策略
「つまり間者です! 分かりますか?」
「あぁ、スパイの事だろ?」
「そうです!」
受付に戻り、来客があるまでの時間を、一人熱く熟考した策略を語るリリアを相手にしばらく付き合っていたが、いい加減飽きて来た。しかし一向に客が来る兆しも無く、冒険者ギルドのセレモニーが終わる兆しも無い。
最初は冒険者ギルドが出来る事で、シェオールの雰囲気や、町民の意識が変わり、シェオールらしさが崩れてしまうと真剣に危惧するような話をしていたリリアだったが、今ではもうほとんど戦記小説のような話になっていた。
「その間者を送り込み、勢力を増やしてもらい、機を見て内乱を起こしてもらいます!」
「勢力って、冒険者ギルドのスタッフを寝返らせるって事か?」
「そうです!」
いくら客がいないからと言ってこれだけくっちゃべっていると、さすがに俺でも仕事に集中しろ! と言いたくなる。だがリリアは仕事に対しては前以上に真剣に取り組んでいる。今話している内容もかなり無駄は多いが、本質は如何にハンターギルドの質を上げ、成長させようかという話である。
他の会社なら、仕事中に雑談が多いと間違いなく注意されるだろうが、実際リリアが仕事中に無駄口を叩くようになってから、ハンターギルドの空気は変わった。
今までのギルドは、如何に無駄を減らし、効率よく作業する事で利益を上げるという感じだった。それは何処の企業でも同じなのかもしれないが、うちの場合無駄を削る事ばかり考え、結局は現状維持だった。それが、リリアが喋り出してからコミュニケーションというものが増えだした事によって、より効率的になった。
先ず、スタッフ同士が些細な事でも報告し合うようになった。今まではそろそろ備品がなくなるとか、観葉植物に水をやるだとか見つけても、後で誰かやるだろうという考えが俺だけではなく、全員にあった。それが少し無駄話をするようになっただけで、報告したり、今自分がやっておけば誰かの手を煩わせる事はなくなると考えるようになり、細かなことまで手が行き届き始めた。
他にも、それぞれがこうした方が良いだとか、こうすれば効率が良いだとかという発言が増え、全員でギルドを良くしていこうという団結力が生まれた。そしてそこからアンケートというアイデアが生まれ、実行する事で客とのコミュニケーションも生まれ、スタッフの俺から見ても風通しの良いギルドになった。
仕事に専念し、余計な事は喋らないという概念は社会一般的な事で、事実効率も良い。だがしかし、リリアという奇才にはそんな概念は足枷にしかならなかったようで、ライバルの出現にタガが外れた事によって、社会的概念すら破壊し、新たな可能性を示した。
そんな事もあり、しばらくは様子を見ようと思う。というか、リリアは一応上司だし、リリアが元気だとギルド全体の雰囲気も明るくなり、皆の動きも良い。
「敵陣にこちらの勢力が潜めば、大局全体に影響します!」
「へ、へぇ~……」
ただ、いつもリリアの相手をさせられるのは何故か俺。その辺は特に改良の余地がある。早くお客さん来て!
そんな願いが届いたのか、まだセレモニーは続いているはずなのに、ヒーが戻って来た。
「どうでしたかヒー!」
余程ヒーの斥候能力を高く評価しているのか、途中放棄して戻って来たヒーを咎めることなく、リリアは嬉しそうに訊く。
「はい。ニルはきちんとハンターギルドのマスターとして、そつのない祝辞をしていました」
そっちー! もう完全にニルの監視だよね? 普段はリリアのノリに合わせてるヒーだけど、あくまで冗談として?
「なるほど。なかなかやりますね。敢えてそつなくこなす事で、相手に何も悟らせない作戦ですか。伊達に怒られてばかりの逸材ではありませんね。合格です!」
いやニルは普通に対応しただけだよ? なんでそんな場で駆け引きしようとするの?
「ではヒー。敵陣営の策略はどうでしたか?」
策略? 経営方針の事だよね? もうリリア完全に自分の世界にハマっちゃってるよ。
「はい。三大勇者のタナイヴのパーティーにいた、ユル、ホルス、マエリアの三名の冒険者を広告塔に冒険者を集め、後日完成する生バンド演奏を楽しめる高級料理店、キャメロットに本店のある高級ブランド店をメインに、高級志向で収益を上げるようです」
「それは本当ですか!?」
「はい」
驚き過ぎじゃね? 確かにこんな田舎で高級志向はかなりの強気だが、逆にそこで勝負するのはアリだと思う。
田舎者は目新しい物にはすぐに飛びつくけど、離れるのも早い。だけどそれは少し離れた都会にある様な店だけだと思う。本当に良い物を売り、常に清潔で質の良いサービスを続けるような店なら、逆に田舎では長続きすると俺は思う。田舎に住むものは値段や物が欲しくて店に向かうというより、どれだけ馴染み、行きやすいかで受け入れるかどうかを決める。
そう考えると、常に高い質を求める高級店と、町民の為に働く冒険者がセットになったギルドは、意外と相性が良いような気がする。
「これは一大事ですよ! こちらも新たな策を打たなければなりません!」
新たな策も何も、今のままで勝負してもかなりこちらに分がある様な気がする。それだけの事を俺達はして来たし、実際ジャンナの客の入りも増え、用もなくクレア達が顔を出すようになった。
「リーパー! 早速で悪いのですが、通りに面するガラスを磨き、より中が見えるようピカピカにして来て下さい!」
「また~? 昨日も磨いたじゃん?」
これはヒーの案で、外からでも中の様子が見える事によって、客が入り易い様にするという作戦だ。ヒーいわく、生き物というのは遮蔽された空間に入る事を本能的に嫌うらしい。その為室内を明るくし、夏場を利用し扉を開けっぱなしにすることによって、ギルドは安全な場所だと暗に示し、誰でも入り易い様にした。
これはかなり効果があった作戦で、最近では幼い子供を連れた親子もジャンナに来るようになった。ただそのせいで、多い時で日に三回は窓を拭かされる。
「分かっていませんね。小さな積み重ねこそ、最大の威力を発揮するんです!」
リリアはめちゃめちゃ良い事を言っている。だがしかし、いい加減にしないと窓がすり減って無くなってしまう。
「そりゃそうだけど、窓だってもう勘弁してくれって絶対思ってるよ」
「窓だってハンターギルドの為に戦いたいはずです! だから早く!」
そうなの? 窓だって休みは欲しいんじゃね?
しかし上司の指示である以上、従わないわけにはいかない。
「分かったよ。じゃあ窓ふき行ってきます」
「出来るだけ綺麗に、且つ素早くお願いします。僅かな遅れが敗因になりかねませんからね」
「はいはい」
ふざけているようでふざけていない。この辺りがうちのサブマスターの怖い所。まぁしかし、俺の経験上、こういうタイプは基本敏腕タイプが多い。……敏腕?
なんだかんだ文句は言ったが、俺としてはしばらく待機が続くであろう受付業務より、窓拭きの方が断然良い。それに掃除というのは意外と俺は好きだ。そんな事もあり、内心やった! と思いながら指示に従う事にした。
掃除用具を持ち外に出ると、まだ秋は遠いのか、真夏並みに元気な太陽が真っ白な雲を従え、南中を目指し張り切っている。
セレモニーの方もそんな太陽に感化されたのか、壇上でスーツ姿の男性が熱く何かを語っている。
こんなに天気の良い日は、静かに朝のひと時を、静かに窓を拭きながら過ごすのも良いが、たまには祭りのように盛り上がる冒険者ギルドを背に窓を拭くのも悪くない。
それに、普段は一人で窓を拭いているとハンターギルドファンのようなご老人が、「お兄さん、頑張っているね」と声を掛けて来るが、今日はこのセレモニーの前ではそれも無く、ひたすら汚れを探しやっつける事に集中できる。
――――
…………塵一つ無い!