夕涼み
夕食を済ませシャワーを浴びると、今日も一日が終わったとソファーに腰を下ろした。しかし今日は珍しくロンファンとアドラが散歩に行きたいと言った。普段なら家の中でゴロゴロしながらのんびりするのだが、ここ最近俺が外食で不在の間に兄が外へ連れ出したのが癖になったらしい。この歳になると次の日も仕事だと帰ってからの外出は正直億劫なのだが、今日は気温も程良く風呂上りというタイミングだったので、夕涼みがてら二人に付き合う事にした。
「あ~! 秋の匂いがします~。明日から~秋ですね~」
ロンファンは天を仰ぐように鼻を鳴らしそう言った。見上げた夜空には紫と紺のグラデーションをバックに満点と言って良いほど星が瞬いていた。
「そうだな」
「はい~」
匂いまでは分からないが、肌に当たる夜風と落ち着きのある涼しい羽虫の音が、もうすぐそこまで迫る秋を感じさせた。
「なぁ師匠?」
「どうしたアドラ?」
アドラは基本的に出不精で、本来なら家でのんびりしたかったはずだ。だがシェオールに来てから前以上にロンファンに依存しているようで、渋々ながらでもついて行くしかなかったのだろう。それは環境の変化からなのか心境の変化からなのかは分からないが、もしかしたらアドラはシスターコンプレックスを抱えているのかもしれない。
アドラがロンファンに恋をしたのかとも思ったが、二人の行動を見る限りでは兄妹と言ったほうがピッタリくる。それにもしそうだとしたら、この先俺だけが空気を読めないのけ者にされてしまう。そんなことになったらもう二人は破門だ! 師匠の許可なしに付き合う弟子などけしからん! というわけでアドラはシスコンだ!
そんなアドラだが、今夜の散歩は心地良いようで声にストレスを感じさせなかった。
「星って一体なんなんだ?」
星空を見上げ子供のような事を聞くアドラはとても絵になった。魔王を輩出するインペリアルだけに闇が似合うのだろう。しかし今感じた姿は、純粋で神秘的なものだった。
「さぁな。アドラが生きてるうちに、どこかの偉い学者が発見してくれるよ」
インペリアルはマリア曰く、千年生きるらしい。それだけあれば今は謎だらけの星の正体も解明されるだろう。
「そりゃすげぇな」
「学者だからな」
だがその頃にはアドラは星になど興味を示さないだろう。インペリアルは大人になるにつれ凶悪になるらしい。今はまだ四十歳という子供だから目を輝かせて星空を見上げているが、その無邪気さもいずれ……やっぱり四十歳は子供じゃないよね? いくら種族が違うからと言っても、四十年も生きれば立派な大人だよね?
「あ、そうだ。蛍でも見に行こうか? この間兄貴と見に行ったんだろ?」
気持ちの良い散歩をさらに心地良いものにするため、風情が欲しくなった。
「でも~師匠~、ここの蛍は~全然光らないんですよ~?」
「あ~そうか、ロンファンはこっちに来るのは初めてだもんな」
「いえ~、この間~兄師匠と来ました~」
ロンファンとアドラは、師匠というのはさん、または君、という意味だと勘違いしている節があり、シェオールに来てから俺が紹介した大体の人に師匠を付けて呼んでいる。ちなみにうちの家族はもれなく師匠が付いている。
「いやそういう意味じゃなくて、ミズガルドよりこっちに来るのは初めて? って意味」
「……ミズガルドは~あっちですか~?」
ロンファンは少し考えたと思ったら、適当に進行方向を指差した。
「いやそっちはアルカナだから」
「そうなんですか~? じゃあ~初めてです~!」
「そ、そうか……」
「はい~」
まぁ家だけ分かってれば問題無いや……
「この辺りにいる蛍はカワサギホタルって言って、普通の蛍よりは光が弱いんだよ。だからロンファンが知ってる蛍とは少し違うんだよ」
「へぇ~、そうなんですか~? じゃあ~、蛍じゃないですね~?」
「……そ、そうだね」
もうめんどくせぇや! 別に蛍を知らなくても死にはしないから、今はこれでいいわ。
「でも師匠、蛍ってなんで光んだ?」
「え?」
今日のアドラどうした!? 珍しく不思議に興味を持ってるよ! 何? 成長期でも来たの?
「あぁ、なんかメスを惹き付ける為の物らしいぞ。光って『恋人来い!』って感じ」
「へぇ~。じゃあ師匠も光れば恋人来んの?」
「いや俺はもういるし! お前ヒーって知ってるよな!?」
「え? ヒーって、大師匠の事?」
リリアとヒーに関しては、アドラとロンファンはどうやら区別が付かないようで、大師匠と偉大さをつけて誤魔化している。
「そうだよ! いつも後ろで髪縛ってる方!」
「へぇ~……で、師匠。こいびとって何?」
「!!」
マジかこいつ!?
「アドラ~。今のは~、来いって事と~来い~、人~っていう~、師匠の~冗談ですよ~」
「なんだそうだったのか。あはははは!」
「あ~ははははは!」
最近兄貴と関わる様になってから二人の様子がおかしい。あいつ二人に何教えてんだ!
今まで俺以外の人間とはほとんど繋がりが無かった二人には、兄という世話好きの人間はとても良い人に見えるのだろう。というか、兄貴もきちんと教えろよ! 冗談なら笑わなきゃならないって絶対勘違いしてるよ!
「無理して笑うのやめろ!」
「はい」
この二人一瞬で真顔になったよ! 二人の性格知ってなきゃ絶対ぶん殴ってるよ!
本当に困った二人に師匠として肩を落としていると、遠くで誰かが叫んでいるような声が聞こえて来た。
「ん? なんだ?」
何を言っているのか聞き取れず、再度声が聞こえないかと耳を澄ました。この声にはアドラも耳を振ったが何も聞こえないようで、俺の顔を見て無言で首を横にした。そんな中ロンファンだけには何か聞こえているようで、一点を見つめて動かなくなった。ロンファンは狼の血が流れているため聴力は半端じゃない。
そんなロンファンは突然唸り始めた。それを見て、どこかで雷でも鳴ったのだと思った。ロンファンは雷が嫌いで、昔一緒に暮らしていた時に、俺では聞き取れない遠くの雷の音を感知して突然唸りだすことがあった。
さっき聞こえた声も、誰かが遠くで光る雷を見つけ叫んだ声だったのだろう。そう思っていると、今度は急に走りだした。
「ロンファンどこ行くんだ!」
脚力も半端ないロンファンはあっという間に離れて行った。
あっヤバイ! ロンファンが逃げ……
この非常事態にアドラも直ぐに反応し、ロンファンを追いかけ始めた。
よし! アドラが行けば後は大丈夫だ。アドラならロンファンを捕まえられ……あ、ロンファンってうちの飼い犬じゃなかった……
それでもロンファンが走り出した理由を知りたくて、後を追いかける事にした。




