達なんかそれこそ、舞踏会・お茶会ごとに男をとっかえひっかえしてるわ。でもねえ……ソフィアちゃんって、なにか焦ってるみたいに見えるけど?」
サシャが心配そうにそう言うと、彼女の大きな瞳が、さらに大きく見開いた。
それからサシャを睨むように見つめている。いつものように、自分自身の事になるとソフィアは黙っていたが、サシャには敵意のようなものを向けていた。攻略対象なのに、自分の味方に付かなかったから切り捨てたのかな?
雨が弱まってきた。もうすぐお昼休みも終わってしまうし、戻りたい……そう思っていたら、野次馬の中にエリアスの姿を発見した。
さっきまでいなかったのに。食堂か喫茶室にでもいたんだろうか。私と目が合うと何かを言いたそうにしていたので、茶番劇を早く終わらせることにした。
「学舎の中に戻りましょう」
私は、野次馬をしている学生たちにも聞こえるように発声した。
お妃教育で、大勢の前で話すときには、「『A』の音で始まるよう発声しなさい」と教わっていた。
この世界も音階があり、「ABCDEFG」はそのまま日本の「イロハニホヘト」。馴染みの深いドレミで言うと「ラシドレミファソ」。
強めに言ったせいか、まず反応したのはアレックスだった。アレックスは伯爵家の三男で、彼が家を継ぐことはまずない。だからこそ騎士としても実績を挙げて、階級社会で生き残ろうとしている。
彼は「命令され慣れている」。
サシャが私を引っ張り出してきたのも、ノワイユ侯爵家とオルレアン伯爵家のご令息同士の争いに「命令」出来るのが、公爵令嬢である私か、ラファエル様くらいしかいなかったからに違いない。今日、ラファエル王太子殿下は公式行事で学園にはいない。
「もう一度言います。戻りましょう」
今度は低めに発声した。周りの学生がさざめく。皆の目に、私が高慢に写ったとしてもそれでいいと思っていた。だって寒いんだもん。
アレックスが先に学舎に向かって歩き始めると、ソフィアが慌てたように後に続いた。オスカーはその場に留まって、呆然としている。うん、まあそうよね。媚薬を使っている可能性があるけれど、多分それに関係なく、オスカーは純粋にソフィアに恋をしていると思う。
だから、とても傷ついているはず。結局、私には「シュラバ」を治めることは出来なかった。だって、まさかここにいないリュカまで関わってるとは思わなかったから。
サシャがオスカーを呼び、ようやく彼も学舎へと戻る。それを見送ってサシャが言った。
「ごめんね、アリスちゃん。いやな役回りをさせて」
「私の方こそごめんね、力不足で」
「何言ってるの。アリスちゃんじゃなきゃ、ソフィアちゃんから真相は聞き出せなかったと思うわよ。アリスちゃんがいなかったらもっと混乱してたと思うわ。面倒な役を押し付けてごめんなさいね。ありがとう」
授業が始まるから、野次馬をしていた皆もぞろぞろと教室へ戻っていく。私はエリアスを探して隣に並んだ。
「アリスの声は、よく通る綺麗な声だな」
エリアスに突然そう言われてドキっとした。「ありがとう。訓練されたから」とお礼を言って見上げると、視線だけ傾けて私を見ていた。かっこよすぎて心臓がとまりそう。
もう予鈴も鳴ってしまったので、私は放課後を待って「何かあった?」とエリアスに話しかけた。エリアスは透明な液体の入った小瓶を差し出してきた。
「解毒剤。試作品だけど」
「もしかして、媚薬の?」
「ああ。でも効くかどうかは分からない。ただ、人体に悪影響はないと思う」
「もしかして、自分で飲んだりした……?」
エリアスは答えなかったけど、多分そうなんだろう。
解毒剤の研究をすすめていてくれたんだ。体を張って、自分の休み時間を削ってまで。
「どうする?使うも使わないもアリスに任せるが」
「私、これをオスカーに試してみたいんだけどいいかな?」
「どうやって使う?」
「今週末に、私の家でミシェル様を招いたお茶会があるの。それにオスカーを呼ぶわ」
急だけど、オスカーには公爵家から正式に招待状を出して、お茶会に来てもらうことになった。そして、またフランドル伯に手紙を出して、エリアスがお茶会の護衛として来てもらえないかとお願いをした。勿論いい顔はされなかったが、承諾してもらったので、何故か母が浮かれていた。
お読みくださり、ありがとうございました~。
次は【50. 解毒剤】です。
待ってくださっていた方も、そうでない方も、本当にお待たせしました!
なかなか書けない間も、頂いた感想を読み返したりしていました。
少しずつ進めてまいりますので、また見守って頂けるとうれしいです。
よろしくお願いします~。




