42. 突然昼メロになるのヤメロ!
恥ずかしながら、前世の私は年齢イコール彼氏いない歴だった。お妃候補であるアリスも、無論、特定の誰かとお付き合いなどしたことがない。家族や友人と友愛のキスをすることはある。けれど恋情からの「キス」などという行為は初めて。しかも相手は王子様。だから自分が置かれているこの状況を、どう打破すればいいか全くわからない。
―――要するに私は混乱していた。
私の唇に触れる、ふわっと柔らかい感触。さっきまで私が映り込んでいた蒼い瞳は、今は閉じられている。睫毛が長い。金色でとても綺麗。私の腰にある腕は力強い。もう子供じゃないんだな、とぼんやり思っていた。私もそう。目覚めたときは14歳だったけど、もう16歳になった。胸だって膨らんで、以前より体は丸みを帯びている。
ラファエル様の手が私の背を撫で、甘噛みするように少しだけ口を開いた。
思考が鈍っていたけど、急に「怖い」という感情がせりあがってきた。
逃げようとしたけど、首を支えられていて簡単には逃げられない。私は力いっぱい両腕を突っ張った。
視界が開ける。周りには誰もいなかったけど、ここが学園なんだと思い出して、急に恥ずかしくなる。口を拭って睨みつけていたけど、多分、顔が赤い。
「はあっ……何を……無体な……っ」
ラファエル様を押し返して、後ろに下がり、足を踏ん張ってとりあえず一発殴っといた。本当はグーで殴りたかったけど、パーにしといた。一応、相手は王子様なので。不敬罪だなと思ったが仕方ない。殴られて当然の事をしたんだからな!!!
(わ、私のファーストキス!私の足掛け38年のファーストキスがっ!!!)
22+16年分の重みがあるなんて、ラファエル様にはわかんないし、関係ないだろうけどね!
思い切り平手打ちを食らったのに、ラファエル様は怒ったりしなかった。それよりも薄っすら笑っているようにさえ見える。
(ど……ドMなのだろうか……?)と心配していると、ラファエル様は頬に綺麗な手を当てて、にっこりと笑った。
「僕は君が好きだ、アリス」
「……お、お忘れですか?以前『私の気持ちもお考えください』と申し上げましたよね?!」
「そうだよ……だから、こんなに我慢してるじゃないか。君の返事なんか待たずに、このまま後宮に連れて行って閉じ込めたいのを我慢してる」
(これで……これで我慢してるっての?!?!乙女のファーストキスをいきなり奪っといて?!?!)
私はめちゃくちゃ動揺してたけど、私を見つめているラファエル様の瞳は曇りなく美しい。真っすぐに好意を向けられて戸惑った。それを見透かしたかのように、ラファエル様は「彼」の名を口にした。
「君が他の人を見ているのはわかっている。でも君はその彼から、彼のご両親の事を聞いたかい?彼……エリアス・アヴェーヌのご両親と祖父の事について」
(両親と……祖父?何の事……?カーラが言う通り、何かあるの?)
急激に頭が冷えていく。
ラファエル様は何かを知っている。
ラファエル様は切り札を切ろうとしている。怖い。
「……知りません。ラファエル様は……ご存知なのですね?」
「これでも、僕はこの国の王太子なんだよ。自分の恋敵だからね、勿論調べたよ。多少、手こずって驚いたが」
そこまで話したラファエル様の表情が翳った。私を通り越して、私の後ろを見ている。
「……王太子殿下。お調べになった、ということはフランドル伯爵様ともお話になられたはずですね?」
振り返ると、信じられない位に冷たい顔をしたエリアスが立っていた。さっき庭園で話していた時に見せた彼の笑顔が、嘘だったのかと思えるほど。
「フランドル伯のもとへ直接出向いて約束した。決して口外することはないよ。ただ、僕は知っている。だから、君にアリスは守れない」
一瞬、エリアスが泣くんじゃないかと思った。そう思ったけど、目の前の彼はただ困ったような顔をしているだけだった。何がなんだかわからない。わからないけど、ラファエル様がエリアスを追い詰めようとしてるのはわかる。
(……何なのよ、訳知り顔で会話して、私は置いてけぼり……!突然昼メロするのヤメロ!!!)
私の中に沸々とわいてきた感情は怒りだった。
「……ラファエル様、結局、私の気持ちはお空の彼方ですか?どうでもいいのですか?」
「どうでもいいわけじゃない。ただ、現実に君を守れるのは僕……」
「守ってもらわなくて結構です!私は自分の足で立てますし、自分の手で物事を解決します!!女は男に守られなきゃ生きていけないなんて思い込まないで!!!」
そう叫んでから(ちょっと言い過ぎたーーー?!)と思ったが、遅かった。ラファエル様もエリアスも驚いた顔をして私を見ている。しまった。
この国は慣例的に、女は男に従う。女は国の要職につくことが出来ないし、前例もない。爵位もまた同じで、帝国のように女性が継ぐことは出来ない。軍属になることもないから、戦争で前線に行くこともない。女は道具で、親の言いなりになって嫁にいくのが当たり前。だから、男は女を「守る」。
「……あ、えっと……お気持ちはうれしいのですが……」
無下にし過ぎたかなと思って、そう呟くと、ラファエル様が楽しそうに笑った。
「そういう所が好きだよ、アリス」
その言葉に、私は弾かれたように顔をあげた。はっきりと気持ちを口にしたラファエル様を好ましいとさえ思った。
応えられたらどんなにいいか。
私の気持ちが揺らいだのを、ラファエル様は見逃さなかった。
「エリアス……君はアリスをどう思ってるの?」
ラファエル様は、凄絶な程に綺麗な微笑を浮かべて質問した。
こんな状況で、聞くなんて卑怯だ……と思ったが、それ以上に怖かった。エリアスが何と答えるのか怖かった。
(エリアス、お願い何か言って。もし、ほんの少しでいいから私の事を想ってくれてるなら、何か言って!このままだと私は結婚させられてしまう!死んでしまう!)
でも、彼が口にしたのは、私にとってはまさに死亡宣告みたいなものだった。
「ルテール公爵令嬢に最も相応しいのは、間違いなく王太子殿下です」
(………………嗚呼……決定的に失恋しちゃったー!アハハ~!)
私は泣くのを堪えていたから何も言えなかった。エリアスは無表情。ラファエル様はその答えに、何故か不機嫌そうな表情で黙っている。
三人の沈黙を破ったのは、苛立っているサシャの声だった。
「もー!イライラしちゃう!エリアス、イイコでいるのをやめなさいってば!相応しいかどうかじゃなくて、ちゃんと自分の気持ちで答えなさいよ!?」
腰に手を当てて、廊下に仁王立ちしてるサシャが真面目な顔してる。胸元はやっぱりタイじゃなくてリボンだから、真剣な顔してるとちょっと可笑しい。
でも、エリアスは無言のままだった。
「答えないの?じゃあ、アリスちゃんに対しては恋愛感情はないのね?トモダチって事でいいのね?でないと私も拐っちゃうから。どうせアタシは父と同様、国政に参加するつもりもないし。うちの領地にアリスちゃんを連れて帰って、デロッデロに可愛がって甘やかして虜にしちゃうわよ?いいの?」
どこまで本気かわからない事を言い出したサシャの肩に、リュカが手を置いて言った。
「そんなことが許されるわけないだろう、サシャ」
振り返ったサシャが叫ぶ。
「もーーーーー!ほんっっっとに、あんたって肝心な所で遮るわよね、リュカ!入学式の日にもあんたに邪魔されたの根に持ってるからね!いまアタシはアリスちゃんに大事な告白してるの!!ラファエルがすぐ抜け駆けするから、私だって黙ってないわよ!!!」
「誘拐は犯罪だ」
リュカが淡々と言うと、サシャが反論した。
「あらーん?拐かされた花嫁が、閉じ込められて愛されて、旦那様の虜になって、結局は幸せになるって結末もアリじゃない?」
「ダメだ」
「でも子供産んじゃえば情も湧くわよ?」
「アリスが産むのは私の子供だ」
「え???リュカ、あんた今自分が何言ったかわかってる?本気?!」
この二人、むちゃくちゃに酷いことを言ってる自覚あるのかな?
私はいい加減、怒りでプルプル震えていた。
「…………勝手な…………」
呟いたけど、サシャとリュカはまぜっかえすだけで、事態は混乱していくばかり。
「勝手な事ばっかり言わないでーーー!!!」
私は怒鳴った。
それはもう生まれてから一番じゃないかな、と思うくらいの大声が出た。
「みんな大嫌い!エリアスも!ラファエル様も!サシャも!リュカも!大嫌いーー!うわーーーん!!!!!」
あまりに色んな事が起きすぎて、精神年齢が5歳くらいになった私は泣きながら走って逃げた。
遠巻きに見ていたコラリィがポカーンとした顔をしていた……。
お読みくださり、ありがとうございました~。
次は【43. 友達0人からのごめんなさい】です。
チョキで目つぶしされなくてヨカッタネ!
水曜日更新予定です。よろしくお願いします~。




