背中
相も変わらず今日もギルドの前で番兵。ただ少し変わったのは、エリックが横でマジックを披露し始めた事だ。来てまだひと月も経っていないが、もうすでに切羽詰まっているらしい。それというのも、フラットが雇った楽団があまりに好評で、そっちに客が引っ張られているからだ。
エリックは雇われであるため別段売り上げを出さなくても固定給は入る。そのうえチップも契約ではエリックの物になるのだが、プロとしての意地なのか、自ら店先に立ち旅行客をターゲットに客引きを行うと言い出した。
「奥さん! 手品を見て行きませんか?」
町民のほとんどは既にエリックのマジックを見ている。そのせいか、いくら町民に声を掛けても結構ですと手を振られて逃げられている。それでもゴミ拾いの効果が出ているのか、情け程度にやんわり断られる。
クローズなんちゃらとかいう、主にトランプやコインを使ったスタイルの手品で、より客と距離が近く、コミュニケーションを取れるという素晴らしい手品で挑むも全く相手にされず、用意した小さなテーブルと手書きの手品の看板が虚しい。そしてその横で無駄に防具を付け佇む俺は、さらに虚しさを倍増させていた。
「お父さん! どうですか手品?」
それでも果敢に攻めるエリックのアイアンハートにはプロ根性を感じていた。
「あっ! リーパーさん何してるの?」
「おうマリア、久しぶりだな?」
あれだけ必死になって客引きを行っていたエリックに対し、ただぼけら~っと突っ立っていた俺が本日初の客を捕まえた。世とは理不尽なものだ。
「うん。ちょっとアルカナに逃げてた」
最近姿を見ないと思っていたら、まさかアルカナにまで逃走していたとは……ミサキどんな追い込みしたんだ?
「アルカナにか? 結構宿泊費掛かったろ?」
「うんうん。親戚のとこに泊ってたからそうでもないよ」
「そうか。そりゃよかったな」
「うん」
緊急時でも計画的に逃げるとは……やるなマリア。
「それより、フーちゃんはどうなったか知ってる?」
「え? ……あぁ。ミサキは冒険者に戻ったみたいだぞ。この間タナイヴのメンバーと一緒に飯食ってるの見た」
「そうなんだ……」
マリアにとってもミサキが冒険者に戻るのは寂しいようだ。
「とにかく中に入れ。受付にリリアがいるから、ミサキの件どうなったか聞いてみると良い」
現在クレアがミサキに対してどう働きかけているのかは、雑談程度に聞いただけで詳しくは知らない。それに、マリアが近くにいると俺に対して話し掛けやすい状況ができてしまう。仕事としては上手くそれを利用して客引きを行うべきだが、正直もう立っているだけでも嫌なのに、これ以上また別の人に声を掛けられるのは勘弁して欲しい。だから御免マリア、早くどっか行って!
そんな俺の気など知らないマリアは、純粋な目で返事をする。
「うん! ありがとう」
うわっ! 眩しい! 汚れきった俺には眩しすぎるぜ!
マリアの純粋な光は悪しき大人には神聖な物のようで、一向に客を捕まえられないエリックが隙を見て狙っていたが、声を掛ける事すらできなかった。その姿はまるで浄化の光を浴びたアンデットのように儚かった。もうエリックも諦めて中戻れよ!
中に入ったマリアは早速受付に向かい、リリアに声を掛けた。リリアはそれを受けてマリーさんを呼び、交代してマリアと一緒に奥へと消えて行った。
マリアはあれでもライセンスを持つお得意様だ。幼い頃からよく知っていて、ほとんど親戚のような関係でもきちんとお客様として対応するリリアはさすがだ。いや、逆によく知る仲だからこそ、親身になって対応するのだろう。田舎は都会に比べればかなりいい加減だが、こういう面ではしっかりしている。
リリアが本気でマリアを心配していた事を知り、なんだか温かい気持ちになれた。だが丁度間が悪く、そこへミサキが姿を現した。
「お、おう、ミサキ。ど、どうした?」
ミサキはいつものスタイルで、まるで仕事でも受けに来たかのようにギルドに向かってやって来た。これにはさすがに今はマズイと思い、咄嗟に声を掛けた。
「おはようございます」
「お、おはよう」
ここ数日ミサキは冒険者ギルドに出入りしており、俺が罰でも与えられたように立たされているのを知っていた。そのためなんの疑問も持たずに平然と挨拶を返してきた。
「今クレアを探しています。知りませんか?」
「クレアを? いや、今日はまだ見てないけど? なんで?」
マリアの件で揉めたのか、それとも今度はクレアを引き抜こうとしているのかは定かではないが、今のミサキは危険な事に変わりない。ここはなんとかして用件を聞き出し、願わくばここでお帰り頂くのが最良だ。
「いえ、貴方には関係無い事です」
ミサキは仕事では愛想良くするが、心を許していない者には素っ気ない態度を取る。それは仕事に雑味を入れたがらないミサキの長所でもあり短所でもある。
「そうか。じゃあ今日はクレアは来てないから、家でも行ってみろよ」
ミサキが俺に対してスタッフとハンターという立場で接するのなら、当然俺もそう対処する。そんなミサキがきっぱり俺には教えないと言った以上、用件を聞き出すのは無理だ。それだけ俺とミサキの関係は疎遠であるという事だ。
「そうですか。では伝言でも頼んでいきます」
「受付にマリーさんがいるから、頼めばいいよ」
「えぇ、そうします」
ミサキは意外と常識人で社会の規則を厳守しようとし、仕事に対していい加減な態度を取る者を快く思わない。ここで俺が適当に、「じゃあ俺が聞くよ」などと言えば、ミサキは必ず不快感を露わにし、この人はスタッフとして質が悪いと思うだろう。もしそんな不信感を持たれたら、二度とミサキの信頼は得られない。だからここは正式な手順でミサキに手続きをさせ、帰らせるのが一番良い。それに、その方がミサキをマリアから遠ざけるのに一番早い。
その考えが正解だったのか、ミサキはなんの疑念も抱かず受付に向かい、ものの数十秒で会話を終えるとギルドから出て来た。
「では私は帰ります。もし覚えていたら、クレアに私が探していたとでも伝えて下さい」
「あぁ、分かった」
もし覚えていたら。あくまで社交辞令としてミサキはそう言ったのだろう。それを証明するようにミサキはほんの僅か会釈をして、その後一切振り返ることなく冒険者ギルドへ入って行った。
目は口ほどに物を言うとは聞くが、ミサキの場合は体全体を使い物を言う。それは人との繋がりを作りにくい人生かもしれないが、逆に言えばそれで作った絆は本物だという事なのだろう。
そう思うと、ブロークンギアと呼ばれ今まで一人で戦ってきたミサキは、シェオールで本物を見つけられたのかもしれない。だけど……このままではそれを失う可能性がある。
ミサキの背中が小さく見えた。




