台風
トンボがぽつらぽつら姿を現すと次第に蛙の合唱も多くなり、日中でも過ごしやすい秋らしい気候になって来た。田畑に植えられた作物も全盛期を迎え、農家では今や遅しと鎌を研ぎながら収穫を待ち望んでいた。
この秋の到来に、冒険者ギルドもフラットも紅葉感じさせる料理や音楽で様々な戦略を打ち出してきた。これに対してジャンナでも秋をテーマにした料理で対抗したが、まだジョニーの新作も出来ておらず、毎年恒例感が否めないメニューでは勝負にならない状態だった。そして奮闘虚しく既にエリックの手品効果も薄れ、苦しい状態が続いていた。
これにはてっきりリリアが息巻いて対抗策を打ち出すのかと思ったが、ミサキの一件以降パタリと大人しくなり、ハンターギルドはほぼ商戦から脱落したような状況になり始めていた。
そんなリリアの気持ちが反映されたかのようなハンターギルドは、本日は雨という事もあり、ほとんど客が来ない寂しいものだった。
「やっと秋らしくなって涼しくなったのは良いけど、このしとしと降る雨は勘弁して欲しいですね?」
「そうね。洗濯物全然乾かないし、生乾きの臭いとか残るから嫌なのよね」
今日は朝からずっとマリーさんと受付を担当していた。しかし軒先からぴちゃぴちゃと音を立てる雨模様では誰一人依頼を受けには来ず、ずっと暇をしていた。そうなると無駄口が自然と多くなる。
「あ~それ、分かります。今年の夏は雨少なかったから、しばらくはずっと雨降るんじゃないですか?」
「あれ? リーパー君って新聞とか読まないの?」
「え? えぇ……まぁ……」
やはり大人のステータスとして新聞は読むべきなのだろう。でも社会情勢とか知ってもねぇ~……
「なんかこの雨、台風の影響らしくって、明日か明後日にはシェオールも大分荒れるらしいよ」
「えっ! そうなんですか!」
「うん。だからあちこちの農家で台風養生するのに、今忙しいらしいよ?」
知らなかった~。実家農家なのに全然気づかなかった!
「へぇ~。だから今日は特にお客さん少ないんですね」
「多分ね。多分今頃はリリアちゃんも色々準備してるだろうしね」
今日はリリアの休日だった。リリアは休日でもほとんど朝はギルドにいた。それが今日は姿を見ないと思ったら、そういう事だったらしい。
「どうですかね?」
それでも台風なんて毎年のように来るから、リリアは家で呆けてるだろう。
「またそんなこと言って。リリアちゃんに聞かれたら何を言われるか知らないわよ?」
「思っててもリリアなら勘付きますよ」
「あっ、それは言えてる」
雨により客が少ない事と、リリアが休みな事が俺達の会話を弾ませた。本来仕事中に気の抜けた事をしていてはいけないのだろうが、マリーさんとコミュニケーションを取り、お互いを理解し合う事も大切だ。
心地良い職場環境とは、やはり円滑な人間関係が物を言う。例え一流の職人を揃えても、人間関係が悪ければ仕事効率も落ち、質の良い仕事はできない。だからこれも先行投資と考えれば決してだらけているわけではない。という事でお願いします。
「でも荒れるって、今回の台風はそんなに大きいんですか?」
「うん。なんでも十年に一度クラスの規模らしいよ」
「マジっすか」
毎年そんな事を聞くような気がする。用心するには越したことは無いけれど、そう易々と十年に一度を聞くと、逆にレアリティを感じない。
「まだアドラとロンファン帰って来てないんですよね。大丈夫かなあの二人……」
ミサキに謝りに行くとき、すっげー強ぇ~モンスターが出た! と居もしない嘘を付き二人を仕事に行かせた。あれから二日経つが、あの二人は純粋過ぎるのか、未だに帰ってこない。リリアの話では俺の意図を読み、七日間期限のBランクの桃色岩塩を採取するクエストを受けさせたらしいのだが、あの二人なら期限一杯まで頑張りそうだ。
「アドラ君ってAランクなんでしょう?」
「えぇ」
「なら一回帰って来るわよ」
「だと良いんですけど……」
空の表情や雲の動き、風や湿度で天候を予測するのはハンターにとっては基本中の基本だ。アドラ達は常人より遥かに鼻が良いため、そういう雨の匂いなどは敏感に反応する。だがしかし、その後の危険予測は子供以下なため、一時撤退という言葉さえほとんど知らない。
「また~、リーパー君ったら~」
それを知らないマリーさんは、俺が冗談で言っていると思っているようだ。
「ちょっとすみません。俺ちょっとヒーに言ってきます」
「え? それは心配し過ぎじゃないの? それに自警団だって警鐘は鳴らしてると思うよ?」
台風などの災害を事前に予知できると、ギルドの方でもハントエリアに警鐘や狼煙で教えてくれる。アドラ達にもそれは教えてあるが……
「一応念の為ですよ」
言葉ではそう言ったが、内心ではかなり焦りを感じていた。最悪の場合というか、すぐにでもアドラ達を連れ戻させるために、自警団に連絡を取ってもらおうとオフィスで仕事をしているヒーの元へ向かった。
「ヒー、ちょっといいか?」
「どうしましたリーパー?」
デスクで仕事をしていたヒーは、俺が声を掛けると書面を裏返した。なんちゃらかんちゃらポリシーとか言う個人情報を守る為の基礎らしく、俺も何度も注意されたが、これを条件反射のように行えるヒーはさすがだ。
「実はさ。アドラとロンファンが仕事受けて、まだ帰って来てないんだよね。なんか台風が来るとか聞いたからさ、自警団に連絡して引き返すようお願いしてもらえるかな?」
「それなら大丈夫です。昨日のうちにリリアがもう頼んでいます」
「え? そうなの?」
さすがリリア。ああ見えてやる事はきちんとやっている。
「はい。二人は特定危険地域に入ったのを確認されましたが、もう間もなく帰って来ると思いますよ」
狩猟エリアにもランクがあり、特定危険地域はAランク以上のライセンスを有する者がいなければ立ち入る事は出来ない。このエリアは凶暴なモンスターが多く生息し、地形や環境が過酷であるため、番兵がいて規制線を引いている。しかし入手できる物は希少価値が高い。アドラ達が受けた桃色岩塩も、キロ一万ゴールドは軽く超える価値がある。
「そうか。なら良かった。悪いな心配掛けて」
「いえ、私も朝礼で報告するべきでした。すみませんでした」
ヒーはリリアと違って口数が少ない。それは朝礼でも如実に反映されている。リリアの場合必要以上の報告が多く無駄も多い。逆にヒーは必要最小限の報告だけで済ますが、その中には言わなくても分かるでしょうという物もあるため、こういう事はたまにある。
「いや良いよ。俺だって……あれ? それってなんて頼んだの?」
「どういう意味ですか?」
「アドラ達の件」
「台風が接近しているので、狩猟区域内にいる、アドラ・メデク、ロンファン・イル・ローエルに周知させて下さいと伝えたようですよ」
「え? それだけ?」
「はい」
それはマズイ! あの二人なら……
「あ~、帰れって~言ってますよ~、アドラ~」
「え? なんで?」
「雨が~降りそうだから~、じゃないですか~?」
「え? 雨降ったらなんかマズいの?」
「さぁ~?」
「じゃあ雨降ったら帰ろうぜ?」
「はい~」
とか言って絶対帰ってこないよね!?
「ヒー、俺ちょっと自警団に行って、アイツらに直接帰るよう言ってもらうように頼んできていいか?」
「え? 何故です?」
ヒーは二人の性格を知っているはずだ。それでも何を言っているんだという表情をするヒーは、二人がAとBという高ランクだからだろう。
「あの二人、多分そのくらいじゃ帰ってこない」
「しかし、仮にもアドラはAランクですよ? 引き返さなくとも台風をやり過ごすだけの技能は心得ていますよ」
はい出た! 高ランクだから大丈夫。確かにプロである以上そう取られても仕方が無いけどさ、プロだって出来無い事はあるからね!
「ヒー。俺一応アイツらの師匠なんだぜ? その師匠の俺だって山や森で台風やり過ごせって言われたら、キツイものがあるんだぞ? それも特定危険エリアにいるんだろ? 下手したら死ぬかもしれないんだぞ?」
それを聞いて、ヒーは考えるように視線を下げた。
「……分かりました。ではリーパーは急ぎ自警団に向かい、用件を伝えて来て下さい」
「ありがとうヒー。すぐ行ってくる!」
緊急性を感じた俺は、雨の中跳ね返る泥で裾が汚れるのも気にせず自警団に走った。




