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ギルドスタッフ! 3  作者: ケシゴム
シェオールの英雄 リーパー・アルバイン
5/63

ハンフリー・エリック

 前回までのあらすじ。


 いよいよシェオールの冒険者ギルドが開店する日がやって来た。町やリーパー達は故郷が活気づく事に喜んでいたが、リリアだけはハンターギルドの売り上げが落ちるとライバル心を燃やし、この日の為にあらゆる策を施してきた。そんな中、冒険者ギルドが勇者とまで呼ばれる有名パーティーにいた冒険者を宣伝に使うという戦略を打ち出した事によって慌てたリリアは、それに対抗するためリーパーに窓拭きという指示を出し、応戦する。尖兵として送り出されたリーパーは、焼けつくような太陽の下必死に遂行するが、窓には汚れ一つ無いという絶体絶命の窮地に陥る。

 はたしてリーパーは、この危機をどう乗り越えるのか!



 連日執拗に猛攻を加えたせいか、今日の窓には汚れはおろか、拭く必要の無いほどの透明度がある。掃除とは汚れを落としてなんぼ! それを取り除き、新品のようになった姿を見るのが醍醐味なのに、これではただの拷問だ。それでも上司の指示である以上やり遂げなければならない! 


 リリアに言われて窓拭きに来たは良いが、拭く必要の全くない窓を前に項垂れていた。


 実際窓を拭き、中を見えやすいようにする作戦は、集客の増加だけでなく、スタッフが外にいる事によって通行人も声を掛けやすくなったようで、町民とのコミュニケーションも増えた。

 俺も掃除は好きなため決して悪い仕事ではないが、それでもここまで綺麗な窓を拭かされると、さすがに嫌になってきた。

 

 これはなんの為にしているの? こんなことしててお金を貰って良いの?

 

 昔聞いた話で、人は理由を聞かされず穴を掘らされ、掘り終わるとそれを埋め戻せという作業をさせられるのが一番苦痛な作業だと聞いたことがある。だがあれは嘘だったようだ。間違いなく今やらされている、ピカピカの窓を綺麗に磨け! の方がよっぽど堪える。

 

 もしかしたらリリアは、俺が外にいて、おばちゃま方が話しやすい状況を作り、客引きを狙っているのかもしれない。だけど今日は無理じゃない? だって向かいで超有名人がいるセレモニーしてんだよ? 水鉄砲で軍隊と戦うようなもんだよ?


 奇才サブマスターの意図が読めず、自問自答しながら作業を続けるしかない俺は、それでも少しでも窓を綺麗にしようとピッカピカのつるんつるんの窓を拭き続ける。


 そんな状況の俺を他所に、セレモニーは佳境に入ったようで、ステージ上にくす玉が用意され、テープカットの準備が始まった。


 それでもしかし、俺はそんな世紀の瞬間を見る事は許されない。だってあり得ないほどクリアなガラスの向こうに、俺がサボっていないか監視するように鬼のサブマスターがこっちを見てんだもん! 


 せめて窓の反射を利用して見ようにも、超一級品の透明度を持つ我がギルドの窓は、それすらも許さない。


 そんな全然スタッフには優しくないギルドに肩を落としていると、リリアの策がハマったのか、一人の男性が声を掛けて来た。


「あの、すみません」


 シェオールでは見た事の無い三十代前半くらいの男性は、ビシッとしたスーツ姿に大きなトランクを持ち、旅行客というより出張に来たビジネスマンのように見えた。 

 今日という日にシェオールに来たという事は、おそらく冒険者ギルドの関係者なのだろう。それをあえてギルドスタッフの制服を着た俺に声を掛けたというこの人は、かなり悪意があるのか仕事ができないかのどちらかだろう。


「はい。どうしました?」


 それでも仕事中に声を掛けられた以上、きちんと対応しなくてはならない。


「ハンターギルドの方ですよね?」

「ええ、そうですけど?」


 ハンターギルドの前でハンターギルドの制服を着て、ハンターギルドの窓を拭く人物を見て、この質問はかなり不自然だ。リリアじゃないけど、冒険者ギルドが差し向けてきた刺客じゃないかと思ってしまうほど怪しい。

 そんな俺の心中を悟ったのか、男性は詫びるように自己紹介を始めた。


「私は本日からハンターギルドで仕事をさせて頂きます、エリックという者です。どうぞよろしくお願い致します」

「えっ?」


 誰からも新しいスタッフが増えるなどという話は聞いていない。それに誰かが面接に来たような事も無かった気がする。もしかしたらリリアが黙っていただけかもしれないが、普通何かしらの噂くらいは立つよね? こんなサプライズいる?


 真偽の方は分からないが、握手を求めるエリックは嘘を言っていたり、こちらを見下しているような空気は無く、とても友好的で気さくに見えた。


「ど、どうも……」


 敵にしろ味方にしろ、どっちにしても職業上誰にでも愛想を振りまかなければならないため、礼儀として握手を返した。


「サブマスターのリリア・ブレハートさんはどちらにおられますか?」

「え? あ、中の受付にいます」

「そうですか。ありがとう御座います」

「いえ」


 どうやら本当に新入社員らしく、答えると丁寧に会釈をした。


「あっ、それと。肩にゴミが付いていますよ?」

「え?」


 そういうとエリックは、ゴミを取ろうとして俺の左肩に手を伸ばした。と思ったら、突然何も持っていなかったエリックの右手から一枚のトランプが出現した。


「えっ!?」


 何が起きたのか分からず驚いていると、エリックはそのままスペードのエースが描かれたトランプを片手で華麗に翻し、さらにフッと息をトランプに掛けると、一瞬にしてスペードのエースは名刺に変化した。


「本日からよろしくお願い致します、手品師のハンフリー・エリックです」

「ど、どうも……」

「では、私は失礼します」


 変化させた名刺を渡すとエリックはそう言い、ギルドへ入って行った。


 マジかっけー! マジシャンってあんなカッコいいの!? 


 エリックにとっては簡単な挨拶だったのかもしれないが、生で手品など見た事も無かった俺は、たったあれだけの時間で虜になってしまい、もう窓拭きなどそっちのけでピカピカの窓から中の様子を窺った。


 受付では到着したエリックに歓喜するようにリリアが手厚い歓迎をし、それに応えるようにエリックがリリアにマジックを見せている。さらにそれに気付いたフィリアとアルカが野次馬のように近づく。


 俺だって見たい! なんでこういう時に限って窓拭きなんてさせるの! パワハラだ!


 鼻息で窓が曇るほど食いつき眺めるが、ここからでは良く分からない。エリックもフィリアとアルカに気付き、さらに凄いマジックをしているようで、フィリア達、特に驚いたリリアの口の開き方が半端ない!


 このままでは何も見えないまま終わると危機感を持った俺は、とにかく窓拭きをやっつけるため大急ぎで掃除の続きを始めた。しかし時間というものは不思議なもので、俺が必死に窓を拭く時間と、エリック達のマジックを楽しむリリア達の時間の流れが全く違う。

 ドワーフすら驚くようなスピードで窓を拭いて行っているはずなのに、いつの間にかエリックの周りにはヒーやジョニーだけでなく、職人気質のアントノフまでもが観戦し、外まで聞こえるほどの歓声を上げて盛り上がっている。


 “このままじゃ終わっちゃう! もう窓なんて拭かなくてもいい!” 

 “いや、仕事である以上きちんとしなければいけない!”


 善と悪、二つの想いが葛藤を繰り広げる。戦況的には俺が応援する悪が優位だが、生まれ持った性と仕事で培ってきた経験が高い壁となり立ち塞がる。

 人として、いや、社会人として仕事を優先させなければならない。就職をしないという事が悪という偏見は無い。だが勤めた以上はやり遂げないというのは悪だ。それが例え孤独で辛い作業であっても。

 

 そんな直向きな積み重ねが、リリアを呼び寄せた。


「リーパー! 何をやっているんですか! 窓拭きなんてしてないで早く来て下さい!」


 自分で指示しておいてどの口が言っているのか知らないが、早く来ないと良い物が見られなくなるよと子供のように呼ぶリリアが、やはり俺を見捨てはしなかった事に愛を感じた。


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