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ギルドスタッフ! 3  作者: ケシゴム
シェオールハンターギルド 上級スタッフ ヒー・ブレハート
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貴方のいない世界

 残暑が過ぎ朝晩の寒暖差が大きくなると、山は紅葉色に衣替えを始めた。オレンジや赤、そして出遅れ気味の黄緑。植物たちも冬までの僅かな陽気を惜しむ様に栗やキノコを実らせ、山肌を染める。そこに鹿は見事な迷彩色を放ち、情緒を漂わせる。


 リーパーが失踪してからひと月が経ち、“彼女”のお陰で私はなんとか仕事に復帰する事が出来ていた。怪我の方も、運動音痴で非力な私では利き手の薬指にヒビを入れる程度で、負った切り傷も今ではほとんどが目立たなくなる程度だった。


「ヒー。今日はもう上がっても良いですよ」


 あれからギルドにも心の病の事を報告した。シェオールのギルドに就職してからは今まで“彼女”が表に出たことは一度も無かった。だが今回の症状で誤魔化しきれない傷を負った事と、またいつ活動するかも分からない“彼女”の存在に危機感を募らせ、ギルドへの説明が必要となり、やむを得なく報告した。


「……分かりました」


 これにより私の業務内容は一気に変わった。残業は一切なくなり、客の目に付くフロアーどころか、外に出る事も無くなった。


 朝礼が終わると調合や書類整理をして帰宅。そしてまたいつ扉をこじ開けるかも知れない“彼女”に怯え、自宅の地下で寝泊まりする。家族以外で会話するのはフィリアとニルくらい。

 リーパーがいなくなってから、私の世界は暗いものに変わってしまった。そしてそんな私のせいで、暗い空気はギルドにまで伝染した。


 クレアが治療の為シェオールを離れ、アドラやロンファンは一切ギルドに顔を見せなくなった。ミサキもクレアが負傷した事を気に病み、ハンター業に専念してマリアと共に立て直そうとするが、無理が祟り顔色が悪い。

 スタッフの方も私のせいで重たい空気が漂い、以前のような明るい話題が出る事はない。そしてリーパーが不在なだけでも痛手なのに、私がほぼ役立たずのせいで他のスタッフに大きな負担が掛かっていた。


 本来なら私自らギルドを去るのが礼儀だと知っていた。だけど今逃げ出すように去れば、こんな私がこなしていた仕事でも、他の皆にさらに大きく圧し掛かる。それは今の役立たずよりも迷惑な存在だ。


「ではリリア。お先に失礼します。お疲れさまでした」

「お疲れ様でした。明日はゆっくり英気を養い、また元気な姿を見せて下さい」

「はい……」


 デスクを片付けると隠れるように更衣室へ行き、息を殺して着替える。そしてそれが終わると逃げるようにギルドを去る。この時間だけはいつも憂鬱になる。

 皆は私が病気だから仕方が無いと言ってくれるが、心の中ではただの怠慢だと思っているだろう。

 

 病を患っているのなら長期休暇を取って完治させるか、常にベストなコンディションに持って行く努力をしている姿勢を見せなければならない。だけど今の私にはそれすらも出来ない。夜もまともに眠れず、ただ灰色の世界で思い出せないリーパーの姿を追い掛けるだけ。


「お帰りなさい、ヒー。お風呂沸いてるよ。今日も下でご飯食べるんでしょう? 用意して置くから」

「うん……ありがとうお母さん」


 母だって本当はこんな娘は要らないと思っているはず。なのに……なんで皆私に優しくするの……


 癒されない湯船に浸かり、部屋に戻ると私を気遣う母と一緒に夕食を取る。そして夕食が終わると灯りを嫌い、暗いベッドで眠りが訪れるまでリーパーを探す。


 誰かと一緒にいる時間が辛い……


 あれだけリーパーに恋焦がれ、リリア達に囲まれていたいと願い続けていたのに、この暗闇の世界で独りリーパーを想う事だけが救いだった。

 

――――


 翌日、起床してしばらくすると母がやって来て、気晴らしに散歩へ行きなさいと言った。母なりの気遣いなのだろうが、私にとってはとうとう必要なくなったのだなと感じた。それでもこれ以上母に気を遣わせるのは忍びなく、できるだけ一日中外に居ようと思い外出した。


 外へ出ると顔に当たる日差しが暖かく、数えるほどの雲の数に秋晴れなのだと分かった。だが全てが灰色にしか見えない私には、関係の無い事だった。ただ今は、誰かと出会わないよう願うだけだった。


 行く当ては無かった。だけどもしかしたらリーパーが帰ってきているかもしれないという弱さから、リーパーの家の方向へ目線を送った。


 話によればリーパーはエリックと共にプルフラムへと移動したらしい。だから少しすれば帰って来る……とは思えなかった。

 正確な位置は分からないが、プルフラムは魔界とも呼ばれる領域。そこは悪魔や魔物が数多く生息し、常に命を取り合っている。現に名のある冒険者でさえ幾人となく命を落とすほど危険で、常人ではとても耐えられる環境ではない。そんな領域を、魔力も扱えず、ハンターを引退するほどの傷を負ったリーパーが踏破して戻って来られるとは到底思えなかった。

 それに、エリックの姿をしていた悪魔が何を目的としているのかさえ不明瞭である以上、絶望的な状況だった。

 

 そんな悲観のせいで、リーパーの家へ足を運ぶ気にはなれなかった。だが少しでもリーパーを近くに感じていたい思いから、また不毛に蛍池へと向かう事にした。


 あの一件以降、蛍池には報道関係者や亡くなった犠牲者の家族が献花に訪れていた。そのため私は蛍池の近くまで来ると人を恐れ、踵を返していた。だが今日だけは人影は見当たらず、初めて遊水公園の中まで入る事が出来た。


 公園に入っても誰一人おらず、もう今日の献花は終わったのか、真新しい花だけが添えられていた。地面のあちらこちらには埋め戻しの跡があり、池の周りの柵は新しい物へと変っていた。それはあの戦いでの名残である事はすぐに分かった。だが公園の奥に新たに出来ていた林道を見つけ、その先が気になり近づくと、林道は途方も無い力で木々をなぎ倒した後だと分かり、絶望した。


 立ち入り禁止の柵の向こうには、倒れされた木々が果てしなく遠方まで続き、地面を大きく抉っている。それはもう生命では太刀打ちできない存在の仕業だと分かった。そしてそれと死闘を繰り広げていたリーパーを想うと、例えプルフラムに無事避難する事は出来ていても、計り知れない怪我を負っているのだと思った。すると自然と涙が零れた。


 もう……リーパーは帰ってこない……


 あまりの絶望に“彼女”までもが反応する事は無かった。ただ心の奥で、誰か知らない私が泣いている声だけが聞こえていた。


 ここで朽ちる木と共に終わりを告げたかった。ここで朽ちて横たわる木になりたかった。


「――大師匠~?」


 二度とあの温もりある手に触れることは出来ないのだと、心に虚空が広がり始める中聞こえた声は、自然と視線を運んだ。


「ああっ~! 大師匠~! どこか怪我したんですか~!」


 振り返るとそこにはロンファンとアドラがいて、私の顔を見たロンファンが驚いたように声を上げ駆け寄って来た。


「それとも~、誰かに虐められたんですか~!」


 返事をする気力の無い私に対し、ロンファンは必死に慰めようと優しく気遣う。それがまた辛い。


「ど、どうすればいいですか~? 誰か呼んで来ますか~?」


 どうして良いか分からないが、とにかく助けたい。そんな想いで慌てふためくロンファンに、リーパーの影が重なる。


「アドラ~! どうすればいいんですか~!」

「えっ? ……いや~……う~ん……」


 私を不思議そうに見ていたアドラだったが、ロンファンに救いを求められると困った表情を見せた。それでも求められ自分に出来る事を必死に探す姿は、どこかリーパーに似ていた。


「あっ! そうか! こういう時は頭を撫でれば良いんだぞ?」

「あ~! なるほど~!」

「でも気を付けろよロンファン。上手にやらないと噛まれるぞ」

「ああっ~! そうでした~! 気を付けま~す!」


 この二人を見ていると、何故かそこにリーパーも一緒にいるような錯覚をする。

 インペリアルと獣人のハーフと聞いた時は、リーパーは一体どのようにしてこの二人と出会い、師弟関係になるほどの絆を築いたのか不思議だった。しかし今この二人のやり取りを見ていると、三人は出会うべくして出会う運命だったのだと思った。


「じゃ、じゃあ~。行きますよ~……」


 自分に出来る事を精一杯努める。それはおそらくリーパーは意図して教えてはいない。それでもリーパーの傍に居ると、嫌でも教わってしまう。そしてその志は伝染し受け継がれる。

 それを証明するように、ロンファンは恐怖を押さえながらも私を慰めようと心許無い手を伸ばす。その手は慈愛に満ち、リーパーを感じさせる。


「ロンファン。ありがとう御座います。ロンファンのその優しさのお陰で、私はもう大丈夫です」


 私より少し大きくしっかりしたロンファンの手を握ると、ロンファンは少し驚いた様子を見せた。

 そんなロンファンの手からはそこに繋がるアドラ、リーパー、そしてリーパーの家族の温もりが見えた。


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