5. 王子様とツンデレと姐さん
廊下の先にはラファエル王太子殿下。窓から差し込む日の光を浴びて、金髪がきらめいている。
そして、王子様を取り囲む彼女らは一定の距離を保っていた。
(なんだろうあれ…見たことある…。この既視感…あれだ…千葉にある某テーマパークのグリーティングだ)
キャラクターが立ち止まると取り囲み、歩き出すとついて行く。でも決して近づき過ぎない。あれと同じだ。
うーん、さすが王子様、と感心しているとその王子様の視線が私を捉えた。
「アリス!登校できるようになったんだね!」
「はいっ!」
反射的に返事をした。呼ばれると思ってなかったので直立不動になり、持っていた教材を全部落とした。完全に傍観者だったので、必要以上に驚いてしまった。
「どうしたの、変なアリス。まだ具合悪いの?」
ふふっと笑いながら殿下が近づいてくる。
うっわー近い!近いよ!と思っていたら、殿下が私の足元に跪いた。
「な、なにをなさってるの、王太子殿下」
「ん?」
王子様が目を丸くして見上げてくる。
(美少年ーー!美少年すぎるよー!眩しい!目が!目がァ!)
ってふざけてる場合じゃない。殿下は散らばった教材を拾ってくれていた。
「殿下、申し訳ありません」
慌てて自分もしゃがむ。ふわりと制服のスカートを広げ膝をつく。
必然的に殿下との距離が縮まる。膝と膝がつきそうな位近づいたとき、囁くように殿下が言った。
「私的な場ではラファエルでいいとあれほど言ったのに。親戚で幼馴染だろ。オスカーとは喧嘩するほど仲良いのに、どうして僕には他人行儀なの?」
「あ、ごめんなさい。殿下」
「ラファエル」
「はい。ラファエル……様」
「頑固なアリスにしては合格点かな」
いたずらっぽく笑う王子様。
思わずほうとため息をついてしまった。気さくで優しい王子様。こんなん惚れてまうやろ。
そして、嫉妬の視線が突き刺さるのを背中にビシバシ感じていた。
「なんてあざといの。いくら公爵令嬢とはいえ、殿下に拾わせるなんて」
「お優しい殿下に甘えておられる」
「恥ずかしくないのかしら」
そう言ってるのは取り囲んでいた女子生徒の一部なんだろう。聞こえてるよ。別に気にしないけど。
「ラファエル様、ありがとうございました」
淑女らしく微笑んで礼をする。角度も微笑みも完璧だと思う。マーゴに叩きこまれて体が覚えている。
私が名前を呼んだことが嬉しいのか、満面の笑みで王子様が胸に手をあてて返礼してくれた。
(国宝じゃ、この笑顔は国宝じゃのう……)
「行こうか」と促されてラファエル様と一緒に音楽室に入った。入口にはアレックスが待っていて、ラファエル様を前方の席へ案内していく。
ラファエル様が「アリスの席を」とアレックスに言うのが聞こえたので、慌てて手を振った。
「私は後ろに座りますから、大丈夫です!」
(あっぶなー!美少年パワーについていきそうになったよ。関わらないのが一番)
ラファエル様が少し寂しそうにしていて胸が痛んだが、王太子婚約者ルートで死にたくないので仕方がない。
見渡すともう最後列しか席が無かった。
「アリス、遅いよ。ギリギリだ」
そう言って、私の方を向いて、自分の左隣の空席をトントンと指で叩いたのは、これまた幼馴染のリュカだった。
リュカ・アクセル・エヴルー。
エヴルー子爵のご令息。学業優秀なので、いずれ本家のエヴルー侯爵家に養子にいくのではと噂されている。
まっすぐな赤毛はきっちりと束ねられて腰まで届く程長い。前髪も長いし、眼鏡を掛けているので見えにくいが、その瞳は美しいアイスブルーだ。真面目が服着て歩いてる、泣く子も黙る生徒会長リュカ様。
(長髪は美形にのみ許されるよね~~~!お邪魔しまーす!)
そう思いながら、リュカの隣に座った。
「ギリギリでも間に合ったからいいだろう?」
リュカの前に座っていたオスカーが振り向いて横やりを入れてくるが、リュカは無視していた。
「五分前には着席していろ。公爵家のお前が規範とならずしてどうする」
「おーい、リュカ。病み上がりにギャンギャン言うなよー」
「だったら一緒に連れてこい、オスカー」
「うっ、それは……」
真っ赤になって口ごもるオスカーの頬が突然びよんと伸びた。
「んもう、朝のやり取り聞いたわよ~!オスカー照れてるの。恥ずかしいのよ、貴女といるのが。アリスちゃん罪作りね~~」
オスカーのほっぺたをつまみあげ、会話に割り込んできたのはサシャだった。
サシャ・アシル・コルベール。
コルベール伯爵のご令息。コルベール伯爵領には大きな貿易港があり、サシャの家は王国一の資産家だと言われている。王族よりも財力があるとも。もっともコルベール伯爵は国政には関わるつもりがないようで、もっぱら貿易業に専念しているらしい。
「やえろ、はなひぇサシャ!」
サシャはオスカーの頬をひっぱって遊んでいる。
「リュカはね、アリスちゃんをずーっと待ってたのよ。別クラスでしょう?合同のこの時間を楽しみにしてたのよう~~~」
サシャは青い髪を肩から胸に流している。一本一本毛先まで手入れされているのがわかる。長い睫毛と流し目が妖艶で、薄化粧とネイルも控え目だが丁寧だ。男子生徒は制服にタイなのだが、女子生徒用のリボンをつけているのが良く似合っている。……何度も言うがご令息だ。
(オスカーとじゃれているサシャは、近所の坊やを可愛がる綺麗なおねえさんにしか見えない……)
「体調はどうだ」
オスカーもサシャをも無視して、教壇の方を向いたまま急にリュカが問いかけてきた。心配してくれていたみたいだ。
「もう平気!」
アリスはリュカの方を見て微笑んだ。少し顔を傾けて、前髪に隠れるようにして、リュカが目を細めた。
「なら良かった」
それは、近くにいないと聞こえない、呟くような低い優しい声だった。
(デレたーーーー!!!不器用!だがそこがいいっ!!!)
朝から思っていたが、アリスは何だかんだ皆と仲が良い。
しかし、浮かれてはいけない。この友人らは高等部入学後は敵になるのだから。
先ほどサシャが言った通り、音楽の授業は一学年合同。ここに私の同級生が全員いるはず。私はクラスメイトの顔を見回した。『私』と『アリス』の記憶で、その名前や身分、どれくらい仲良かったかを思い出していった。
『私』の記憶にあって、『アリス』の記憶にはないその人を探すために。
やっと、みんな出てきました~。 次は【6. 図書館へ行こう】です。金曜日更新予定です。よろしくお願いします~。