鐘音
カンカンカン! カンカンカン!
突如として鳴り響いた鐘の音に、再びギルド内には不安に似た緊張感が流れた。これには誰しもが目を見開き、誰かの指示が無ければ動けない状態になった。それは鐘の音は荒れ狂う風雨の音にも負けないくらい強く荒々しく響き渡っているが、まるで子供がいたずらで鳴らしているように乱れていたからだ。
警鐘の音は国によっては違うが、アルカナ領にあるシェオールでは国際基準のリズムがある。しかし今響いている音はそのどれにも該当しない。ただ闇雲に力任せに叩き、不快感だけを与えている。
そんな状況に、俺だけでなくフィリアまで動けなくなっていると、ニルに続きリリアが慌ただしく出てきて声を上げた。
「スタッフは受付前に集合して下さい!」
ニルであろうとこの鐘の音の意味を理解出来てはいないのだろうが、訳の分からない俺達はリリアに従う他なく、とにかく指示に従う事にした。
「皆さん、よく聞いて下さい! 今聞こえている鐘の音は無視して下さい!」
無視しろって、この異常な鐘の音は絶対おかしいよ! 何言ってんだよリリア!
俺でなくとも今聞こえている鐘には、叩いている者が懸命に非常事態を伝えている意思を感じる。なのに無視しろという言葉には不満を感じたが、強い口調で抑え込むように指示を飛ばすリリアとギルドマスターであるニルがいるため誰も反論できなかった。
「この音はどの警鐘とも一致しません! ですから、誰かの悪戯の可能性もあります! 今こちらから自警団と連絡を取り、事実を確認しますので、勝手な判断はしないで下さい! それと、ギルド内に居る限り安全なので、絶対に外へ出る事はしないで下さい!」
この距離でもギルド全体に聞こえるように大声を出し、聞き取り易いように言葉を切り、不自然に安全を口にしたリリアに、これはギルドに広がった動揺を抑え、スタッフだけでなく避難者やエリックがパニックを起こさないようにするために集合させたのだと悟った。
「分かりましたか!」
「はい!」
最後に念を押され、それに全員が力強い声で応えた。するとスタッフの意思がまとまり、混沌とした空気が一変した。
「ではギルドマスター、指示をお願いします」
サブマスターとして完ぺきな仕事をやってのけたリリアは、避難者の前という事もあるのだろうが、いつもの朝礼のような緩さは一切出さず、ピリピリした空気のままニルへとバトンを渡した。
これにより、やはりこの警鐘はただ事ではないというメッセージを感じた。
「今聞いた通り、この鐘は無視して貰っていい。だけど何かしらの異常の可能性もあるため、念のため対策を取る」
リリアが作った空気なのか、それとも避難者がいるためなのかは分からないが、いつもとは大分違う背伸びをしたような口調のニルは、なんかいつもより頼りなく感じる……それでも今ギルドマスターを引き立たせるのはスタッフの役目でもある。
「ジャンナの方はジョニーをリーダーに、避難者を受け入れる準備をしてくれ」
「はい」
通常時のジャンナのリーダーはアントノフだが、非常時の場合は元アルカナ騎士の経験があるジョニーがリーダーになる。
「スタッフの方はヒーをリーダーに、ハンターの召集と自警団への連絡を担当してもらう」
「分かりました」
スタッフの人数も増え、前回の朝方に起きた山亀の時の緊急事態とは大分違うが、しっかりと役割を決め統率の取れたチームとして即座に対応できるこのギルドに、普段はのほほんとしていて正直田舎のダサいギルドだと思っていたが、いざという時に力を発揮できるギルドだと知りとても頼もしかった。
「統括はリリアが担当する。だから何かあればリリアの指示を仰いでくれ」
「はい」
「分かりました」
ニルの指示にヒーとジョニーだけが返事をした。恐らくこの二人は真面目だから普通に返事をしただけなのだろうが、敢えて二人だけが声を出した事により、リーダーはこの二人で、さらにその上にいるリリアがボスなのだという意識が芽生えた。
チームや組織で最も重要なのは統率だと俺は思う。だからハンター時代はリーダーを務めると、権限を駆使してでも徹底して指示に従わせた。そうしなければ各自が勝手な考えで行動を始め、最終的には一人で作業するよりも圧倒的に効率が悪くなってしまう。
この人員配置を考えたのがニルなのかリリアなのかは知らないが、要所をしっかり押さえている指示に弱弱しさなどなかった。
「じゃあ各自リーダーの指示に従い行動してくれ。以上」
「はい!」
力強く全員が声を出し解散すると、すでに統率が取れているスタッフは迅速に班に分かれミーティングを始めた。この頃にはいつの間にか鐘の音も聞こえなくなっており、逆にその静けさが余計に不気味さを増していた。
「では先ず、私達は自警団と連絡を取り、先ほどの鐘の音の理由を調べます。そしてそれと同時に再びハンターの召集を掛けてもらいます」
早速三人で円を作ると、ヒーが俺達がしなければならない優先事項の説明を始めた。
「自警団への確認とハンターの召集要請は、リーパー、貴方にお願いします」
「分かった」
ヒー、マリーさん、俺。この三人の中で唯一俺だけが準スタッフであり、スタッフとしての経験と知識も少ない。だからこの指示は的確だと思った。第一俺が残った所で何かできるとも思えなかった。
「ではマリーさんは受付に戻り、通常業務と先ほどの鐘の音で訪れる来客の対応に当たって下さい」
「はい」
原因が分かっていないため業務を放棄することは出来ず、受付を閉めることは出来ない。しかし不気味な鐘の音で不安になった住民が押し寄せる可能性もある。やはり俺が残った所でまともに対処は出来なさそうだ。
「私はオフィスで、避難指示等の命令が出た時の準備をします。ですがもし何かあればいつでもサポートに回りますので、その時は声を掛けて下さい」
「はい」
避難者の食事、布団から、各機関への連絡網の確認。その他にも書類の作成や、日程とそれに伴う人員の確保などなど、恐らくヒーがしなければならない事は山ほどある。それでもいつでもサポートに回ると言ったヒーは、とても心強い上司に見えた。
「分かっているとは思いますが、くれぐれも動揺することなく常に落ち着いて行動して下さい。私達スタッフが動揺すると避難者にもそれが伝わり、不安を広げる事になります」
「はい」
ヒーにとってはこれが一番重要事項のようで、指差呼称するように俺とマリーさんを指差し、念を押すように言った。
落ち着いて行動する事は基本で、例えアホであっても容易にできる。しかし非常事態や緊急事態が起きるとその基本は至難の業になる。それが分かっているからこそヒーはわざわざ当たり前の事に念を押したのだろう。
「それとリーパー」
「何?」
「リーパーは特に落ち着いて行動するよう心掛けて下さい」
社会人としては俺はヒーよりも経験が長い。しかしスタッフとしてはまだまだヒーの足元にも及ばない。真面目なヒーにとって俺はさらに念を押さなければならない新人という事なのだろう。
「リーパーは熱くなると自分の法で動く傾向があります。あくまで今はギルドスタッフであり、勤務中であることを念頭に置き、スタッフとして正しい判断で行動して下さい」
「……はい」
多分ヒーが念を押したのは、前回の山亀の時俺が勝手な行動をした事が原因だろう。ヒーって結構根に持つタイプだったんだ……
「リーパーがいなくなれば、私は一生恨む事を忘れないで下さい」
怒ったように口を真一文字にし、許さないと眼を鋭くさせるヒーの表情は、上司ではなく恋人の顔だった。




