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ギルドスタッフ! 3  作者: ケシゴム
シェオールの英雄 リーパー・アルバイン
20/63

小さな約束

 前回のあらすじ。


 思い悩むクレアから相談を持ち掛けられたリーパーは、クレアが前回のミズガルドでの活躍により王室騎士団からスカウトが来た事を告げられる。これに対しリーパーは、何故クレアより活躍した自分に声が掛からないと憤りを露わにする。だが、この話を聞いたことにより他言無用を強いられたリーパーは、重い十字架を背負う事になってしまう。そんな中、いよいよクレアが本題に入った。


「知らねぇよ!」


 王室騎士団からお声が掛かるという、超羨ましい話が来たのにも関わらず思い悩むクレアだったのだが、その理由が受けるか受けないかというまるで嫌がらせのような話に、さすがにイラっと来た。


「行けばいいだろ! なんでそんな話でいちいち悩んでんだよ!」


 どこに悩む要素あんの? 王室騎士団と言えば王様直属の組織で、ほとんど逆らえる者などいない超権力の組織だよ? それこそ給料だってべらぼうに良いだろうし、退職金もがっぽり付く筈だよ? 確かに有事の際はそれこそ命を落とすような戦いになるだろうけど、それだって生きてるうちに何回かくらいだと思うよ? 


「そう言わないでくれ。私だって悩んでいるんだ」

「悩むって、何に対して悩んでんだよ? 行けば贅沢な暮らしだってできるし、めちゃめちゃ良い装備だって貰えるんだべ? それに軍なら男だっていっぱいいるから、お前だって結婚できるチャンス増えるだろ?」

「け、結婚は関係無い! そ、それはお前には関係無いだろ!」


 あっ、意外と気にしてたんだ。なんかごめんね。


「じゃあなんだよ。いい加減に教えろよ」

「貴様がさっきから邪魔しているんだろ!」


 え? そうなの? クレアのこういうところ悪い癖だよねぇ~。


「分かったよ。もう俺は黙るから、早く教えろよ」

「きっ! …………まぁいい」


 クレアもこのやり取りにはうんざりしたのだろう、何か言い掛けたがグッと堪えた。


「私が悩んでいるのは、軍に入隊してシェオールを去るか、軍を蹴ってシェオールでハンターを続けるかだ」

「…………」


 それならさっさと言えばいいだろうと言いたいが、また俺が口を開くと面倒な事になりそうなので、今は黙ってクレアが言い終わるのを待つ事にした。


「確かに軍に入隊すれば生活は安定し、け、けけ、結婚も出来るだろう」


 何を動揺してんだか。こいつってもしかして婚期に焦りを感じてるの?


「だが私は軍人になりたいと思ったこともないし、別に憧れがあるわけでもない」


 ネストにはめちゃくちゃ握手求めてなかった? こいつの言う憧れって何なの?


「だったら今の生活を続けて、地道にSランクを目指した方が良いような気もするんだ」


 要は騎士団に入団する理由が無いって事らしい。王室騎士団と言えば軍人なら誰でも憧れる団だ。しかしそれはハンターには関係無い。クレアが俺に相談したのは同じAランクでもあり、引退して転職したからだろう。


「それに、今ハンターギルドは冒険者ギルドのせいで大分苦しい状況なのだろう? そこで私まで抜けたら、一体誰がハンターをまとめるんだ?」


 自分の事だけでなく周りの事までよく考えている。それだけクレアは何度も頭の中でシュミレーションしていたのだろう。俺が思う以上にクレアは真剣だ。


「私だってリリアからミサキの事を頼まれているんだが、まだ話はまとまっていない。マリアだってミサキの事が嫌いになったわけじゃないのだろうが、早く解決してやらなければいずれは距離を置くことになるだろう。それは私としては避けたい」


 目の前にニンジンをぶら下げられても、シェオールやマリアの事を考え思い悩んでいた。俺ももっと真剣に向かい合わなければならないようだ。


「リーパーだってそう思うだろ? 今現在シェオールにはリーパーも入れて四人のAランクハンターがいるが、お前は引退した、ミサキは冒険者に戻った、そして私がミズガルドへ行ったら困るだろ?」

「たし……」

「アドラ殿も確かにAランクだが……」


 あれ? この人いつまで喋る気なの? 俺に相槌すら入れさせないよ?


「アドラ殿では全員はまとめられないだろ?」

「そっ……」

「本来なら、年齢的にも実績的にもゴンザレスにまとめ役をやってもらうのが一番良いのかもしれないが……」

 

 これ相談だよね? クレアの愚痴を聞くために呼ばれたわけじゃないよね?


「ゴンザレスでは私は無理だと思う」


 え? ゴンザレスでは何が無理なの? もうなんの話してんのか分かんなくなってきた。


「ゴンザレスには悪いが、あいつはもう今のランクで満足してしまっているから」

「え? 何……」

「マリアもミサキも、アドラ殿もロンファン殿も、私の知る限りではあの四人は強い向上心を持っている。そんな若い連中をまとめるのに、すでに満足してしまっているゴンザレスではいずれ喰われてしまうだろう。いや、勘の良いマリアなら、下手すればアドラ殿たちと結託してゴンザレスとサイモンを追い出すかもしれない。お前だってそう思うだろ?」

「え? い、いや……」

「別に私はゴンザレスとサイモンが嫌いで言っているわけじゃない」


 クレアってこんなに喋るの!? 全然ワインには手を付けてないのにこんなに喋るの!? もういい加減止めないと俺何しに来たのか分かんなくなっちまう。


「ただあの二人にはもう少しやる気を見せてもらいたい。長く細くは決して悪くは無いと思うが……」

「クレア」

「やはりハンターなら常に高い向上心を持ち、Sランクになってやる! という……」

「クレア!」

「な、なんだ? あっ、おかわりか?」

「ちげぇよ!」

「じゃあなんだ?」

「なんだじゃねぇよ! おめぇどんだけ喋んだよ!」

「え?」


 自分では気づいていない所を見ると、これがクレアの本性らしい。ここまで夢中で話されたらリリアでも魂消るだろう。


「え? じゃねぇよ! 結局お前はどうしたいんだよ!」

「いやだから、私は軍に入団するべきか断るべきかで悩んでいるんだ」


 俺の質問にすんなり答えた事から、クレアの中ではあの長ったらしい独り言は繋がっているようだ。あれだけ喋って良く覚えてるよ!


「で、お前自身はどうなんだよ?」

「どうとは?」

「行きたいのか行きたくないのかだよ?」

「だからそこで悩んでいるんだ。私がいなくなればハンターのまとめ役がいなくなるし、ミサキの事も」

「それは分かったよ! そうじゃなくて、気持ちの問題だよ?」


 あぶねぇ奴だ。下手な事を聞くとまた同じことを繰り返しそうだ。


「……半々だ。あの由緒正しき王室騎士団に入り、己を高めてみたい気持ちもある。だが、ここに残りゆっくりでもいいからSランクハンターを目指してみたい気持ちもある……」

「結局どっちつかずって話か?」

「……あぁ」


 理想とはしていないが、誰もが憧れる職業になれるチャンスがあったら俺だって迷う。だが俺達も十分歳を重ねた大人だ。どうしてもその先を見てしまう。なった後で何かが違う、こんなはずじゃなかったと絶対思う。誰しもが憧れる職業は収入や華やかさ、自由度という良い面ばかりが目に付く。しかし少し社会経験を積めば、その裏の苦労や他者からのプレッシャー、蹴落とし合いなどのストレスが存在する。夢を追うより実現した現実と戦う方がよっぽど辛いのは、経験しなくともなんとなく分かる。クレアが悩んでいるのはそういう面も含めてなのだろう。


「なら俺はなんも言えねぇよ。お前自身がどうしたいかはっきりしてないなら、俺が言っても駄目だろ?」

「そんなことは無い! お前は私よりも人生経験は上だ」

「それはハンターを引退したって意味か?」

「……あぁ、そうだ」


 別に嫌味で聞いたわけじゃない。それでもクレアはそう感じたのだろう、俺から目を反らした。だがそうだとはっきり言ったクレアを、こいつも十分社会経験を積んだ立派な大人だと思った。


「だったら言わしてもらうけど、お前が決めてない今の状態で俺が行けって言ったら、お前はどうすんだ?」

「い、いや……それは……」

「じゃあ逆に行くなって言ったらどうする?」

「…………すまなかった……」


 人生の重大な決断をする時、ほとんどの者はすでに自分の中で答えを持っている。それでも相談するのは、その答えに確信と自信を持ちたいからだ。だからほとんどの場合こちらがどうすれと言っても本人の望む答えにしかならない。だが今のクレアはそれが無い。そんなクレアに俺が選択した答えを渡せば、クレアは間違いなくその答えを正解だと信じて進んでしまう。それはもうクレアの人生ではなく、俺が用意した人生になってしまう。


「別に謝らなくてもいいよ。それはすぐにでも返答しなければならない話なのか?」

「いや。向こうはこちらの都合が付いたら、手紙ででも答えを聞かせてくれと言っていた」

「ならのんびり考えればいいべ?」

「し、しかし……」

「のんびり考えすぎてお流れになれば、それはそれでクレアが選んだ答えなんだから問題無いよ。結局お前は今あるものを捨ててまで王室騎士団になりたいわけじゃないって事だろ?」

「……あぁ、そうだ」

「まだ手に入れてないものを逃すより、今あるものを失う方が辛いよ。特に仲間や絆ってものは、一度失うと一生悔やむ事になるぞ? これだけは引退した俺が言うんだから間違いないよ」


 ほんの一瞬だが、自分の掌がとても綺麗に見えた。皺だらけで傷だらけだが、何故かそう思った。


「だから焦らず考えろよ。そんで答えが出たらまた飯食わしてくれ?」

「あぁ……ありがとう」


 そこで初めてクレアはワインを飲んだ。

 


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