4. 教室でラブコメとか恥ずかしすぎるだろ
事故から二週間、お医者様からもう復学されてもいいですよと言われた。
「復学?」
「ええ。お怪我なさったのでお休みしていたのですよ」
侍女のリラが、当然だという表情で答える。
「どこを?」
「どこって……王立アカデミーの初等部に決まってるじゃありませんか……」
だめだわ、まだ記憶が……とリラが遠い目をした。
王立アカデミー!
『銀水晶の聖女』の舞台だ。16歳の高等部入学から物語が始まる。「私は初等部なのね」とフムフムうなずく私を見て、リラが頭を抱えていた。
翌朝、久しぶりに袖を通したアカデミーの制服はグレーが基調で胸元のリボンが可愛い印象だった。身支度が済むころ、ノックの音がする。部屋を訪ねてきたのは、弟のジュリアンだった。
ジュリアン・マエル・ルテール。11歳で初等部二年生。
ふわふわの金髪に青い瞳。兄と違って少し気の強そうな目元は母親そっくりだ。
「おはよう、お姉様。今日から一緒に行ける?」
いつも一緒に通学していたから、アリスが休んでいたこの二週間、寂しかったのだという。
「お姉様が元気になってよかった!」と言ってジュリアンが笑った。
とっても可愛い。姉のひいき目じゃない。本当に可愛い。この子は中身も可愛いのだ。
あの事故の直後、意識を失った私の横で、ジュリアンは両親に「僕はお姉様を守れなかった!ごめんなさい!ごめんなさい!」と謝っていたという。目を覚ましたあと、その顛末を聞いて、私は健気で優しい子じゃのう……とババアのように目を細めていたものだ。
「お姉様、足元に気を付けてね」
「ありがとう、ジュリアン」
馬車に乗るため、踏み台に足を掛けたとき、弟がそう言いながら優しく私の背を支えてくれた。紳士だ。こいつ絶対将来モテる。いやすでにモテてるかもしれん。
ジュリアンが乗り込み、ジュリアンの侍女エミリーが乗り、一番最後に、私の侍女カーラも同乗する。定員四人の馬車なのでリラはお留守番となった。
カーラは先日の事故をきっかけに私のお付き侍女になった。療養中はリラだけでは手が足りなかったからだ。それにリラはルテール公爵家の分家筋のお嬢様でもある。良縁があればいずれどこぞの貴族のもとへお嫁にいってしまうだろう。その時の代わりになる人材を探して公爵夫人が引っ張りあげたらしい、と馬番のモハメド爺さん(※事情通)に聞いた。カーラは下働きの下女の中でも特に真面目で優秀だったらしい。カーラに字を教え、礼儀作法を教え、いつリラに縁談がきてもいいように、と準備していたそうだ。いまのところリラ自身が「お嬢様より先にはいきません」と言ってるので、だいぶ先になりそうなのだが……。
「カーラと話すのは初めてだよね、よろしくね」
ジュリアンが優しく笑っていた。
弟ジュリアンは兄マクシムと違ってゲームには登場しない。『私』はアリスに弟がいるなんて知らなかった。ついでに言うと両親も出てこない。だいたいアリスは脇役だし、恋愛ゲームに親が出てくるとか、想像すると何だかこそばゆい。
ゲームの世界とはいえ、子どもは木の股から生まれるわけじゃない。親がいれば兄弟だっている。
そう、だから、私はひとつ期待していることがあるのだ。
この世界に生きる人に会えるのだということ。
私が会いたいあの人がいるということ。
「アリスがいなかったから、学園が静かだったぜ」
そう言って隣席で面白そうに笑っているのはオスカー。
オスカー・テオ・ノワイユ。
ノワイユ侯爵のご令息。ノワイユ侯爵は軍務卿で、内務卿のお父様とはアカデミーの同級生らしい。お母様を取り合ったライバルとか何とか。知らんけど。
オスカーと私はいわゆる腐れ縁の幼馴染だ。
幼馴染!憧れの幼馴染だ!といっても貴族社会は狭いので、身分と年頃の近い子供はだいたい幼馴染である。王太子殿下だって、王宮やうちの庭で一緒に縄跳びしたりかくれんぼした仲だし。
親同士が仲が良いせいもあって、アリスは特にオスカーと親しかった。
赤銅色の短髪が爽やかで、日に焼けた肌は健康的。薄い茶色の瞳はキラキラと好奇心に満ちている。
(あ~~~いいね~~~こういう元気キャラもいいよね~~)
当然ゲームでの攻略対象の一人だ。ただし、悪役令嬢のアリスにとっては、ヒロインが登場したあたりから疎遠となってしまうのだが……。
(友達をとられちゃうみたいで寂しいけど……まあ、短い間でも仲良くしてもらえるのは嬉しいなぁ)
「口うるさい私がいなかったから、皆さん清々となさってたんでしょうね……」
私は情けない顔で笑った。『アリス』は一昔前の風紀委員のごとく、よく他人に小言をいっては嫌な顔をされていたからだ。するとその言葉を聞いたオスカーが少し驚いたような表情を見せた。
「アリス、ほんと変だな。前なら怒ってた」
「あら、オスカーはいま私を怒らせようとしてたの?いじわるね」
子供っぽさが可愛らしくて小さくクスクス笑うと、オスカーは目を見開いた。そして破顔一笑した。
「なんか前より今のお前が好きだぜ、アリス。ガキの頃に戻ったみたいだ」
「は?すっ、好き?ですって??」
爽やかイケメンにそんな事言われたら動揺するに決まってるだろ!
恥ずかしくて耳まで赤くなっていくのがわかる。
「え、何だよ、その反応……らしくねぇな……」
照れてうつむいた私に、オスカーまで赤面している。
なんだこの突然のラブコメ。教室でラブコメ。恥ずかしすぎるだろーー!!
「おやおや、今日は一段と仲良しだね」
そう言ったのは、アレクサンドル。
アレクサンドル・ノア・オルレアン。騎士団長であるオルレアン伯爵のご子息。
さらっさらのグレーの髪はひとつに束ねられて緩やかに背に流れている。涼しげな瞳は水色。12歳で騎士団の入団試験に合格した位なので、剣の腕は一流。ゲームでもヒロインを助けるおいしい場面がある。そして、私は知っている……ヒロインに対してはヤンデレ系の愛し方をするのだ……。敵に回したくない。
「は?別に仲良くねぇし!何でもねぇよ」
頬を染めたまま横を向くオスカーが可愛い。すっかりオバちゃん目線だ。
「アリス、おはよう。具合は良さそうだね。顔色もいい…というか真っ赤だね。可愛い」
そう言いながらアレクサンドルはアリスの前の席に座る。
(横がオスカーで前がアレクサンドルなの?マジで?眼福すぎん?)
登校して早々に昇天しそうになったが、頑張って淑女の微笑みで返事をした。
「おはよう、アレックス。ありがとう、すっかり元気よ」
「っ!アレックスー!何か調子狂うんだよ、こいつ。いやルテール公からアリスが変だってのは聞いてたんだけどさ」
オスカーが机に突っ伏して私を指さしている。
「指を差すなんて失礼ね」
私はオスカーの手をぺちんと叩いた。お説教ババア、とオスカーが悪態をついたのが聞こえた。見た目は美少女でも中身はオバチャンだよ悪かったねえ。こいつ案外するどいな。
幼馴染とキャッキャウフフとラブコメしていたら授業が始まった。
初等部といっても10歳から15歳までだから、日本でいう中学校に近い教育内容だった。生前の『私』はそれなりに成績は良かった。ただし座学に限るのだが。
「まさかの異世界転生するなら…もっと手に職つけとけばよかったなー……」
料理とか裁縫とか、モノづくりに従事しておけばよかった。
午前の休憩時間。教室を移動しながら私は独り言を呟いていた。頼りにしようと思っていたオスカーはアレックスと一緒に先に行ってしまったので、私は仕方なく一人で廊下を歩く。
「ルテール公爵令嬢、ごきげんよう」
「アリス様、ごきげんよう」
「アリス様、お加減はいかが?」
男女問わず、すれ違う人のほとんどに挨拶されるのであまりボーっと出来なかった。
(うーん、公爵令嬢も大変だな……にこにこするのも、もう面倒になってきた……アリスも苦労してたんだな……)
ようやく目的地の音楽室が見えてきたとき、前方からざわめきが聞こえてきた。
(あ~~殿下だ~~~!今日も美少年デスネェ~~~)
ラファエル王太子殿下。キラッキラの王子様には、取り囲むように女子生徒が群がっていた。
次は【5. 王子様とツンデレと姐さん】です。のんびり更新ですが、読んで頂けるのがとてもうれしいです。ブクマや評価、本当にありがとうございます。水曜日更新予定です。よろしくお願いします~。