新たな戦略
エリックが来て二日、冒険者ギルドは開店したばかりとあり客で賑わい大繁盛しており、リリアが危惧していた通り、商店は町民のみならず旅行客までもが引っ張られ、閑古鳥が鳴いている状況だった。しかしジャンナだけはエリックのお陰で、減りはしたもののそれほど大きな打撃は受けてはいなかった。
俺もそうだが、シェオールでは手品を見た事がある人が少ないようで噂はあっと間に広がり、エリックも上手に客を楽しませる技術を持っていたため、被害を最小限に抑えることが出来ていた。
一方の冒険者ギルドは、ブランド店と高級料理店、一部の宿泊施設だけしかまだ稼働していないのにも関わらず、タナイヴのメンバーと生バンド演奏を武器に集客率を増やし、俺から見ても脅威を感じるほどだった。
この頃には他のスタッフも、エリックという先制攻撃を仕掛けたリリアを称賛するようになり、情報に無駄の多いリリアに文句も言わず指示を仰ぎ、行動するようになった。
ここまで来ると、「混むのは最初の内だけ」などとは誰も言わなくなり、全員が冒険者ギルドを敵と認識していた。
そんな中、マリーさんが掴んだ情報により事態は深刻化する。
「なんか、温泉が出たみたいなんだって」
「おんせんですか?」
「そう。温泉」
就業前の朝のひと時、いつものように俺、リリア、ヒー、マリーさんの四人でモーニングコーヒーを楽しんでいると、まさかの情報が飛び出した。
マリーさんはアルカナで正スタッフをやっていたそうだが、結婚を機に仕事を辞め、十五年くらい前にシェオールに引っ越してきたらしい。二人の子供が自立した事で再び働き始めたらしく、今では心強い先輩だ。ちなみに旦那さんは町職員らしい。
「ヒー。おんせんって何ですか?」
「銭湯の事ですよ」
「戦闘!? 戦闘が出たってどういうことですか!?」
なんか前に似たような事があった気がする。絶対リリアも俺と同じ勘違いしているよね?
「リリア、落ち着いて下さい。戦闘ではなく銭湯です。体に良いと言われる物質を含んだ温水の事で、浸かると疲れが取れたり、怪我や病気の回復に効果があると言われていて、分かり易く言えば大浴場のような物です」
さすがヒー。銭湯の事だけでなく、温泉の事まで知っていた。
「つまりそれは、冒険者ギルドに大浴場施設が誕生するという事ですか!?」
「それはまだ分かりませんが、町としても観光業が生まれる事は賛成すると思うので、そうなる可能性は大きいです」
「なんと!?」
なんと? 最近のリリアはどんどんテンションがおかしくなっている……それは初めからか。それにしても今の話が本当ならかなりマズイ。
今現在エリックがいてなんとか対抗できている状態なのに、完成していないギルドに加え、さらに銭湯まで加わったら、うちは大打撃を受けてしまう。
「おいどうすんだ。マジでうち潰れるんじゃないのか?」
リリアにばかり頼らないで、俺も何か案を出せれば良いのだが、戦闘に関してはそれなりに知識はあっても、商戦となると知識も経験も全くない。その代わり、駒としてリリアをサポートしようと考えていた。
「ええ。ハンターギルドとしては無くなるという事は無いでしょうが、このまま客を引っ張られ赤字経営が続くようなら、ジャンナは閉店になるでしょう」
冒険者ギルドもハンターギルドも、運営は町がしている。これはフライドチルドレン(※フランチャイズ)とかなんとかという契約システムらしく、要は、お金を支払ってくれれば、名前やギルドとしてのブランドを使っても良いですよ。だけど経営はそっちに任せます。というもので、ギルドとしての質を保つための規定やらなんやら決まりごとは沢山あるが、有名商標を確実に手に入れれるため、起業するなら手堅いシステムらしい。
そんな契約をしているシェオールギルドは、もしジャンナが赤字経営を続けるようなら、契約とは関係無いジャンナを真っ先に潰して別の店舗を入れようとするだろう。しかしこんなくそ田舎に、それも目の前にライバル店のあるギルドに、賃料まで払って入りたがる企業などいるだろうか? 恐らくいない。
つまり儲けのほとんどを賄っているジャンナが閉店するという事は、ハンターギルドの縮小を意味し、最悪解雇もあり得る。
俺は新米でそれほどこのギルドに愛着があるわけではない。だが、別にギルドスタッフを首になっても他の仕事に就けばいい、という考えにはならなかった。
「マジか!? それはマズくね?」
「えぇ。すぐに対策を考えなければなりません」
既にリリアの先見の明を目の当たりにしたヒーも、真剣にこの話を受け止めたのか、賛同するように頷く。そんな俺達とは違い、全くギルドの現状が分かっていないマリーさんが言う。
「じゃあ、ジャンナもフラットみたいに値下げすれば?」
フラットとは、シェオール唯一の宿屋の名前で、酒場も経営している。飲食物を提供するという面ではジャンナのライバルと言えばライバルだが、ジャンナはファミリー向けなのに対し、あっちは酒がメインであるため、とくに干渉し合うような関係では無かった。それに、フラットは専属契約したハンターを宿泊させる施設が無いうちと契約しており、どちらかと言えば協力関係にあった。
ちなみに今はエリックが一室を使っている。
「え? フラットってそんな事してるんですか?」
「まだしてないけど、冒険者ギルドが出来たお祝いに始めるみたい」
さすが世間話好きの年代。どこで知ったのか知らないが、企業秘密まで知っているとは恐るべし。
それを聞いてリリアが唸る。
「くぅ~! フラットめ!」
どうしちゃったのこの子? まさかそんな単純な作戦に虚を衝かれたの?
「これは非常にマズイですね。このままでは冒険者ギルドの思う壺です! ヒー! 何か策はありませんか!」
何が冒険者ギルドの思う壺なのか分からないが、フラットの戦略は予想外だったようで、リリアは遂にヒーに助けを求めた。
「そうですね……では、またゴミ拾いをすると言うのはどうでしょうか?」
「ちょっと待って! なんで!?」
ヒーは今までリリアとは違い、知的で理にかなった作戦を立てていた。それなのに突然のフリに投げやりになったのか、まさかの提案を出してきた。これには思わずツッコんでしまった。
「こっちも対抗して値下げすればいいじゃん! なんでいきなりゴミ拾いなんてすんの? 全然関係ないじゃん! それにまたって何? 前にもやってたの!?」
ここまで強い口調でヒーを責めたのは初めてだ。それほどヒーの発言はリリアより突拍子も無い! 第一、それをリリアが認めたら、絶対ゴミ拾い行かされるの俺じゃん!
だが、ヒーにとっては大真面目な話だったらしく、全く臆することなく概要を話し始めた。
「はい、一時訳あってやっていました」
訳あってゴミ拾い!? どんなわけ!?
「あ~、知ってる。たしか去年、ニルさんが来て、リリアちゃんがサブマスターになったときにお祝いでやってたやつでしょ?」
「はい、そうです」
とんでもねぇサブマスターだ! 就任早々何やらしてんだ! というか、リリアってサブマスターになってまだ一年くらいなの!?
「話を戻しても良いですか?」
「あ、ごめんごめん。続けて」
「はい。では続けます」
余程自信のある作戦なのか、ヒーはマリーさんにペースを取られないよう、話を戻した。
「まず、私達の当面の敵は冒険者ギルドです。にも関わらず、フラットという敵を増やし、値下げ競争を行うのは得策ではありません。それに、高級志向を売りにする冒険者ギルド相手では三つ巴にもならないので、いたずらにこちらの体力を減らすだけとなり、冒険者ギルドには願ったり叶ったりの展開になってしまいます」
やっぱすげぇわヒー。目先の事ばかり考えてる俺達とは次元が違う。
「さらに言うと、フラットに先手を打たれたような状況でこちらが同じような策を取れば、間違いなくお客様は争っている事を悟ります。激戦区の地域でそれが当たり前の事なら問題は無いでしょうが、商戦とはほとんど無縁のシェオールでそのような争いを起こせば、間違いなく町民は派閥を作り、下手をすれば町全体を巻き込む事態に成り兼ねません。それは私としても望みません」
なんだかんだ言ってもヒー。色々と考えつきはするが、きちんと悪い面も考慮している。
「でも、それとゴミ拾いはどう関係するんだ?」
「はい。私の作戦は、ギルドの質や値段という物で争うのではなく、人情という番外編で勝負しようというものです」
「番外編?」
「はい。悪く言えばアピールですが、私達はシェオールを大切に思い、綺麗な町を作ろうとしています! という事を行動で示し、ギルドではなく、スタッフの人情でお客様の心を掴みに行くというものです」
正に番外編!
「でもヒーちゃん、本当にゴミ拾いでそんな事出来るの?」
俺もマリーさんの意見と同じ考えだ。リリアのお祝いのようにただのパフォーマンスとは違い、集客という目的でゴミ拾いが役に立つなら、大都会はあんなにゴミは散乱していない。
「はい。目的は違いますが、前回はこの作戦で人を集めることが出来ました」
「マジで?」
「はい」
一体どんなゴミ拾いをしたんだこいつら?
「そうだよね~。私が見たときはかなりの人数でやってたもんね。私は参加してないけど」
「はい。最終日には三十六名ものボランティアの方が参加してくれました」
最終日? ボランティア? 去年はほとんど引き篭もってたから知らなかった。けど、リリアのお祝い何日続いたの!?
「善意というのは必ず人を惹き付けます。最初はスタッフ数名の虚しい行為かもしれません。しかし、善意の輪は必ず善意を呼び、最後には大きな輪になります。たしかにこの作戦は質や値段という武器での勝負ではありません。ですが、接客とは人との繋がりが大切な物だと私は信じています! 今回も必ず成功するでしょう!」
もうそれ願望だよね!? ヒーは頭は良いけど理想は高すぎない? それに、その虚しい行為の先兵は絶対俺だよね?
後半はまるでリリアのような事を言いだしたヒーに、この子も実はヤバイ? と感じ、すぐにでも止めようと思った。その矢先、リリアに先手を打たれた。
「なるほど。確かに前回の件もあり、私としてはそれは避けてきていました。しかし、やはり生き残る店とはお客様に愛されてなんぼですね!」
前回のゴミ拾いの時に一体何があったの?
「はい。私達もさらにもう一歩、成長するときが来たのかもしれません」
もう良いんじゃないの? これ以上リリアが成長したら化け物になるよ?
「分かりました。いつまでも嫌な過去を引きずらず、もう一度挑戦しましょう!」
これは非常にマズイ! 双子であるためここでまさかのシンクロ!? 早く止めなければ俺が犠牲者になってしまう!
「ちょっと待って! 仕事である以上、そんな不確定要素の強い事なんて出来ないだろ! もしゴミ拾いして、『なんでハンターギルドのスタッフは仕事もしないでゴミなんて拾ってんの?』って思われたら、それこそイメージ悪くなるだろ!」
「なりませんよ。前回だって、『また来年しましょう』と、手伝ってくれたボランティアさんに言われましたよ? またやると分かれば必ず精鋭部隊は集まります!」
もうボランティアの事を精鋭部隊とか言っちゃってるよ!
「だってお前だって本当はやりたくないんだろ? だったら別の作戦考えてもいいだろ!」
「別にゴミ拾いはしたくないわけではありませんよ? 私が嫌だったのは、そこまで行くのに辛い過去があったからです」
「どんな過去だよ! ゴミ拾いするだけでどんだけ死線潜り抜けたんだよ!」
「それは秘密です。女性の過去を探るなんて無粋ですよリーパー?」
うぜぇ!
「まぁとにかく、これは決定事項です。なんならリーパーのゴミ拾いデビューという御祝を兼ねても構いませんよ?」
「要らねぇよ!」
こうして我がギルドは、ゴミ拾いという新たな戦略を打ち出す事となった。