責任者
唸るような風と打ち付けるような雨は、営業を開始するとさらに勢いを強めた。それもあり客足は鈍く、外の忙しなさと打って変わって、しばらくギルドの中にはゆったりした時間が流れた。
本日は休業を決めたジャンナでは、滅多に無いこの機会を利用して各所の清掃を始め、暇を持て余しているヒーは掲示板の掃除を始めた。ただエリックだけは、獲物を狙う狩人のように今や遅しとお客様に満を持していた。
台風という災害に見舞われている中、不謹慎と思われるかもしれないが、いつもとは違う動きをするスタッフを見て、のんびりした雰囲気に良い職場だと思った。それでも自主避難だが、本日初のお客様が姿を現すと普段と同じような空気が流れ始め、今日は楽できると思っていた俺の淡い期待を吹き飛ばした。
しかしその後も来る客は自主避難者ばかりで、結局受付としての業務は全く無く、その日はスタッフとしては大した仕事は無く、普段よりは大分楽が出来た。
台風二日目
昨日から徹夜で暴れまくっている台風は今日も朝から元気で、休日出勤する事を決めた通勤中の俺を前日同様びしょびしょにしてくれた。そしてギルドの方も昨日と同じスタイルで、本日も避難者の受け入れを優先させることが決まった。
「今日はさすがに避難指示出るかな?」
「……どうですかね?」
本日の俺は一応待機要員であるため、特にやる事は無かった。そこで一人トイレ掃除に勤しむつもりだったのだが、同じく暇を持て余していたエリックが手伝ってくれる事になり、二人仲良くいつも以上に丁寧に便器の掃除をしていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
なんか喋れや! 確かに真剣に掃除してるのは分かるよ? それでも折角一緒に掃除してんだからもう少しなんか喋ろう?
エリックもリリアと一緒で、何かに集中すると無口になるタイプだ。そのせいで俺がどんなに話題を振っても一つ返事で終ってしまう。
「エリックって、掃除好きなのか?」
「……どうですかね?」
「…………」
「…………」
あっ、一つ返事って言うかもう空返事だ。っていうか、どんだけ一つの便器で時間喰ってんだよ!
「エリック」
「はい」
「もうそれくらいで良いよ。次俺床掃除するから、エリックは洗面台掃除して」
「任せて下さい!」
返事とやる気、この二つは申し分ないエリックだが、今まで手品師くらいしか職に就いたことは無いのか、企業に利益をもたらすという意識は乏しく、どうしても自分が納得する事を優先してしまいがちだ。だがこういうタイプはそれを覚えればかなり綺麗な仕事をする腕の良い職人となる可能性がある。まぁエリックは今後そんな仕事に就くとは思えないけど……
「では今バケツを片付けますので、少しお待ちください」
几帳面さと根性も兼ね備えているエリックは、そういうとゴム手袋を脱ぎ、バケツを洗い、再び手袋をするとたわしを綺麗に濯いだ。そしてそれが終わるともう一度バケツを洗い、最後にそこで素手でゴム手袋を洗い、再度バケツを入念に洗った。
次に使う人の事まで考え、常に清潔さを心掛ける。もしエリックがうちのスタッフになったら、俺は直ぐに追い越されてしまうだろう。そんな気遣いを見せるエリックにそう思った。だが、そこからさらにバケツに付いた水滴を雑巾で拭き始めたエリックに、こいつは仕事が遅い。と残念な気持ちになった。
「うん?」
声が聞こえ振り返ると、まだ丹念にバケツを拭いていたエリックが何かを探るように頭を動かしていた。
「どうしたエリック?」
「あ、いえ。何でもありません」
「そうか」
「えぇ」
恐らく遠くの雷でも聞こえたのだろう。エリックは耳も良いのだろう。……って言うか、いつまでバケツ拭いてんだよ!
それでも手を抜かず魂を込めて手伝ってくれるエリックのお陰もあり、トイレはとても清潔で綺麗なものとなりつつあった。
――しばらく、いや、ややしばらく手抜きを知らないエリックと共に掃除を続けていた。だが一人でやるよりも圧倒的に時間を浪費していたのがリリアの目にも止まったのか、突然ジョニーがトイレにやって来た。
「兄さん、ちょっといいか? リリアが呼んでいる。すぐに受付に行ってくれ」
「えっ!」
やっべぇ! 完全にサボってると思われた! でもこれは違うんだよ、俺達はただ懸命に掃除をしてただけなんだよ!
「……あぁ、分かった」
例え一生懸命作業をしていても、結果として成果を上げられなければ評価はされない。何より今まで一人でやっていた以上の時間が掛かれば、それはサボりと取られても仕方が無い。
「じゃあエリック、俺少し離れるけど任せても良い?」
「はい、大丈夫です」
しかしそれは、俺がエリックという作業員を上手く扱えていないという証明でもある。
「じゃあ任せたよ」
「はい!」
一人じゃ品質を保証できない仕事をするのが半人前。一人で仕事を納められて一丁前。そして人を使えて初めて職人。
俺はまだスタッフとしては半人前だ。それでも社会人としては一人前の自負はある。だからこそ今怒られるのは俺でなくてはならない。そう、責任を取るのが上に立つ者の役目だ!
そんな強い意志を抱え、胸を張ってリリアの待つ受付へと向かった。
「あ、リーパー、来ましたか」
「あ、あぁ。そ、それで、どうした?」
「実はですね……」
出来ればここでは怒らないで~。俺だって一応大人なんだし、体裁ってもんがあるわけ。だからせめて焼きを入れるなら誰にも知られないようお願い~。
「先ほど自警団が来て、蛍池に見た事も無い生き物が出たらしいんですよ」
「え?」
あれ? 怒られるんじゃないの?
「体が白く蛇みたいに長くて、長い髭があるらしいんですけど、リーパー知りませんか?」
「え? ……あ~、よく分かんないな……」
なんだそういう事? 俺てっきり怒られるかと思ってたからビックリしちゃった。もう脅かさないでよ~。
「資料を見ても分からなくて、恐らく図鑑にも載っていない希少種だと思うんです。だからそういう方面でも見当は付きませんか?」
「え? そうなんだ……へぇ~」
やっべ! あまりに奇をてらい過ぎて話聞いてなかった! リリアは一体何の話してたの!?
「…………」
あっ、やべっ! あまりに適当な返事したからリリアにバレた!? ど、どうする……あっ! そうだ!
「悪い、もうちょっと詳しく教えてくれる?」
「えぇ。構いませんよ」
良かった~、バレてない。
「先ほど自警団が来て、ギルドの看板が無くなっていると報告がありました」
「えっ! マジで!?」
「…………それで、何故か看板がリーパーの家から発見されたようなんです」
「嘘だろ!? なんで看板が家に!?」
なんでなんで!? 一体誰がそんな事したの!?
「…………リーパー、ここからはちょっと他言できない話なので、ちょっと耳を貸して貰えますか?」
「えっ! な、なんだよ?」
もしかして犯人の目星がついてるの!?
ここからは恐らく聞かない方が良い話だとは思ったが、それでも事の発端を知りたくて指示に従い耳を近づけた。すると、
「ニャー!」
「痛いっ!」
何故かは分からないが、突然リリアが俺の顔を引っ掻いてきた。
「なっ、何するんだよ!」
「貴方、先ほどの私の話全然聞いていませんでしたね!」
「聞いてたよ! 看板が盗っ……盗まれた話だろ?」
勢いに任せて危うく機密情報を大声で漏らすところだった! リリアは一体何を考えてるんだ!
「違います!」
えっ! 違うの!? じゃあ今の話は一体なんだったの!?
「今日の貴方はどうしたんですか? トイレ掃除は遅いし、人の話は聞かない。やる気が無いのなら帰ってもらっても良いんですよ?」
厳しい! マジの叱責じゃん!
「い、いや、そういうわけじゃないけど……」
エリックが悪いわけじゃない……いや、もう言うけど、それでもエリックが悪い! でも……くぅ~!
「すみませんでしたっ! だからそれだけは勘弁して下さい!」
もう謝るしかないよね? だって悪いの俺だもん!
「まぁ良いです。ではもう一度だけ説明しますから、今度はきちんと答えて下さい」
「分かりました!」
決して仕事に対してふざけていたわけではない。それでも誠心誠意をもって謝れば、必ず想いは届く。ギルドスタッフとして俺はまた一歩成長した気がした。
「ではリーパー、おっぱいとお尻、どっちが好きですか?」
「殺すぞてめー!」




