悪かった……
走り出したロンファンを追いかけ進むと、やはり誰かが騒いでいるようで徐々に話し声が聞こえて来た。その声は近づくにつれ喧々したものに変わり、声の主がマリアとミサキと分かる頃には明らかに言い争いをしているのが分かるほどだった。それを受けて、すでに到着していたロンファンは二人の争いを見て、ずっと唸り声を上げていた。
ロンファンは怒りなどの負の感情を嫌う。おそらく走り出したのは、今歩いていた道はロンファンの縄張りになっていて、それを確認しに来たのだろう。そしてその縄張り内で争いが発生している事に不快を感じ、二人に止めるよう威嚇音を出している。しかし残念な事に、ロンファンもアドラも仲裁という言葉を知らない。その為ロンファンは唸り、アドラは横でただ黙て立っている事しかできない。
「どうしたマリア。何騒いでんだ?」
間違いなくミサキの勧誘の件で揉めているのだと思った。だが先ずは中立を主張するため、できるだけ刺激しないよう穏やかな声で呼んだ。
「あっ、リーパーさん。フーちゃんがしつこいの、助けて」
俺の姿を確認したマリアは、正に助け舟と言わんばかりに駆け寄って来たが、それを見てロンファンがさらに唸り、マリアが足を止めた。
「落ち着けロンファン、マリアだよ。知ってるだろ?」
それほど強い口調で言ったわけではないが、ロンファンは目だけでマリアを確認すると小さく肩を窄めて唸りを止めた。しかし眼つきだけは鋭く、マリアを睨むように見ている。おそらくまだマリアには負の感情が出ているのだろう。
「で。マリア、一体どうしたんだ?」
「え? で、でも……ロンファンさん、大丈夫……」
唸りはしなくなったが、マリアが近づこうとするとロンファンは犬のように右頬を吊り上げ、牙を見せて近づくなと威嚇している。ロンファンは一度感情が昂ると気持ちを抑えるのに時間が掛かる。
「アドラ、ちょっとロンファンの頭を撫でてやれ」
「え? ……あぁ」
ロンファンをなだめる一番の方法はボディータッチだ。昔はロンファンが獣人のクォーターだと知らず色々苦労したが、それを知ってからは大分ロンファンを知るようになった。
「ロ、ロンファン……行くぞ……」
普段はさり気なくロンファンを撫でているアドラだが、それはほとんど意識をしていたわけではないようで、いざ触れと言われ変な意識が働いたのか、恐る恐る手を伸ばし始めた。すると当然のようにロンファンはそろ~っと伸びてくる手を怖がり、アドラに向かって牙を見せ始めた。しかしそこは鈍感なアドラ。それでも構わずロンファンを触ろうと手を伸ばし、結局手を噛まれた。
「痛っ!」
だがそのお陰か、痛がるアドラの姿を見てロンファンは直ぐに大人しくなった。というか、この二人って何がしたいの!?
「ア、アドラ~! ごめんなさい~……」
「あぁ大丈夫。気にすんな」
怪我はなかったようでアドラは気にするなと優しくロンファンの頭を撫でた。それ! さっきそれをすれよ!
ロンファンの気が抜けた事でやっとマリアも安心したのか、少しでもミサキと離れるようにこそっと俺に近づいてきた。
「それで、何があったんだ?」
「フーちゃんがね、何回も冒険者になれってしつこいの。だから私が嫌だって言ったら、『そしたらお金を上げるからなってくれ』って言ってきたの!」
「それ本当か?」
「うん! それに今はまだ他の冒険者もいないから、今なら私でもすぐにリーダーになれるって言ってきて、でも私は別に冒険者になりたいわけじゃないし、ハンターにだってなったばっかりなんだよ? フーちゃんは軍資金としてくれるって言ってたけど、私は先ずCランクになりたいし、武器だって決まってないんだよ? それなのにフーちゃんは……」
声は荒げないが、興奮していて言葉が速い。頭は良くてしっかりしているイメージのあるマリアだが、こういう所はまだ子供だ。なんとかして自分の正当性を示そうと喋りまくる。
「リーパーさんだってそう思うでしょ? 冒険者になるにしても先ずはハンターとして自立できなきゃ駄目だって?」
「え? ……あぁ、そうだな」
「大体ハンターから冒険者になる人は少ないの私知ってるんだから。冒険者は派閥とかあって、同じギルド内でも仲悪いんでしょ?」
そういう裏事情も本とかに載ってるの? なんでマリアみたいな子供までそんな事知ってんの?
「それにキングを決めるときなんて強さとか関係なくて、結局政治家みたく派閥の人数が多い方から選ばれるんでしょ? 私そんな嘘つきの冒険者になんてなりたくないもん!」
子供って凄いね。俺の知らない情報まで知っていて、悪や汚いじゃなくて嘘つきって表現したよ。悪よりは可愛く聞こえるけど、どんより濁った感じにはピッタリの言葉だよ。
「まぁマリア落ち着け。ミサキだってマリアだから誘ってるんだし、一回話をさせてくれ」
「う、うん……」
強引に勧誘するミサキが悪いことは分かっている。だがこのままでは全く話にならない。というかこれ以上マリアの愚痴を聞かされるのは勘弁して欲しい。それにミサキも言われっぱなしでは癪だろう。そこで話をまとめる為にミサキに声を掛ける事にした。
「ミサキ。今マリアが言っていた事、本当か?」
ハンターとしても社会人としてもマリアよりずっと経験があるミサキだが、年齢的にはマリアとはほとんど変わらない。たしかに仕事が関係した話ではあるが、ここは子供の口喧嘩だと思いマリアと同じ対応を取る事にした。
「はい。確かにマリアの言った事は本当です」
少し離れた所でそう答えるミサキが幼く見えた。それは夜道という事と、他所から来たという背景があるからだろう。そう思うと一人離れて佇むミサキが忍びなかった。
「ミサキ、ちょっとこっちに来い。俺が間に入るから三人で話しようぜ?」
「…………いえ、私はここからでも構いません」
かなり逡巡したが、ミサキは嫌だと小さく首を振った。
「……そうか、じゃあそこからでもいい」
拒否した姿に、ミサキは俺に心を許していないのではなく、シェオールそのものに馴染んでいないのだと思った。だからこそ唯一心許せるマリアを執拗に追い掛け、まるで依存するように、孤独さに耐える支えとしているのだろう。それを確かめる為に敢えて質問する事にした。
「ミサキ、どうしてマリアをそんなに冒険者にしたいんだ?」
「……それは貴方には関係無い事です」
この答えに、俺の読みは確信に変わった。貴方には関係無い。それはつまり俺には関わって欲しくはないという事だ。しかし逆を言えば、それはどんなに苦しい時でも助けを求められないという事だ。今のミサキは、十五で一人アルカナに出た時の俺と同じなのかもしれない。
「そうか……クレアは誘ったのか?」
これ以上マリアを追い回すのはやめろ! 初めは強い口調でそう言ってやめさせるつもりだった。だが昔の自分と重なるミサキを見ていると、なんでもいいから手助けをしてあげたくなった。
「いえ。マリアにしか声を掛けていません」
「ふ~ん。そうなんだ……」
これ以上掛けられる声が無かった。今現在でもマリアは俺とロンファンとアドラの傍に居る。それに対してミサキの傍には誰もいない。まるでミサキの孤独さを表しているようだった。
「まぁ今日はもう遅いから、今日はこれで終わりにしようぜ? 話の続きは明日ギルドででもしようぜ? それでいいだろマリア?」
「え? う、うん……」
今の俺ではどうしようもなく、リリア達の力を借りる事にした。リリアとヒーなら同じ高魔族として分かり合えることが出来るはずだ。
「というわけだミサキ。それでいい……」
「嫌です!」
今まで冷静な態度を取っていたミサキだが、突然声を荒げて拒否した。そして堰を切ったように感情を露わにした。
「どうせ話し合いになっても私だけが悪者として扱われるのは嫌です! どうして皆マリアばかり庇うんですか!」
「そんな事は無いよ……」
「嘘! 私が冒険者に戻ろうとしても誰も止めなかったじゃないですか! なのに何故マリアが冒険者になりそうになったら皆して私を悪者扱いするんですか!」
ロッドを強く握り大声で叫ぶミサキは、冒険者としてもハンターとしても実績のある社会人ではなく、ただの幼い少女にしか見えなかった。
「それはまだマリアがハンターになったばっかりだからだよ」
「ならそれこそおかしいじゃないですか! 私の方がハンターとしてギルドに有益な存在のはずなのに、どうしてDランクのマリアばかりなんですか!」
「それは……」
やはり子供は凄い。大人が思っている以上に考え、正論を導き出している。
「私がよそ者だからですか! それともトラブルを起こしてきたからですか!」
「違うよ。そんな理由でミサキを悪者にするわけないじゃないか?」
「じゃあなんでクレアまで使って私にいじわるをするんですか!」
クレアに依頼するのは大人として適切な判断だと思っていた。だがそれは相手がAランクまでになったミサキという大人目線の考えでしかなかった。普段のリリアならきちんとミサキの年齢も考慮して対策を考えたはずだが、冒険者ギルドの設立、フラットの参戦という状況が判断を鈍らせた。それは全てをリリア任せにしていた俺達も同罪だ。
「……悪かった」
「悪かった? それはやっぱり私を悪者だと決めつけていたということですか!」
「違う! 俺達がきちんと対応しなかったからミサキが悪者になったんだ! だから誰も初めからミサキを悪者なんて思ってないよ!」
勤め人として悪かったは絶対に言ってはいけない言葉だと知っていた。それは企業の非を認める事であり、場合によっては賠償責任を認めたという事にもなるからだ。それは世間一般的に常識で、例え自社に落ち度があってもなんとかして非を少しでも減らす可能性を残すために言ってはいけない言葉だ。だが、今の俺は社会人としてではなく、一人の人間としてミサキに詫びたかった。当然ミサキはこの言葉に激高する。
「じゃあギルドが私を悪者にしたんですか! それなら初めから私を悪者にするためにシェオールに……」
「お前達何を騒いでるんだ!」
突然後方からそう聞こえ、驚いて振り返ると顔見知りの自警団員の姿があった。興奮していつの間にか大声になっていたせいだ。
「なんだリーパーか。お前もういい大人なんだから騒ぐなよ」
「あ、いや……すんません……」
これは大人としてかなり恥ずかしい。落ち着いて対処すればこうはならなかった。ミサキだって……
振り返ったときには、もうミサキの姿は無かった。




