正論
ヒーの手も借りなんとか必要な道具を揃え戻ると、すでに調査を終えたクレア達が来ていて話し合いが行われていた。だが場の雰囲気はとても明るく、和やかに会話するクレア達を見て、謎の生物については特に問題があるようには思わなかった。
「おうクレア。戻ったのか?」
「あぁ、ちょっと前に戻った」
そう答えるクレアは髪まで濡れるほど雨に打たれていたが、その表情は明るく疲れを感じさせなかった。一方のミサキも元気で、帽子のお陰なのか髪は濡れていなかったが、濃くなったローブの色から全身がずぶ濡れである事が分かった。
「で、謎の生物はなんだったんだ?」
二人の表情、賑やかな場、そして全く緊張感が無い空気から、ただの杞憂で後はもう適当に片づけでもすれば帰宅できると思い、ほっとして談笑に加わる感じで尋ねた。
「あぁそれなんだがな。実は、どうやらあれはハクウンノツカイとか言う神獣らしいんだ!」
「え?」
嬉しそうにそう語るクレアは、まるで有名人と握手でもしたかの如く自慢するように言った。
「これだこれ! お前もマリアの図鑑を見たんだろ?」
何を興奮しているんだか、俺がお前マジで言ってんの? っていう顔をして聞き返すと、クレアは「おいおいお前、あの神獣のハクウンノツカイさんが来てるんだぜ!」みたいなノリでマリアの図鑑を指さした。そしてそれを受けてマリアは、「そうです! この私の図鑑に載っているハクウンノツカイさんが今まさにシェオールに来ているんです!」という感じでわざわざ図鑑を立てて俺に見せた。
「え? ……え?」
あれ? 俺がさっき聞いたハクウンさんは天変地異を起こせちゃうほど危険な人だと思ったけど、あれは多分気のせいなのかな?
「リーパー! こんなに素晴らしい事はありませんよ! さぁこちらに来て一緒にお祝いしましょう!」
一体何が起きているのか知らないが、リリアはもうお祝いするとか言い出す始末。
「え? ちょっと待ってクレア? ハクウンって、あの神獣のハクウンさんの事だよね?」
「そうだ! あのハクウンさんだ!」
…………どういう事?
超危険な生物にも関わらず、お祝いするとまで言い出した頭のおかしい女子たちに、何が何だか分からなくなった。しかし雰囲気としては全く悪くなく、もしかしたらハクウンさんは恵みをもたらす素晴らしいお人なのかもしれないと思い、詳しく話を聞くことにして椅子に腰を下ろした。
「なぁ、一体どういう事だよ? 俺にも詳しく教えてくれよ?」
「あぁそうだったな。私達だけで盛り上がってすまん」
クレアのこの口振り、これは良い事がありそうだ。
「いや別に良いよ。それより早く教えろよ」
「よしマリア! ここはお前の口から説明してやれ!」
「うん!」
謎の生物がハクウンさんだと判明させた手柄の褒美なのか、一番おいしい所をクレアに譲ってもらったマリアは、嬉しそうに今日一番の元気な声を上げた。
「このハクウンさんはね、世界でも数匹しか確認されてない神獣なんだよ!」
もうその生物はハクウンさんって名称で良いの? 逆にテンション上がり過ぎて怖くなってきたんですけど……
「でね。そのハクウンさんはね、まだ誰も捕獲した事の無い凄い神獣なの!」
あれ? これなんかヤバイ話じゃないの?
「それにね、ハクウンさんの血には肉体を若返らせる効果があって」
ちょっと待って? えっ?
「髭はどんな病気も直せる薬になって」
はっ! ゴンザレス達めちゃくちゃテンション低いっ!
「その肉を喰えば一生年取らないんだって!」
まさかこいつら!
「だから、ハクウンさんを捕まえることができたらお城買えるくらいお金貰えるんだって!」
「ちょっと待て! まさかお前らハクウンを狩る気かよ!?」
「サー!」
サーじゃねぇから! マリア完全に金に目が眩んで敬礼しちゃったよ!
「いやいやいや! だってハクウンさんって神獣なんだろ!?」
「うん」
「だったらSなんてクラスじゃすまないだろ!?」
ハクウンさんが本当に神獣なのかはさておき、神獣がもし本当に存在するなら絶対に手を出しちゃいけない!
それでもマリアはまだ何か情報を得ているようで、立てた人差し指を左右に振り、否定した。
「実は神獣ってね、そんなに強くないらしいんだ」
「え? ……そうなの?」
「うん」
意外な一言に図鑑のハクウンさんを確かめた。すると体長が一八〇ほどしかなく、体重も百キロ程度だという事を思い出した。
生き物の強さの中で最も如実に表れるのが体の大きさだ。そして体が大きければおのずと体重は増える。体が大きくなれば当然リーチも長くなり、急所は厚い皮に覆われ、より敵から遠い位置に来る。そして体重が増えれば筋力も増し、容易に体制を崩される事も無くなる。
しかし体が大きくなればなるほど生命維持に必要なエネルギーも多くなり、体重が増えれば増えるほど動きは遅く、自重による負傷のリスクも高まるという欠点もできる。だからこそモンスターと呼ばれる生き物の対応には、ハンターのような専門知識を持つ職が必要になってくる。
「神獣が凄いって言われるのはね、何処に住んでるかも分からないくらい稀にしか姿を現さない事と、見つけても他の生物じゃ耐えられない環境にいるからなんだって!」
ハンターをやっていた俺でさえ空想の生物と思ってしまうほど目撃情報が無く、人里に近づくにもこの嵐のような環境でないと姿を現さない。これならなかなか目撃情報が無いのも頷ける。つまり神獣とは詰まるところ、如何に見つけるかが大変な生物という事だ。しかし……
「でもよ、仮に神獣がそんなに強くなくても、お前らこの嵐の中戦う気なのか?」
外は薄暗く、土砂降りの雨に加え木々を揺らすほどの強風が吹いている。この状況では視界も悪く音による意思の疎通も困難になってくる。もっと言えば長尺物の武器は風に煽られ精度を欠き、雨に濡れる事によって動きも悪くなる。正直環境としては最悪だ。
「腕を上げるには劣悪な環境を選べ、って言うでしょう?」
お前ら死ぬよ? 大体それ、職人に対しての言葉だから。
もうすでにやる気満々の女子ハンター三人は、力強く拳を握り熱意を露わにした。
俺としては別に自分が行くわけじゃないから知ったこっちゃないけど、後々、「どうやらクレア達がピンチですリーパー! さぁ今こそシェオールの英雄の出番です!」とかリリアに言われて駆りだされる気がする……
「リリア、お前本当にこいつらに依頼する気なのか?」
そこでなんとかギルドからは依頼を出さないようリリアの説得を試みた。すると意外な言葉が返って来た。
「いえ。出せるわけないじゃないですか」
「えっ!?」
リリアの返答次第ではすぐにでも飛び出しそうな勢いだったクレア達三人は、揃えたように驚いた声を上げた。
「おい! どういう事だリリア! さっきまでの言葉はなんだったんだ!?」
「そうだよリリアさん! 『これでもう下らない商戦などしなくて済みます』って言ってたのなんだったの!?」
リリアがきっぱり駄目だと言った事にも驚いたが、それ以上に半ギレでリリアに喰って掛かるクレアとマリアに驚いた。って言うか、こいつ今まで俺にさんざん窓拭きとかやらせておいて下らない商戦とか思ってたの!?
「まぁ落ち着いて下さい。あれはそういう意味で言ったわけじゃありませんよ」
「じゃあどういう意味だ!」
あ、強欲過ぎてもうクレアがフィリアに見えて来た……
「あれは神獣が来たを謳い文句に、蛍池をシェオールの観光名所に出来るという意味ですよ」
クレア達の強欲さもさることながら、神獣を利用して新たな策略を思い付くリリアもヤバイ。
「蛍池はただでさえ水が綺麗で景色の良い場所ですから、神獣が来たと分かればすぐにでも観光客は来ます。そうすれば神獣のキーホルダーとか、神獣水! とか言ってそれらしい瓶に水を入れて売ったり、ジョニーにハクウンノツカイをイメージした新作の料理を作ってもらったり、あっ! ハクウンノツカイをイメージした防具を作り、リーパーに来て宣伝して貰えば、シェオールの英雄と合わせてさらに効果が期待できます! そうすればハンターギルドはもう敵なしです!」
ハクウンノツカイを狩って儲けを企むクレア達だったが、より効果的で且つより安全な方法で金儲けを企むリリアの狡猾さに驚いているようで、もう言い返せなくなっていた。
「それに、蛍池で戦闘をすれば町に被害を及ぼす可能性があります。ですからハンターギルドとしては許可を出す事は出来ません」
ふざけた発言の後の正論。リリアが持つ力のある言葉に、この後クレア達はがっかりして静かに帰って行った。




