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2. いきなり王子様

 

 「お嬢様、ラファエル王太子殿下がお見えになるそうです。どうなさいますか?」


 リラの言葉に、私はベッドの上で食べていた昼食のフルーツを落としてしまった。もう一人のお付き侍女カーラが慌てて布巾を取り出す。


 「ラファエル王太子殿下ーーーーー!?!?」

 「ええ、お見舞いに」


 目を覚ました翌日に、いきなりメインキャラクターが来るってどうしたらいいんだ。

記憶はまだ混乱したままだし、何より頭痛が痛い。(※誤用)

これが現実なのか夢なのかゲームなのかわからないまま、私が「アワワワワワ」と言っていたら、リラが憐みの目を向けていた。頭を打ったせいで……おかわいそうに……と言っている。


 「まだ具合が悪ければご無理なさらず……」

 「ああああああ会います!お会いしてもいいでしゅか??」


 動揺している私にリラは苦笑した。

 「お体が痛まないようでしたら、身だしなみを整えましょう」


 寝間着のままだったので、ゆったりした薄桃色のシルクワンピースに着替えた。襟のフリルがとても可愛らしい。私の好みではないが、『今』の私には多分似合ってる、と思う。悪役令嬢とはいえ、美少女なのだ。すごいな美少女って。なんでも似合う。おろしていた髪は、サイドにゆるく編み込んでもらった。





 「アリス、もう起き上がって大丈夫?」

 「はい、殿下」

 私は令嬢らしく微笑んだ。本当は頭痛が痛い。(※誤用)


 きらきらした豪奢な金髪。少し長めの前髪が、けぶるように長い睫毛にかかっていた。その下の蒼い瞳は叡知を感じさせる。形のよい唇から、私を気遣う言葉の数々。気品あふれる立ち居振る舞い。お見舞いの花束を渡された私は鼻血が出そうになった。てか少し出た。


 ラファエル王太子殿下は、王子様オブ王子様だった。


(ほわぁぁぁ~~美少年~~眼福だわ~~頭痛もよくなった気がするわぁ~~)


 ラファエル・ルイ・ヴァロア。

 アルジャン王国、ヴァロア王家の王太子。

 乙女ゲーム『銀水晶の聖女』のキャラクターのひとり。攻略が難しいメインキャラだ。彼のルートでは全パラメータをハイレベルにしなければならない。


(そりゃそうよね。国を治める人の配偶者になるのだもの)

 地道なパラメータ上げが苦でなかった私は、わりとすんなり初期に攻略した記憶がある。


 王太子殿下を見て、だらしなく薄ら笑いしている私を、壁際に控えている侍女頭のマーゴが睨みつけていた。マーゴは40代後半で、長くルテール公爵家に仕えている。マナーに口うるさい私の教育係でもある。

 うん、美少年を見てニヤニヤしているのは、確かにご令嬢らしくない振る舞いだヨネ。


 「お嬢様、そろそろ医師が参ります」

 マーゴは怒りを抑えた顔で告げた。


 「ああ、病み上がりに長居してすまなかった。早く良くなるよう僕も神に祈っているよ」

 「ありがとうございます。勿体ないお言葉です、王太子殿下」


 その返答に、ラファエル王太子殿下が笑った。

 「相変わらず堅苦しいね、アリスは。私的な場では昔のようにラファエルでいいと、いつも言ってるのに」

 いや、行儀よくしないと後でコワーイ侍女頭にぶっコロコロされているちゃうんですよ、殿下、と言いたいのを我慢して私は笑って誤魔化した。多分、へらへらしていたと思う。

 殿下が帰られた後、私は間髪入れずにマーゴからお説教されかけたのだが、リラが「お嬢様は頭を打ってから少し変なんです!」と直球で庇って(?)くれたので、長時間のお小言からは免れた。


 まだ頭痛がするので、私は寝間着に着替えると、素直にふかふかのベッドにもぐりこむ。

 ……私が前世の記憶を取り戻したのは、多分、馬車の事故がきっかけなのだろう。生前の私は事故で死んだ。




 私は何の取り柄もない大学生だった。哲学科という「社会に出たら役に立たない」「毎日何してるのかわからない」と言われてしまう部類の研究をしていた。私の在籍していた文学部は、キラキラモテ女子の多い英文学科(※偏見)、おしゃれ女子の多い仏文学科(※思い込み)、真面目な国文学科(※これわりとそう)、ロマンチストの考古学科(※多分)、そして「廊下すら暗い」といわれる謎多き哲学科で構成されていた。哲学科でやることはわりと地味で、文献を翻訳・解読する作業がほとんどだった。先達の考えを理解し、それに自分なりの解釈を付け加えて論文を作り上げる。その卒論ももうすぐ出来上がる頃だった。

公務員試験に合格していたので、春からは晴れて社会人。通学は電車で、席が空けばすかさず座っていた。そして最近はずっと乙女ゲーム『銀水晶の聖女』をプレイしていた。



 あの事故の日も、空席を見つけて素早く座り、イヤホンをしてゲームを始めた。王太子ルートの四周目終盤だった私は「エンディングは家でゆっくりやろーっと」と思い、ゲームをやめた。ふと顔をあげると、ドア付近に杖をついたおばあちゃまがいた。

(なんてこったい、ゲームに夢中で気づかなかった!)

さっきの駅から乗ってきたのだろうか。ちょうど電車が次の駅に着いたので、停車したタイミングでご婦人に席を譲った。

 「ありがとうね」

 優しく微笑んで、その方が席に座る。

 「もっと早く気づけばよかったです。すみません」などと会話した後だった。

 『急停車します、ご注意ください』という音声案内と、それにかぶさるような「緊急停車します!」という切羽詰まった車掌さんのアナウンス。甲高いブレーキ音。急ブレーキの重力に耐えられず、私はつり革を手離してしまった。車内には悲鳴。そしてさらなる衝撃。

 飛ばされていく私の体……。


 途切れ途切れの意識の中で、踏切内に侵入したトラックと衝突して電車が脱線したのだとわかった。


 ああ、おばあちゃま助かったかな。座ってたから大丈夫かな?立ってた人、ほとんど吹っ飛ばされてたもんな。空いてるからって先頭車両に乗るんじゃなかった。

 お母さん、親孝行もせずごめんね。

 お父さん、悲しんでるかな。

 妹は、わんわん泣いてそうだな……。

 幸せな家庭だった。もう会えないのか。辛いなあ……。


 「って!だめだ!眠れない!」

 私はベッドからおりて部屋のソファに腰を下ろす。頭痛が酷くなる気がした。


 いわゆるオタク生活をしていた私は、友人たちと色々な小説漫画映画ゲームを貸し借りしたり、キャラ萌え談義をしたりしていた。その中でも、『銀水晶の聖女』は久々に大ヒットしたゲームだった。でも、攻略についての正解を知ってるとはいえ、それは友人と話しながらだったり、自分でとったメモを見ながらプレイしていたのだ。なんの資料もなく詳細なストーリーを思い出せと言われても私には無理なのだ。



 「細かい内容とか覚えてなーーーーーい!!!」



 そう、特に私は記憶力が悪い。三歩あるけば忘れるトリアタマ。

「それ同じこと昨日言ってたよ」「先生、先週言ったじゃん」「本当に物覚え悪いね」等など……家族や友人に散々言われた。


 これはいわゆる悪役令嬢転生モノだ、間違いない。なんてったって、さっき本物の王子様を目の当たりにした。私は毎日ゲームしていただけでなく小説だって読んでいた。悪役令嬢に転生して大逆転するサクセスストーリーだって読んだのだ。


 「でも……でも私は、ほんっとになんの取り柄もない。小説の悪役令嬢は、シナリオをしっかり覚えててバッドエンド回避したり、逆転してヒロインをやりこめたり。あと、前世の記憶を活かして新商品で商売したり、手作りお菓子をふるまって胃袋を掴んだり……めっちゃ器用やん???そんなん無理やん!出来んわそんなん!」


 ゴンっとテーブルに頭をぶつけた。ヤバイまたひとつアホになってしまった。

大きな音をたてたからだろう、隣室に控えていたらしいリラの声がした。


 「どうしました?お嬢様?」

 「夢なら覚めてくれーー!!!」

 

 お嬢様、開けますよ!と断ってリラが部屋に入ってくる。頭痛がする。意識が遠のく。お嬢様、お嬢様と呼びかける声に、私はお嬢様じゃないと反発していた。


 前世の私は22歳で死んで、こっちでも18歳の若さで死ぬなんてあんまりだ……。

 きっと痛い。多分痛い。痛いのは嫌だ。何とかしなくちゃ……。




次は【3.推しが目の前にいる生活】です。木曜更新予定です。よろしくお願いします~。

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