善意の輪
「ではリーパー。この辺りから始めましょう」
「了解」
「はい!」
行動が異常に速いリリアは、次の日にはゴミ拾い作戦を決行した。そして案の定俺がその任に就くことになった。しかし救いだったのは、フィリアとエリックが一緒だった事だ。
ただのゴミ拾いだが、仕事である以上、準備や順路、そしてゴミの処理方法まで管理しなければならず、フィリアが責任者として任命された。俺としては一番忙しく、屋台骨をなすジャンナから人を引っ張るのはどうかと思ったが、ジャンナの方は元店員でもあるリリアが入るらしく問題はなく、フィリアは町民に人気があり、対応も上手なため適任らしく、誰も不平は言わなかった。
そして俺も、マダムキラーとしての素質を見抜かれ、新たなファンを獲得するという理由で配置された。
俺はこう見えても意外と女性には人気がある。ただそれは、六十代以上の女性に限る。女性に好かれるというのは男性としては嬉しい事だが、俺の場合は何かがおかしい。恐らく神様は、俺をお造りになられたとき鼻くそでもほじくっていたのだろう。これは決して好意を抱いていただける女性に対してのものではない。だけど分かるよね! やっぱりモテるなら自分の枠内にして欲しいよね!
ちなみにエリックは、自分から進んでボランティアとして参加してくれた。エリックも仕事をくれた恩を少しでも返したいらしい。本当に良い奴だ。
そんなこんなで朝礼が終わると、俺達三人は早速準備を済まして外へ出た。
今日も青空が広がり、朝からでも気持ちの良い陽気だ。まだ秋の匂いはせず、青々と茂る青草が、そよ風に優雅に体を揺らしている。
初日という事もあり、今日はカラナへ続く人通りの少ない街道のゴミを拾う。
「では始めましょう。私は左側を見るので、リーパーは右側、エリックは自由に行動して下さい」
「了解」
「分かりました!」
ボランティアと賃金を貰っている作業員とでは当然扱いは違う。それをよく理解しているフィリアは、エリックには自由という言葉を使う。この辺りはさすがだ。
フィリアの指示を受け、ゴミ袋と火ばさみを携えた三人で早速ゴミを拾う。
シェオールは人が少ない田舎という事もあるが、農家が多いため自然をむやみに汚すような輩は少ない。だからこんなゴミ拾いなんて、俺から言わしてもらえばただのパフォーマンスにすぎない。確かに旅行客や荷を運ぶ運送屋がポイ捨てしてはいるだろうが、それでも俺的にはとても綺麗な町だと思っていた。しかしそんな安易な考えは、ゴミ拾いを始めて幾分もしないうちに吹き飛んだ。
ゴミ多っ! 特に葉巻のポイ捨て多っ!
普段はゴミなど気にせず路肩の外など見て歩かないから気付かなかったが、いざこうやってゴミを拾うとなると、ゴミの多さに驚かされる。
吸い殻、紙袋、鼻紙、瓶のふた、これくらいは序の口。折れた杖、よく分からない破片、割れた陶器、軍手の片割れ。これでも驚かされるのに、荷馬車の車輪、帽子、そして何故かブラジャー。もうゴミ袋に入らないよ! どうやらシェオールは魔王軍並みにイカレた奴が多いようだ。
そんな状況でも黙々と拾うフィリアは、袋に入らないゴミはスルーしているようで、知らん顔して進んでいる。もしこれが今までやって来たゴミ拾いなら、本当にパフォーマンスだけの屑作業だ。
「おいフィリア! 袋に入らないデカイやつはどうすんだ!」
「え?」
え? って、それは拾わなくて良いって意味じゃないよね? もしそうだったらフィリアはクソだ。
「粗大ごみとかだよ! まさかこのままってわけじゃないだろ?」
確かにゴミ拾いなんて一ギン(銀貨。この世界の通貨)の価値も無いし、俺達がやる必要なんてない。だけどやると決めた以上、いい加減な事はしたくない。俺にとってこのゴミ拾いは集客のためのものではなく、故郷への恩返しになっていた。
「あ、すみません、言うのを忘れていました。それは後で良いです。先ずは袋に入る小さなゴミを拾って下さい。大きなやつは後で一か所に集めて、最後にキールが来たら車(荷馬車)に積んで運んでもらいます。だから袋が一杯になったら、それも道路脇にでも置いといてもらっても構いません」
うちにはリリア、ヒー、ジョニー、フィリアというクソ真面目四人衆がいる。そんな四人が適当な事をするはずもなく、少しでも疑った事を恥じた。
「分かった! じゃあ今は拾える物だけ拾う!」
「お願いします」
それを聞いていたエリックも分かったと頷き、パンパンに膨らんだ袋を地面に置いた。どうやら手品師でもゴミをハンカチのように消すことは出来ないらしい。
一つ問題が解決し、拾える物だけ拾うという目的に絞られた事により集中力が増し、ここから作業スピードが一気に上がった。
とにかくゴミだと思うものは片っ端から袋に詰め込む。最初は汚いと思って火ばさみを使い作業していたが、徐々にその感覚は薄れ、最後には火ばさみが邪魔になり、軍手を穿いた手で直接拾うようになっていた。
そんな中、今までで一番驚くゴミと出会う。それは、まさかのガラス瓶である。
シェオールでは、ガラス瓶は洗って店に持って行くと一本一ギンで買い取ってくれる。にも関わらず、それがゴミとして捨てられている! つまりそれはお金を捨てているようなものだ!
今の世の中裕福になり、どんどん近代化が進んでいる。それでもお金を捨てる人はいないだろう。確かにこの空き瓶では買い物は出来ない。だけどこれを洗い店に持って行くというひと手間を掛ければそれはお金に変わる。
今の世の中頭のおかしい奴が増えていると言われるが、その波がシェオールにも押し寄せている!
「師匠~、何してるんですか~?」
ゴミ拾いの中で驚くべき真実を知ってしまい色々考えさせられていると、ロンファンが声を掛けて来た。
ロンファンは俺の弟子で、前回の研修でミズガルドから連れて来た、狼の獣人のクォーターだ。ハンターランクはBで普段はおっとりしているが、驚異の脚力と身体能力を持つ“孤狼”の名を持つ女性ハンターだ。
「おうロンファン。今ゴミ拾いしてんだ」
「ゴミ拾いですか~? じゃあ私も手伝います~」
獣人の血が色濃く受け継がれているロンファンは、毎朝縄張りを確認する犬のように散歩する。その最中はそれを優先させるのだが、どうやらそれはもう終わったらしく、嬉しそうに手伝うと言ってくれた。
「そうか、袋と火ばさみ渡すから、拾えるやつはこれに入れてくれ」
「は~い」
「それと、袋に入らない大きいやつは後で集めるから、今は気にしなくて良いから」
「分かりました~!」
ロンファンは元気に返事をする。おそらくゴミを拾うというより、俺と遊べると勘違いしている。だが今は人手は多い方が助かる。それに、ロンファンがいるという事は必ずアドラも一緒にいる。
そう思いロンファンが来た方向に目を向けると、案の定呑気にアドラが歩いてきた。
アドラもミズガルドから連れて来た俺の弟子の一人で、インペリアルという物凄い戦闘能力を持つ種族だ。その証拠に頭はそれほど良くないが、冒険者とハンター両方のライセンスでAランクを取得しており、ミズガルドでは“魔人”と呼ばれるほど有名だった。
アドラはシェオールに来てからは、必ずロンファンと一緒に行動していた。正確にはロンファンがふらっと遊びに出ると何食わぬ顔で後を付け、ロンファンがトラブルに巻き込まれないよう見守っているようだ。
「おいアドラ」
「おぉ師匠。何やってんだ?」
「ゴミ拾いだよ」
「ゴミ拾い? へぇ~……じゃ、頑張ってな師匠」
そう言うとアドラは片手を上げ挨拶し、てくてくと歩いて行った。
アドゥラー! お前は参加しないの!?
アドラの性格上こういう事はしないのは分かっていた。だけどなんか寂しい。しかしロンファンが加わった事で俺達の士気は一気に上がった。
”善意の輪は善意を呼ぶ”
ロンファンは俺と親しい関係だったからゴミ拾いに参加しただけだが、なんとなくヒーの言葉の意味が分かった気がした。