37. 女子トーク再び
「お帰りなさいませ。お嬢様……?」
帰宅した私を、リラが不思議そうに見ている。朝はどんよりと登校したのに、ニコニコしながら帰ってきたせいだろう。カーラがリラに耳打ちしていた。
「まあ、エリアス様と同じクラスだったんですか?良かったですね、お嬢様」
「しかも、アリスって呼んでくれるようになったの~~~!」
舞い上がって部屋で踊り狂っていたらベッドの角に足をぶつけて転んだ。痛い。だがそんな些末な事はどうでもいい。
「そして!」
私はもったいぶってベッドに飛び乗って言った。
「一緒に踊ってくれたの~~~!」
一緒に踊るということは、つまり手が触れるということ。
手を繋いで、私の腰にエリアスの手が……。
……お、思い出したら鼻血が出そうだ……。
というか近すぎた距離を思い出すと卒倒しそうになったから、私は背中からベッドにバタンと倒れた。そして、少女趣味なレースの天蓋を見つめながら、私はうっとり呟いた。
「めちゃくちゃ上手だった……惚れ直した……」
リラがとても驚いていた。
それはそうだろう。学園では初等部からダンスの授業があるが、エリアスは初等部には通ってなかったのだから。
ちなみにリラをはじめとした、分家から来て公爵家で働いている若い娘さん達は、侍女としての仕事の合間に、お母様と侍女頭マーゴがダンスレッスンしている。マーゴは未亡人になってしまったとはいえ、元男爵夫人だしダンスがとても上手。いつ誰と結婚するかはわからないけど、もし嫁ぎ先が貴族なら、簡単なステップくらいは踊れるようになっておいた方がいいからと、リラも頑張って練習している。
―――医務室から庭園に戻ると、立食形式での昼食会も始まっていた。私に気づいたサシャがいつものように笑いながら「さっきのは冗談じゃないからね。少しは意識してよ?」と言い、私の隣にいたエリアスに向かって続けて言った。
「物分かりが良すぎるイイコを演じてるの疲れない?」
「……自分の役割を理解している、という事です」
「それが『物分かりが良すぎる』って言ってるんだけど。まあいいわ。あんまり油断しないことね~」
いつものように手をひらひらさせながら、人の輪に戻っていく。サシャは男女の分け隔てだけでなく、身分も分け隔てなく接するタイプだから、もう新しい友達がたくさん出来てるみたいだった。
オスカーはアレックスと一緒に、ソフィア、コラリィと談笑していた。あいつらは早々に攻略されるに違いない……。
リュカの姿が見えなかったが、あとで聞いたら簡単に昼食をとったあと、もう帰宅していたそう。エヴルー侯爵家は領土も広いし分家も多いし、何より継いだばかりで仕事が山積みらしい。元々授業なんか聞く必要ないくらい学業優秀だし、学園に来る必要もない気がするが、本人が高等部まで行くと言っている。
ラファエル様が私に気づいた様子だったから、(これが最初で最後かもしれない)と思い、エリアスにお願いした。
「一曲だけでいいから踊って欲しい」と。
でも、その直後、流れてきた音楽を聴いて私は(しまったーー!)と思っていた。それは学生のパーティで流れるような音楽ではなかった。上級者向けの難しいステップが必要なワルツだった。
(いやいやいや、これは『王宮の舞踏会』とか『花の舞踏会』とかのレベルでしょ。なんで簡単なポルカとかじゃないのよー!)
現に数組はダンスの輪から離れていくのが見える。私は散々練習させられたので、多分なんとか出来ると思う。でも、そもそもダンス経験が少ないだろうエリアスをどうしよう。私はリュカみたいに、パートナーをリード出来る程の技量もない。そう思って「ちょっと難しい曲だし、やっぱりまた今度でいいよ……」と言うと、エリアスが笑って返事をしてくれた。
「たまたま知ってる曲だ。この一曲だけでいいなら」
この国で舞踏が一番上手なのは間違いなくラファエル様だと思うけど、それに匹敵するくらいエリアスが壮麗に踊るから、私だけでなく目撃した人全員がびっくりしたと思う。
曲が終わって一礼してすぐに「こんな難しいステップどこで覚えたの?」と私が質問すると、エリアスが少し笑いながら答えてくれた。
「本当に偶然なんだ、アリス。両親から初めて教わった曲だった」
「ご両親はとてもダンスが上手なのね」
「……上手だった。もう踊ることはないけど」
カーラが調査しても、フランドル伯爵領にいた頃のことはわからなかったらしいけど、どうしてご両親は子供たちを連れて王都に来たんだろう―――。
そこまで話すとリラが言った。
「フランドル伯もエリアス様も、何か隠してる気がしますね。ルイに調査してもらっては?」
「他領地の事を調べるとなると、時間もお金もかかっちゃうよ。それに、もし隠したいことがあるなら、それを暴くようなことはしたくないかな……」
私がそう答えると、小さな声でカーラが言った。
「隠したい、という事は、良い事ではないのかもしませんね」
カーラの生まれが隣国ジルヴァラだということは、略取事件の時に初めて知った。多分お母様以外知らないだろう。もしかしたら、カーラの恋人のアランだって知らないかもしれない。何かを隠したいという気持ちがカーラにはわかるのかもしれない。
「身分が違うという点でも障害なのに、もしご両親や親戚に犯罪者がいた等がわかったら、旦那様は絶対に許しませんよ。そういう部分には厳しいお方ですから」
カーラがしれっと怖い事を言うので、私は泣きそうになりながら言った。
「エリアスが話してくれるまで、余計な詮索はしないわ……」
着替えてお茶を飲みながら、二人にサシャの事を相談した。
「あら……まあ……まあ……うちのお嬢様は皆様に好かれてますねえ」
リラがなんだか嬉しそうに笑っている。ゴシップ記事に食いつく噂好きなオバチャンみたいな表情をしている……。
「いや、でも本命に好かれてないから意味ないじゃん……?」
「まあ、それはそうですね」
納得したような小さい声でカーラがそう言うから、私はまた泣きそうになっていた。
リラもカーラもサシャの事はあまり知らないようだったから、簡単に説明した。
サシャの父コルベール伯爵は、港町を有する伯爵領で貿易業に専念して、国政には関わらないスタンスをとっており、父親同士の縁は薄い。でもサシャの母コルベール伯爵夫人も、サシャの三人のお姉様方(※全員未婚)も派手好きなので、社交界ではかなり目立つ存在。
うちで開催される夜会に、度々コルベール伯爵夫人も来ている。
王国一の資産家で、その財力は上位貴族は勿論、王家をしのぐとも噂されているけれど、当主であるコルベール伯爵は女性陣&サシャに押されてかなり影が薄い。……あ、顔も思い出せない……。
サシャ自身は、ご両親のどちらにも似ている。
お母様のように派手好きで華やかだけど、お父様のような見識の広さと洞察力があると思う。
「去年、サシャが自分の領地について話してるのを聞いたけど、とても詳しかった。髪飾りが好きだからいつも頭は花だらけだけど、頭の中身はお花畑じゃない。物凄くしっかりしてる」
コルベール伯爵領には貿易港があるから、海賊行為を行う船を取り締まるために海軍まで有している。操船に長けた者、海での戦い方に詳しい者、航路を読む者、近隣の港町の権力者等々、協力者には礼金を惜しまないから、有能な人材が揃ってるそう。現場は軍事の専門家に任せるのだろうが、いざとなったら領軍の指揮をとるわけで、それは並みの能力じゃ出来ない事だろうと思う。
「舞踏会やお茶会でのお姿しかお見掛けした事がないのですが、奥深い方ですね。自分にないものを持っているアリスお嬢様に惹かれるのかもしれませんね」
「カーラ、それ、間接的にけなしてない?」
どうせポンコツですけど。
「……いえ、天真爛漫なお嬢様は、先を読み過ぎるサシャ様にとっては安心出来る方かもしれませんよ」
フォローしてくれたが、やっぱりけなされている気がした。
「正直に話せば、お味方になってくれそうな方ですけど……お相手が好意を示された今となっては、二人きりでお会いになるのも、ちょっとおすすめ出来ませんねえ……」
リラがそう言って、空になったティーカップにお茶を注いでくれる。
「そーなんだよねー……だからって他人がいたら出来る話じゃないし……」
私はソファに寝転び、それからも三人でリュカの事等をあれこれと話したが、そんな心配は無用だった。
何故なら、ヒロインちゃん無双が始まるから、それどころではなくなったからだ……。
お読みくださり、ありがとうございました~。
次は【38. ヒロインちゃんの本領発揮】です。水曜日更新予定です。よろしくお願いします~。




