41. 王子様が黙ってない
フランドル伯に手紙を書こう、私はそう思っていた。エリアスと私は、学園の外で個人的に会うことは許されていない。でも一度でいいから、王宮図書館に一緒に来てほしい。
この半年で思ったが、カーラの報告通り、本当にエリアスは基礎教養が身に付いている。高等部からの編入組で、授業についていけず補習を受ける者もいるが、エリアスは違った。ちなみに、平民のクラスは本来の授業内容を変えて進行しているそう。
本人も好きだと言っていたが、エリアスは歴史に詳しい。だから、一緒に色々調べて欲しかった。相談したかった。今まで一人で作業して、限界を感じていたから、他の誰かの助言が欲しかった。
「それでアリスの力になれるのなら、俺からも父とフランドル伯に頼んでみる。……そういえば、何度か手紙に書いていたな。王宮図書館で何かを調べていると」
「……読んで、覚えててくれたの?」
「あれだけ、しつこく届けばね」
そう言ってエリアスが少し笑った。嫌がられてはいないみたい。良かった。読まずに暖炉に放り込まれてるんじゃないかと思ってたから。
「君が度々手紙をくれたから、入学式の日に久しぶりに会っても、何故か距離を感じなかった。はじめは困っていたけれど、いつの間にか、四季の折々に君から届く手紙を心待ちにしていた……」
エリアスのその言葉を聞いて、私は(しぬ?いましんどく?いましんどけば、かなり幸せ死に方じゃない?)と思っていた。
待っていてくれてたなんて。
「返事は出来ないけれど、全部読んでいるし、とってある。そろそろ保管場所に困ってきた」
エリアスが笑う。カブリエルとは友人になって、彼が典礼などを司る紋章院で、紋章官になってからも、度々下町であっているそう。ガブリエルは「ひどい皮肉だろ?庶子の僕が、貴族の系譜や紋章を管理する紋章院で働くなんて」と笑っていたらしい。私が去年、夏風邪で欠席した『お菓子の舞踏会』は、毎年開催場所が変わり、今年はコルベール伯爵家で開催されるから、サシャの三人のお姉様方が、いよいよ結婚相手を決めるのでは?と楽しみにしている事など、たくさん話をしていたら、あっという間に午後の授業が終わる時間になった。
教室に戻るとカミーユが飛びついてきた。
「アリス様、どこに行ってらしたの?心配しましたわ」
「気分が悪くなって、庭園で休んでいたの」
「庭園……」
教室内がざわついている。もう放課後になるが、大部分の生徒が居残っている。
「あの、カミーユ、何かあったの?」
「それが……」
カミーユが説明しかけた所に、教室に乗り込んできたコラリィが口をはさんできた。
「あんたがソフィアに酷いことを言ったそうね?」
突拍子もないことを言われ、その「あんた」が「私」を指すのだと理解するのに時間がかかった。
「さっきソフィアは倒れたのよ?いまは医務室にいるわ!」
「倒れた?大丈夫なの?何故?」
「白々しい!アレックス様が側にいらしたから良かったものを!あんたがなじったんでしょ?見ていた人から聞いたのよ?」
見ていた人?野次馬の生徒たち?
訳が分からないし、どうやらまた言いがかりをつけられてるようなので、若干私も腹が立ってきた。
「なじったりなんてしてないわ」と語気を強めて言う私に、コラリィは怒りをつのらせたようだ。つかつかと歩み寄ると、私の眼前に迫ってきた。
「あくまでしらを切るの?あんた庭園でソフィアと話してたでしょ?他にもたくさんの人が見てるのよ?自分だってさっきまで庭園にいたって、そう言ったよね?」
「ジュリアン……私の弟の話をしていたら、彼女が急に泣き出して……」
「泣くような事を言ったからでしょう?」
私の話を聞きもせず、コラリィは私の制服の肩口につかみかかってきた。
この子、こんなに喧嘩っ早かったっけ?こっわ。ふつーに痛い。
「おやめなさい!いくら学園内では身分の垣根がないとはいえ、公爵令嬢に対してその振舞いは無礼ですよ」
私が口を開くより先に、横にいたジュリエットがコラリィを咎めた。
「ハッ!お貴族様はこれだから。身分を出せば皆黙ると思ってるの?黙らないわよ、私はソフィアの友達だから―――」
「やめないか、二人とも」
ジュリエットとコラリィの間に穏やかに割り込んだのはラファエル様だった。ラファエル様は私を守るように腕を伸ばして、コラリィの手に優しく触れている。
色素の薄い私の髪と違って、輝くようなきらきらした金髪。蒼い瞳は落ち着いているけれど、強い意思を感じた。何より仕草に気品があるから、見慣れている私やジュリエットはともかく、コラリィはその美貌に圧倒されていたようだった。
「……王太子殿下……」
さすがにまずいと思ったのか、コラリィはすぐに手を引っ込めた。ちょっと顔が赤かった気がする。入学式の日にコラリィは「王子様かっこいい!」って言ってたし、びっくりしたんだろう。
ジュリエットは「殿下、お見苦しい所を。申し訳ございません」と詫びてすぐに下がる。
「アリス、こちらへおいで」
優しく微笑みながら、ラファエル様が私を抱き寄せる。
(やめてーーー!二人をとめてくれたのはありがたいけど、また教室で『俺の女』状態で話すのやめてーーー!!!)
「話は聞いたよ。庭園でソフィア嬢に向かって『手作りの菓子などみすぼらしいものを持ってくるな』となじったと。君はそんな事を言う人じゃない。……アリスがそう言ったのを伝聞ではなく、直接聞いた者はいるか?」
ラファエル様がそう問いかけると、さわさわしていた教室が鎮まった。
しばらくして、ラファエル様は大きくため息をつくと、こう宣言した。
「以後、理由もなくアリスを中傷する者は、僕が許さない」
ラファエル様が私を連れて教室の外へ出ようとするから、とっさに私はエリアスに視線を向けてしまった。ラファエル様はそれに気づいたようで、私の肩に置いた手に力をこめる。怖い。
ラファエル様は、私を連れて廊下をどんどん歩いていく。音楽室などのある別棟への渡り廊下まで来ると、周りに人がいなくなったからか、ラファエル様が立ち止まった。
「……しばらく様子を見させてもらっていたよ。彼ではアリスを守れない」
ラファエル様の言う「彼」が「誰」を指すかなんて聞かなくていいことだろう。
私は初めて、ラファエル様を怖いと思った。優しくて穏やかで、婚約についても保留を認めてくれていたから、それに甘えてしまっていた。
この人は次期国王。この国の最高権力者。そうなるべく教育されてきた人。
振り返ったラファエル様は、眩しい程の美貌で私に向かって告げる。
「アリス、僕と結婚しよう。全ての害悪から必ず君を守り、幸せにすると約束する。だからアリス、僕と結婚して欲しい、すぐにでも」
全ての害悪……。
一年後に私が目覚めさせるという悪魔を封じる手立てを、この人なら知っているかもしれない。聖女の力を借りなくても、解決出来る方法を何か知っているかもしれない。けれど、だから結婚するなんて出来ない。私は自分の心を裏切れない。
「ラファエル様、ありがとうございます。でも……私は……」
怖くて震える。でも今、言葉にしないときっと後悔する。
「好きな人がいるんです。このまま……結婚など……無理です」
ラファエル様は想定内だったのか、少し眉を下げていたけれど「わかっている」と言った。
「君が彼を見ていたように、僕も君を見ていたよ」
ラファエル様の蒼い瞳に私が映っている。その綺麗な瞳が近づいてきて、キスされたんだと気づいた時には、私の背中にラファエル様の腕が回されていて、もう逃げられなくなっていた。
お読みくださり、ありがとうございました~。
次は【42. 突然昼メロになるのヤメロ!】です。
昼のメロドラマ展開のようになりそうでならないはず、多分。
月曜日更新予定です。よろしくお願いします~。




