絶望と不安
「アルカナに行けば、もしかしたら動かせる程度には治るかもしれないよ?」
ハクウンノツカイによる事件から三日が経ち、やっと平和を取り戻したシェオールの空は、何事も無かったかのようにいつもと変わらない秋空を見せていた。ハクウン自体も町には一切被害を出してはいなく、あの事件に関わった者以外には猛烈な台風が通過した程度の一日になったようだ。
「そうか……」
しかし事件後、日にちが過ぎるにつれ事件の詳細が明るみになると、アルカナだけでなく、新聞の一面を飾る大きなニュースとなり世界中に広がった。
神獣の襲来。悪魔の出現。そしてインペリアルの力。これだけの天変地異と言っても過言ではない凶報なら当然と言えば当然だった。だが、マスコミがこの事件を取り上げた最大の理由はタナイヴのメンバーの死去だった。
自警団員四名が死に、十五名が負傷した。そして私も、指を動かす事も困難だと言われるほどの傷を左腕に負った。
戦争や世界情勢ばかりが注目される昨今の世では、この程度の被害は取るに足らないのかもしれない。それでもこのニュースを聞いて、被害者やその家族、親族の痛みを蔑ろにするように英雄を讃える世には、心底うんざりした。
「アルカナなら高魔治療を受けられるし、先生なら最悪でも腕の傷だけは綺麗に消してくれるよ?」
だが今の私にはそんな世間に対する不満など、溢れかえった無気力の前では一時も留まることなく流されて行った。
「どうする?」
「…………」
シェオール唯一の医師で、私の親友でもあるマイは、アルカナに居る自分の師なら私の左腕を動かせるまでに治療できるかもしれないと薦める。それでも決して元通りとは言わないマイに、全てを失ったような脱力感に襲われていた。
「それに、先生が駄目でも、先生ならキャメロットとか外国にも弟子がいるから、絶対なんとかなるよ?」
マイは私の知る限りでは、かなり腕は良い方だと思う。小さな町の医師だがほとんど一人で内科や外科をこなし、薬の知識も豊富だ。だからこそ諭すように言うマイの口ぶりに、左腕が繋がっているだけでも幸運なのだと分かった。
「それに……」
「少し考えさせてくれ」
マイは私の事を想い言ってくれている。だが今はマイと会話している事さえ苦痛だった。
「あ……ごめん……。じゃあ私は戻るから。一応面会謝絶にしておくから」
「あぁ……ありがとう……」
この気持ちが伝わったのか、部屋を出て行く際のマイの一言が何とか笑みを作る力をくれた。
“生きていた”中で、私が最も重症だった。それに親友である事も関係したのか、私だけ個室を与えられた。それが余計に気持ちを沈ませた。
私はもう……左腕を使えないのか?
マイが去った後の病室は静かで、消毒液の匂いとカーテンが作る薄暗さが自問させる。
……物は掴めるのか? ……顔を洗う事は出来るのか? ……字は書けるのか?
ハンターを引退しなければならない事は受け入れていた。そして使者まで使い私に声を掛けてくれたネスト殿への詫びも覚悟していた。だがそんな事などもう気にもならないくらい、左腕が使えないという現実を受け入れられなかった。
この先私は一体どうやって生活すればいい? 腕の使えない者など誰が雇ってくれる?
そして不安が不安を呼び、左腕が今後どうなるかより、どう生きていくのかという金の恐怖に襲われていた。
貯蓄は二十年ほどは収入が無くてもどうにかなるだけはあった。だが腕の治療に掛かる費用や、その先の障害の費用を考えると、とても天寿を全うできるだけの余力はなかった。
私はどうやって生きていく……どう生きればいい……
包帯と石膏で固められた腕は感覚すらなく肩を引っ張る。そんな腕を見ると、自分の最後は孤独で惨めな野垂れ死にしか見えてこない。
誰か……助けてくれ……
哀れすぎて涙すら出なかった。ここで目覚めてから一人になると、毎日腕を見て同じことを考え、助けを求めていた。そして気付いた時には眠っていて、悪夢を見ていたと錯覚して絶望する。
私はそうやって今日も気付いた時には眠っていた。




