最高の相性
「皆さん! 彼こそが我がギルドの最終兵器、ハンフリー・エリックです!」
全員がフロアに集まると、リリアは自信たっぷりにエリックを紹介した。だが、要となる主語が足りないため、何故彼が最終兵器なのかが伝わらない。
「彼は本日から我がギルドでマジックを披露してもらい、冒険者ギルドに大打撃を与えます!」
おそらくエリックの手品を利用して、エンターテインメントで客を集める作戦のようだが、熱が入り過ぎて、エリックがえっ? という顔をするくらい説明が下手になっている。
「リリア、今はエリックさんもいます。普段通りというわけにはいきませんよ? もう少し落ち着いて下さい」
さすがにヒーも空気を読み、リリアを注意した。
「分かっていますヒー! 私もエリックが来た事で荒ぶっている事を自覚しています! ですが、気を付けますので今だけは許して下さい!」
荒ぶっているって言うか、乱れてるよね?
「分かりました。続けて下さい」
「はい」
リリアが自覚していると分かると、ヒーはそれ以上追及しなかった。姉であるリリアの事をよく知っているヒーが活を入れた事で、明るい雰囲気の中に鋭い仕事という空気が流れた。
「エリックはギルドで雇ったマジシャンですが、基本的に自由に動き回りマジックを披露してもらいます。ですので、皆さんは気にせず普段通りの業務を続けて下さい。もし何かあれば、そのときは協力してあげて下さい」
気にせずは無理だけど、ようは営業に来たマジシャンと思えばいいようだ。
「何か質問はありますか?」
「あの~、一つ良いですか?」
「はい。どうしました?」
ここで手を上げたのは、新人のアルカでもジャンナの責任者でもあるアントノフでもなく、まさかのエリックだった。
「先ほどマジシャンやマジックと言いましたけど、私は正確には手品師ですので、マジックではなく“手品”と言ってもらえませんか?」
「え?」
そりゃリリアもそうなるよ。エリックなりのこだわりなのかもしれないが、手品もマジックも同じじゃないの?
「この世界でマジシャンと言えば、誰でも魔導士の事を想像します。それに私がやる手品は、言ってしまえばズルをしているものです。そんな私がマジシャンと呼ばれる事を不快に思われる方もいますので、そこはお願いします」
手品師にも色々あるようだ。俺からしてみればそんな事は気にする必要はないように感じるが、手品師も客商売である以上、こういう気遣いもしなければならないのだろう。
「分かりました。先ほどは大変失礼しました。今後は手品、手品師と呼ぶことを徹底します」
「ありがとう御座います」
自分の失態にやっとギアが入ったのか、リリアの眼つきが変わった。
「皆さん。そういう事ですので、これからはエリックの事を手品師。マジックの事を手品と呼ぶようにして下さい」
真剣な表情で指示するリリアに、全員がしっかりと頷いた。
「ではエリック。ここにいるスタッフ全員とは挨拶は済んでいますよね?」
「いえ。まだ窓を拭いていた彼の名前を聞いていません」
「そうでしたか。彼は準スタッフのリーパー・アルバインです。リーパー、改めて自己紹介して下さい」
「分かった」
タイミングが悪かったため、エリックの名前は聞いたが俺の名前は言っていなかった、はず。そこで新たな仲間の歓迎も込め挨拶することにした。
「リーパー・アルバインです。これからハンターギルドを盛り上げる為、お互い協力して頑張りましょう。改めてよろしくお願いします」
「ご丁寧な挨拶ありがとう御座います。改めまして、ハンフリー・エリックです。どうぞよろしくお願い致します」
今度は手品は一切なく、社会人らしい握手をした。それを確認したリリアが言う。
「後はギルドマスターのニルと、今日は休日のマリーさんの二名のスタッフがいますので、二人とはまたその時にでも紹介します」
「お願いします」
「では、他に質問のある方はいませんか?」
アルカはまだ二十代前半の新人だが、それなりに社会経験を積んできている。そんなベテラン揃いのうちのスタッフには十分すぎる説明に、誰も手を上げる事は無かった。
「では最後にエリック。景気づけに一つ手品を披露して下さい」
「はい」
締めというか、ただ単にリリアが手品を見たいだけのような気もするが、エリックは快諾した。
指示を受けたエリックはポケットから赤いハンカチーフを取り出し、隅を両手で持って裏を見せ、仕掛けの無い一枚である事を見せた。そして左手を軽く握り、そこに右手親指でハンカチを押し入れた。
さぁこの後は何が起きる。もしかして鳩が出てくるのか? それともハンカチの色が変わるのか! 先ほどのエリックの手品を見てしまった事で、ハンカチを手に隠しただけでワクワクしてしまう。
それぞれが何が出てくるのかと期待が高まる中、エリックはハンカチを握った左手にフッと息を掛け、小指からゆっくりと手を開き始めた。
鳩来い!
思わず声に出してしまいそうになるほどエリックの動きに力が入った。だが開かれた手には、鳩がいる事も押し込んだはずのハンカチすら存在しなかった。
入れたふりをして右手に隠し持っているのかとも思ったが、そう思うより先にエリックは両手を広げ何も持っていない事を示し、思い出したように人差し指を立て、再びポケットに手を入れ、移動したハンカチをちらりと見せた。
まさか! ポケットにハンケチ―フが移動した!? いつの間に!?
消えたハンカチ。移動したハンカチ。何か出てくると思っていた俺達の裏をかいた手品に驚いていると、エリックはその隙を逃さないように一気にポケットからハンカチを引っ張り出した。すると、一枚だけだったはずのハンケチが何枚も連なって出て来た。
もう分けわかんねぇがとにかく凄い!
鮮やかな手さばきに色鮮やかなハンカチの帯。ヒーまでもが「おお!」という驚きの声を漏らすほどの手品に全員が口を開けた。
「皆様方、これからよろしくお願いします!」
ハンカチを舞わせながら挨拶するエリックはとてもカッコ良かった。
「エリック! 今のはどうやったのですか!」
あまりに素晴らしい手品に、リリアが叫ぶように訊く。締め台無し。しかしここはプロの手品師、華麗に捌く。
「手品師は手に収まる物なら何でも隠せます。今のはずっと目の前で手の中に隠していましたよ?」
「そんなはずはありません! 私はずっと見ていました! 赤いハンカチなら指の隙間からでも見えます! それはあり得ません! 第一貴方は一度も右手を握っていませんでした!」
完全に良いサクラと化したリリア。おそらくリリアと手品師は、アホみたいに相性が良いのだろう。っていうか、お前が一番食い付いてどうすんだよ!
「それが出来るのが手品師です」
エリックかっけぇ~!
「くっ!」
くっ! じゃねぇよ。
「ではエリック、私にもその手品を教えて下さい」
なんでこいつは手品を覚えようとしてんの!? 冒険者ギルド対策にエリック呼んだんじゃないの?
「良いですよ。では、仕事が終わった後にでもお教えましょう」
「本当ですか!」
「はい」
エリックって良い奴だよね。普通こういうのは商売的に教えないんじゃないの? あっでも、これくらいなら教えても大丈夫っていう事なの? 手品師マジで凄い!
「では皆さん! 持ち場に戻り仕事をして下さい! 今日は忙しいですよ!」
忙しいって、別に俺達の仕事は自分の仕事が終わったら帰れるわけじゃないからね? 手品教えて貰えるって聞いてまたおかしくなり始めたよ。
「はい!」
リリアがまたおかしくなり始めたことを察した皆は、関わりたくないのかキレのいい返事をして持ち場に戻って行った。
「リーパー」
それに便乗して俺も窓拭きに戻ろうとすると、案の定俺がロックされたのか、リリアが呼び止めた。
「何?」
「もう窓掃除はいいので、受付業務に戻って下さい」
「え? ……はい」
その後受付に戻されると、さらに気分の良くしたリリアの相手をすることになり、窓拭きより疲れる事になった。
一応説明しておきます。エリックのハンカチ手品は、サムチップを使ったものです。詳しく知りたい方は、サムチップで調べて下さい。ただしネタを知れば手品は面白くなくなりますので、御注意下さい。