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仲間

 


 ーーーー男の二杯目はハイボールだった。



 だし巻き卵の優しい甘さと和風だしのきいたフワッとした食感に、濃い目のハイボールのガツンとした荒々しささえ感じるウイスキーのアルコールとほろ苦さにマッチして、酒も食べ物も進む。ムール貝の白ワイン蒸しは、ムール貝からでる潮の香りと塩分が白ワインの爽やかな風味にまとめられ、付き添えで出されたパンに煮汁をつけて食べると、貝の旨味が凝縮されているのを味わうことが出来る。



美味(おい)しい」心から出た言葉だった。世辞抜きに美味(うま)い。



 芽衣はモジモジしながら、「美味しいとか言われると照れちゃいますよ。でも嬉しいです。ありがとうございます、石田さん。」とボソボソ恥ずかしそうに呟いた。



「芽衣ちゃん、俺だって何度も美味しいって褒めてるじゃないか。」とため息交じりに山本は、いじけて見せた。



 続けて40から50歳代の男二人組が、「俺らだって言わないだけで美味しいと思いながら食べてんのにな。」と茶髪に肌は色黒の若作りした勇気(ゆうき)さんと呼ばれる男が反論。更に続けて「まじでそれだ。おじさん達だって美味しいから常連なわけ。料理だけじゃなくて、酒も客に合わせてくれる優しい芽衣ちゃんだからこそ、ね。」と、黒髪の長身の顎髭(あごひげ)を生やした大樹(だいき)さんと呼ばれる男がめいを茶化したように褒めた。芽衣も負けじと「勇気さんも大樹さんも何かチャラいから信じがたいです。」と茶化して見せた。



 扉に近いカウンターに陣取っている20代の女三人組はおじさん達と芽衣の会話を余所に「芽衣ちゃーん、レモンサワーとカシオレとジンジャーハイちょーだーい!」「あっ、私、追加の枝豆欲しーい!」とキャッキャッと若さ溢れるノリで注文する姿さえ、尊いことこの上ない。自分も昔は若かったのにな、なんておじさん連中は皆思っただろう。




 男の横にいた20代二人組は、金髪を横山君、インテリ眼鏡を山田君、と芽衣に呼ばれており、学生のようだ。山本や勇気、大樹ら年上とも和気藹々(わきあいあい)と話しながらも、自分らの学生生活の事や互いのバイト先の愚痴を語っては酒を交わしていた。




 山本の隣に座るのは30代男女でカップルかと思いきや、同僚らしい。もっぱら会話の中身は会社の愚痴や今後の後輩の指導について等の悩み。「課長の野郎、また週末は部長とゴルフらしいよ。良いよねー、休日遊べる人達はー。」と、愚痴る女は松本と呼ばれていた。「いやいや、課長だって好きで部長とゴルフじゃないと思うよ。課長こそ、休日台無しにされてんじゃんか。まぁ、松本、今回は休日出勤なさそうだし、良いじゃないか。」と松本を(なだ)めるのは、東野と呼ばれていた。



 横山君は「また、仕事の愚痴で白熱してるんですか、松本さーん。」とやれやれといった様子で、続けて「嫌だなー、俺も就職したらこんな感じで毎日仕事のことばっか考えるのかー。」と学生のうちから就職に対して嫌気を指していた。



 横山君の言葉に対して東野は「松本は仕事一筋で仕事が恋人だからしょうがないよ。喋ることが仕事しかないの。私生活は廃れてるからね。」と松本を茶化しつつ、「横山君は口が達者で世渡り上手だし、仕事以外でも楽しみを見つけられそうだから、卒業後、就職しても安泰だね」とにっこり笑いかけ、横山君を励ました。



「まあまあ、松本ちゃん。これでも飲んで頑張って。」と山本から松本へ赤ワインが注がれた。


「あー、ありがとうございます、山本さん。東野と違って気が利く!男前!!」と松本は喜んでワイングラスを傾けた。







 男は黙っていながらも、皆の会話に耳を傾けていた。皆、常連客だからこそ漂う親密感。親密感が漂うからといって新参者の石田を孤立させない、芽衣の接客と料理と雰囲気。店全体が家のくつろぎを表現している。嫌なことがあれば、口に出して発散。良いことがあれば、皆で共感。酒の勢いもあって皆、上機嫌でことが収まるのも、飲み屋の良さといえるだろう。




「初めて来店されてますけど、どうですか?」とすかさず芽衣が石田へ質問する。


「アットホームなお店ですね。料理もお酒も美味しいですし、フラッと立ち寄ってみて良かったです。」


「それは良かったです。お家近いんですか?」


「ええ、帰り道です。通り雨の後でしたし、下を向きながら歩いていたら、ここの看板が目につきまして。体調を気遣うコメントに、なんか、引かれて。」


「あ、読んじゃいました?一日一日コメント変えてるんですよ。読んでる人が少なからずいるので。今回は私、扁桃腺炎持ちで季節の変わり目に風邪ひいちゃうんで、そろそろみんなも気を付けよう的な感じで書いてます。」


「普通なら食事やお酒や店の雰囲気をアピールするのに、体調を気遣うコメントっていうのが何となく、斬新で。」


「そうですか?他の店でも見たことありますよー。」







・・・芽衣と石田の会話は酒と共に進むのであった。







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