表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギルドスタッフ! 3  作者: ケシゴム
シェオールの英雄 リーパー・アルバイン
51/63

絶望

 黒い魔力は瘴気と言っても過言ではないほど悍ましく、見る見るうちにエリックの体を包んでいった。それは無数の小さな虫が獲物を貪る動きに似ており、もうエリック自体が疫病の発生源にすら感じるほどだった。


 自らをエリアルという種だと公言した悪魔には、あらゆる攻撃の可能性を考慮して覚悟はしていたが、ここまで恐怖を煽る様な変貌ぶりに周囲への警戒を忘れるほど思考が停止した。そしてさらに悪い事に、まだ悪魔の変身が終わってもいないにも関わらず、質量のあるような叫び声を上げハクウンノツカイが悪魔と合流するためこちらに向かってきた。

 それを見て停止していた思考は働きだしたが、悪魔を挑発して本性を現させた事を後悔するだけだった。


 すまん皆……俺が何も考え無しに悪魔を煽ったからこうなった……すまんヒー、約束は守れそうにない……


 絶望的な状況を作り上げてしまい、諦めに近い感情に襲われた。そんな中でこの責任だけはどうしても取らなければならないと思い、命と引き換えにしてでも少しでもこちら側が優位に立てるなら、一矢と言わずとも報いの破片でも残す事にした。


 未だ黒い魔力が蠢き安定していない悪魔もハクウンノツカイが来ている事に気付き、向かい入れるように両手を天にかざした。それを見てハクウンノツカイは大きく口を開け、やっと主の傍に戻れるのが嬉しいのか、耳を塞ぎたくなるほどの叫びを上げる。


 純黒と潔白が織りなす光景は、これから破滅をもたらす存在だと分かっていてもとても美しく、死をテーマにした絵画のようだった。


 だがここで突然ハクウンノツカイが先ほどミサキを襲った時のように前足を出した。

 力を入れた指は大きく開き、獲物を捕らえるように爪を立てる。そして速度を落とす気配が全く無い。それは着地するための姿勢には見えず、何をしようとしているのか理解できなかった。

 

 そんな意味不明の行動に身動きが取れずにいると、次の瞬間、突然体の芯に響くほどの爆音と閃光に襲われた。これには堪らず反射的に防御姿勢を取って目を閉じてしまった。

 時間にしては二秒ほどだったと思うが、この時一瞬でも悪魔を視界から離してしまった事に背筋が凍った。それでもこんな小物の俺に悪魔が奇襲を掛ける筈も無く、咄嗟に態勢を戻すと、光が焼き付いた網膜の隅にハクウンノツカイが空へ戻る様子が映った。

 そして悪魔に目を戻すと、既に“影”と化した悪魔の姿があった。


 まるで燃えているかのようにゆらゆらと影を昇らしているが人型をし、それ以外は黒く塗りつぶされ、もはや生命とは呼べない。ただ顎の向きと腕の位置から天に上るハクウンノツカイを見ている事が分かるだけだった。ただ、その人智を超えた姿には、どうすれば良いのかは分からなかった……


 恐怖を通り越してもうどうする事も出来なくなった俺は、咄嗟に取った臨戦態勢は維持していたが、ただ死を待つばかりの木偶と化していた。だが悪魔がゆっくりこちらに顔を向けた瞬間、黒一色の悪魔の目だけが赤い光を放っている事に気付くと、死を受け入れたように体が勝手に臨戦態勢を解き、槍を手放した。


「これで分かったでしょう?」


 呆然とし、合わせてはいけないと理解していても離せない目線を合わせる俺に、悪魔は言った。その声は確かに聴いたはずなのにどんな声だったのか一瞬で忘れてしまい、その語調はどんなものだったかすら思い出せない。まるで耳ではなく頭に響くようなこえだった。


「私はリーパーさん達の敵ではありません」


 悪魔の洗脳とはこういう感じなのだろう。確かに言葉は理解出来ているが、全く記憶できない。そのうえ体は自由を奪われているのに、聲によるリズムだけは心地良く、その心地良さをずっと感じていたい。恐らく今何か指示をされれば、ストレスから逃れる為に体が勝手に反応してしまうだろう。


「そこでご相談なんですが、今の私では半理はんりのドラグを相手にするにはキツイものがあるんですよ。今急ピッチで繁殖してますがとても間に合いそうにないんです。だから……あれ? リーパーさん聞いてます?」


 雨に濡れ、風に当たり、体はとうに冷え切り、ハクウンノツカイか悪魔のどちらかに殺される寸前にいるはずなのに、悪魔の聲を聞いていると全ての不快が取り払われる。

 悪魔の指示なのか、ハクウンノツカイが大きく吠え、視界に捉えていなくとも俺を襲うために降下して来ていると分かる絶体絶命の窮地でも、全くストレスを感じない。


「ちょっ、リーパーさん!?」


 完全に悪魔に支配されてしまっていても、自分の名だけははっきりと聞こえる。


 これが洗脳って言うやつなのか……フフッ、最後の最後に良い経験になった……


 悪魔としては俺なんかを洗脳してもなんの役にも立たないと判断したのか、ハクウンノツカイの餌にしようと赤い目を忙しなく動かし、襲えと頭を振る。しかしそれが分かっていても俺はもう逃げる事すらできない。


「何をぼさっとしてるんですか!? また襲ってきますよ! 早く頭を低くして防御姿勢を取って下さい!」


 頭を低くして防御姿勢を取れの命令に体が反応して蹲った。おそらくハクウンノツカイが食べやすい姿勢にしたのだろう。


「えええっ! ちょっ、何やってんですか!? ああもうっ!」


 命令の意味を理解し、忠実な僕としてまんじゅうのような形になった俺の姿に歓喜したのか、悪魔は騒ぐように声を上げる。


 ――瞳を閉じた。すると降り注ぐ雨の音が良く聞こえた。その音は普段の平和な日常に時たま現れる雨の音だった。


 世界というのは俺がいなくとも存在する。そして広く深いこの世界でも、俺が知っている世界は狭い。それは俺だけでなく全ての生命も同じだろう。しかしそれを分かっていても自分が知る“世界”が全てとなるため、結局自分がこの世界の主人公になったように錯覚し、最後には自分が存在しなくなったらその“世界”は無くなってしまうと勘違いしてしまう。……いや、もしかしたらそれが正解なのかもしれない。ヒーやリリア達も実は俺が作り出した幻想に過ぎず、俺自身も肉体などという器すら無い存在なのかもしれない……


 死を悟ると不思議とそんな事を考えた。しかしそんな事を考えても、いつもと変わらない雨音に何も分からないままだった。


 余程上位の悪魔に洗脳された為か、数秒後に死が訪れるのを察していても心は穏やかで、ヒーを想い悲む感情に襲われる事は一切なかった。……のだが! 先ほどなんて比じゃない程の爆音と、目を閉じていても目の前が真っ赤になるほどの閃光と共に、極上のまんじゅうをイメージして作った堅固な中にも柔軟性を持たせた態勢がひっくり返されるほどの衝撃を受け、悪魔の洗脳など一瞬で吹き飛んだ。


 何何!? ちょっとマジ勘弁して!


 まんじゅうの態勢が功を奏したのか、ひっくり返されてもすぐに亀の態勢に移行する事が出来た。しかし爆音と閃光は一瞬のもので、既に悪魔の洗脳を脱した俺には今のはハクウンノツカイに襲われたのではなく、何かしらのイレギュラー、そう! アドラがやっと見参したのだと思い、すぐさま立ち上がり槍を手に取った。だが顔を上げるとそこにはまだ悪魔がいた。


 えええっ!? 今のマジで何だったの!? ……まさかミサキか! ミサキが援護してくれたのか!


 やっと、やっとこの危機に立ち向かう事が出来る! そう思い周りを見渡すが、助けが来た様子も無く、ハクウンノツカイは再び天を目指し、悪魔はそれを見上げる。


 さっきとなんも変わってねぇー!


 まるでデジャヴでも見ている状況に陥っていると、先ほどとはまるで別者と勘違いしてしまうほどの勢いで悪魔がこちらを向いて声を飛ばした。


「リーパーさん! とにかくリーパーさんはミサキさん達と合流して下さい! それまでは私が時間を稼ぎます!」

「え? ……お前エリックか!?」


 見た目は何も変わっていないはずなのに、全然悪魔らしくない素振りと口振りに、思わずそう叫んでしまった。


「そうですよ! だからさっき言ったじゃないですか!」


 え? 誰がそんな事言った? 


 何故今突如として悪魔がエリックになっているのか分からず首を傾げた。


「とにかく今は時間がありません! もうどうでもいいですから早くミサキさんたちの所に行って下さい!」

「ちょっと待て……」


 何が何だか分からず説明を求めようとすると雄叫びが聞こえ、慌てて空を見上げるとハクウンノツカイが襲い掛かってくる姿が目に入り、我に返った。


「早く行って下さい!」

「で、でもよ! お前は……」

「しばらくは大丈夫ですから! 後でなんとかして説明しますから今は言う事を聞いて下さい!」


 オーラを出す影の姿である事は変わりないが、その動きと口調は完全にエリックだった。


「分かった! 任せる!」


 緊急を要する場面に迷っている時間は無かった。何よりもうエリックにしか感じない悪魔の声に、信頼という感情さえ抱いていた。


「必ず助けに来るから待ってろ!」


 踵を返しミサキ達の元へ走る為背を向けると、そこには確かにエリックを感じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ