22. 転んだら事件が解決した
秘密会議をした日の放課後に、私はリュカのいる教室へ行こうとした。廊下に出ると、当人のリュカと一緒に、サシャとオスカーがいたのを見つけたので、もう私の出番はないかなと思って図書館へ向かった。
調べ物をしようと、帯出禁止の古書の方へ行こうとしたときに、床が濡れていて派手にすっころんでしまった。大きな物音に顔なじみの女性の司書さんが飛んできて、私が無様に倒れているのを発見すると、「雨漏りしていて!すみません!!」と平謝りしていた。雨が時々滴り落ちてくるらしい。
転んだ時に書棚に引っ掛けてしまったらしく頬が痛い。手を当てると少しだけ血がついた。
「こここ公爵令嬢のお顔に傷が!ももも申し訳ありません!罰はいかようにも」
司書さんは、ぶるぶる震えて恐縮しまくっていたが、自分の不注意だったので「気にしないで」と言った。ついでに、図書館にとって雨漏りは致命的だから修理を急ぐよう進言することを申し出ておいた。
手当しますと言われたが、時間がなくなってしまうのでお断りした。またカーラを待たせるのは悪いなと思ったので。
舞踏会も終わったし、やっと嫌がらせの件も落ち着きそうなので、私は調べ物を再開した。
銀水晶の聖女はお伽話だった。魔法についてもそう。でも、ガブリエルは水の魔法を使っていた。ほんの数日前にこの目で見た。どこかに手掛かりがないかと、あれこれ探していると『魔女狩り』という不穏な単語を見つけた。
「この国では、数百年前、上位貴族のみが魔法を使えるようにするために、魔法が使える平民の弾圧『魔女狩り』を行った。その結果、いまでは王侯貴族でも魔法が使える者はほとんどいない。」
こんなの聞いたことがない。歴史書にもない。今みているのは五十年ほど前に書かれた『王国の宮廷魔法使いについての研究』というアカデミーの紀要なのだが、この文章の出典がない。出典がない以上、証拠・根拠がないということだから、信用に足る情報ではないのだろうが、どうしても気になった。
帯出禁止なので、本は持ち出せない。著者名をメモして教室に戻った。
教室に戻るとオスカーが駆け寄ってきた。
「アリス、何をされた?その傷はどうした?」
はて?と思っているとアレックスも顔色を失っている。
「女の子の顔に傷をつけるなんて……」
顔の傷というのは自分では見えないのでうっかり忘れていたが、さっき転んで怪我をしたんだった。ちょっと触れたら血は乾いてカサカサしていた。擦り傷は治りにくいからいやだなあと思っていたら、オスカーが白いハンカチを差し出してきた。
「転んでしまったのよ。もう血はとまってるし、汚れるからいいわよ」
「俺はお前の騎士なんだろ?守らせろよ。つーか一人で行動すんなって」
「ごめんね、ありがとう」
それ以上は話さなかったが、盛大に誤解した二人は義憤に駆られたようで、オスカーは「いまから高等部へ行ってくる」と言いどこかへ行ってしまった。アレックスは医務室に連れて行ってくれて、簡単な傷の手当をして「学園にいる間はずっと僕がついているから」と付きまとわれるようになってしまった。
(私、正直に転んだって言ったんだけど……)
「アリスお嬢様、どうなさったのですか?また何か……?」
アレックスに付き添われて車寄せに向かうと、カーラがひどく心配した顔をしている。
「なんでもないのよ、転んだだけ」
そう答えたが、カーラは「許せません」と言っていた。「いえ、本当に転んだのよ」といっても聞く耳を持っていなかった。
(私、正直に転んだって言ったんだけど……)(※二回目)
帰宅後に、従僕のルイが報告があると申し出てきた。背が高くて痩せてる、細長い17歳。孤児だった彼を拾って育てたのはお母様。マーゴもそうだけど、お母様は身寄りのない人を放っておけない質らしい。勿論、公爵家で雇うのだから誰でもいいわけではなく本人の資質もみているそうだけれども。
ルイに頼んでいたのは、エーメ男爵と男爵夫人についての身辺調査だった。
新興貴族だったので、以前、執事のルベンに頼んで見せてもらった貴族年鑑にまだ載っていなかったからだ。
もともと豪商で、先代が貿易で一儲けしたらしい。莫大な富を築いた先代が次に欲したのは、地位。あれこれと根回しをして、資金繰りに困っていたエーメ男爵家の爵位を買う算段をとりつけた。だが、手続きの直前に病で急逝してしまい、当時21歳の息子が男爵位を手にしたという。
金持ちのボンクラ息子が、なんの苦労もせず地位を手に入れて、親から莫大な遺産を相続してやることといえば、もう想像がついた。
商売は人に任せて自分自身は放蕩三昧。すり寄ってくるのは金目当ての取り巻きだけで、先代から仕えていて、彼に忠告する古参の者はことごとく遠ざけられたそう。
結果、出来上がったのは威張り散らして傲慢なお貴族様だったわけだ。
「……絵に描いたようなバカ息子なのね」
私はあきれて言った。どうりでエーメ男爵を見たエリアスが、いやそうに名を口にしたわけだわ。
「そして、なぜか先日の轢き逃げに関しては、不問になっていました」
ルイの言葉にびっくりして少し大きな声を出してしまった。
「不問?」
「立件されておりません」
「憲兵が来ていたのに?目撃者だってたくさんいたのに?」
目撃者もたくさんいたから、憲兵の対応は街の人に任せて、私たちは負傷した子供に付き添ったのだから。ガブリエルが治療して大きな怪我はなかった(ことになったはずだ)が、昏睡していたから証言があれば事故として取り扱われたはずなのに。その上で特に罰せられないならわかるが、そもそも事故が無かったことにされていたとは。
「金でもみ消したとか、そういう事?」
私がそう聞くとルイは申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません。そこまでは調べ切れておりません」
「いいのよ。半日でありがとう」
今朝お願いして、昼下がりには報告してくれたのだから、詳しく調べられなくても仕方ない。むしろ仕事が早いとびっくりした。
自室に戻ってまたゴロゴロしながらカーラに聞いてみた。
「口止めしたいのかしら?別に騒ぎ立てるつもりはないのに」
「子どもは無事でしたしね……。ただ、お嬢様に向かって鞭をふるおうとしたことは、公爵閣下には報告しておりますから、何かしらあったのかもしれません」
カーラが生真面目に答える。
「謝ろうとしてるってこと?だったら夫人主催のお茶会ではなく、正式に男爵本人が謝罪にくればいいのに」
母が在宅していたので、サロンに来てもらった。同じお屋敷に住んでいても広いので、どちらかの部屋を訪ねるよりは、中央のサロンに集まる方が便利だった。昨日届いていた招待状を見せて相談する。
「エーメ男爵夫人?……ああ、あのおとなしそうな娘さんね」
「参加してみてもいいですか?」
「確かに交友関係は広いようだけれど……。他に誰が招待されているか調べるから、返事は少し待ちなさい」
「わかりました。ありがとうございます、お母様」
社交があまり好きではない王妃様の代理で、公式行事に出ることもあるお母様は、ほとんどの貴族と面識がある。これについてはお母様に任せようと思った。
そして、翌日。登校するとすぐにアレックスが傍に来た。普段はよくラファエル様にこうして付き添っているから、ラファエル様が公務から帰ってくるまでなんだろうけど、落ち着かない。
そして、その日を境に、嫌がらせはぴたりとやんだ……。
次は【23. これはデートでは?デートですよね?】です。水曜更新予定です。よろしくお願いします~。




