クレアとリーパー
夕方になり俺の終業の時間が近づくと、約束通りクレアがギルドにやって来た。鎧は着ておらず普段着姿で着たクレアは、ギルドに入ると何も言わず掲示板横のソファーに腰を下ろした。
いつもならギルドに来ると真っ先に受付に声を掛けに来るのだが、相当深刻な悩みを抱えているのか、仕事が終わって声を掛けるまで一人静かに俯いていた。
その姿に一緒に受付をしていたヒーも心配していた。ヒーには、クレアに相談を持ち掛けられ、仕事が終わったら一緒に食事でもしながら聞く事を告げていた。というか、一応ヒーに言っておかないとあとで浮気したと勘違いされても困る。もちろんヒーもそれを聞くと、分かったと納得してくれた。
「おう、待たせたな」
「いや、そうでもないさ。それより、すまないな」
帰り支度を済ませ声を掛けると、クレアの表情は暗く感じた。
「別に気にすんな。ただ、今日は飯要らないって言いに、一回家帰んないとなんないんだ。済まんけど一回家来てくんない?」
食事はいつも母が支度をしてくれる。なので一言声を掛けておかなければならない。
「そうか。なら悪いが、準備が出来たら私の家に来てくれないか?」
「え? 別にいいけど……」
なんかまた準備とかで待たされそうな気もする……
「じゃあ私は準備をしておくから、先に戻るぞ?」
「あ、あぁ。お前ん家って診療所の裏だろ?」
「あぁそうだ。赤い屋根の煙突が二つある家だからすぐ分かる」
「分かった。じゃあ後で迎えに行く」
「頼む」
口調は普段と変らないが、やはり元気を感じられないクレアはそう言うと、一人でギルドを出て行った。
家に帰り、母に夕食は要らない旨を伝えると、アドラとロンファンはやはり残念そうにしていた。いつも特に何をするというわけでも無いが、二人にとっては丁度良い遊び相手がいなくなるのはがっかりするくらい悲しい事なのだろう。それでも兄が、「じゃあ今日は蛍を見に連れてってやる」と言うと、「じゃあ師匠頑張って」と切り捨てられた。
外に出ると、夏至を過ぎた夕暮れが赤焼けるように鮮やかな色を放っていた。昼間は真夏並みに高かった気温も治まり、さっきまで鳴いていなかった蛙の合唱が涼しい風に乗って良く響いている。もうそこまで身に沁む季節が来ている。
クレアの家は西区にある。訪問したことは無いが、狭いシェオールなら「どの辺の誰々さん家の横」と言われれば大体分かるし、本人に聞かなくても雑談の中で誰かしらが教えてくれる。そう考えると、シェオールとはそれほど話題性の無い田舎なのだろうと思った。
西区に着くと表通りから裏通りに抜けた。この辺りは家の数も多くなく、ほとんどが平屋の一軒家が並ぶ。古い家もあり決してお洒落ではないが、一応シェオールの住宅街である。
そんな中でも地元の上にただでさえ何も無いシェオールで、診療所の裏と赤い屋根の煙突が二つという目印は、草原に佇む大樹より目立つ情報になり、案の定なんの苦も無くクレアの家を見つけることが出来た。そのうえご丁寧にクレア・シャルパンティエの表札まであり、迷うことなくノックをすることが出来た。
「クレア。来たぞ」
性格が良く出ている家は玄関扉も綺麗に掃除され、備品の破損も全くない。気遣いはどうかは知らないが、クレアは見た目通り綺麗好きで、古い家屋でも汚らしさを感じさせなかった。
「はい」
ノックをして間もなく中から返答があったが、そこからややしばらく待たされた。おそらくまた死出への旅路くらいの準備でもしているのだろう。そう思わせるほど待たされ、最後は腕組をしてしまうほどだった。
「すまん、待たせた」
やっと出て来たクレアは、先ほどギルドで会ったときとなんら変わらなかった。こいつは一体なんの準備をしてたの!?
「さぁ中へ入ってくれ」
中へ入れって、まだ準備すんの!? こいつ段取り八分って言葉知らないの!?
「準備って後どれくらい掛かるんだ? もうそのままでもいいから早く飯行こうぜ?」
前回の事もあり、さすがにこれ以上待たされるのは御免だ。そこで敢えて不快感を露わにして、態度で不満をぶつけた。
「す、すまない。もうあと少しだ。男性に夕食を振舞うのは久しぶりだから、手間取ってしまった。すまん」
「え?」
え? 何? まさかクレアに告白されんじゃないよね?
「とにかく上がってくれ、さぁ」
なんかクレアの態度がいつもと違う! それにさっきまで元気がなかったはずなのになんだか優しい! というか気持ち悪い!
「どうした? あっ、もしかして私の料理では不満だったか?」
「えっ! あ、いや……そういうわけじゃないよ……俺てっきりどっかで飯食うのかと思ってたから……」
「そうだったのか? それはすまん。誰にも聞かれたくない話だったから、招く事にしたんだ。汚い家だが勘弁してくれ」
誰にも聞かれたくない話? 相当込み入った話なのかもしれない。それはもしかしたら好きですの告白かもしれない。クレアだって俺がヒーと付き合っている事を知っている。だから内密に……いやそれは無いな。仮にもしそうだったら窓を突き破って逃げればいい。
「い、いやいいよ。じゃあお邪魔します」
「あぁ」
一体何を相談したいのかは分からないが、とにかく話を聞いてから考えようとお邪魔する事にした。
家に上がると女性らしい柔らかい匂いと優しい空気がした。しかし意外にも物は少なく小ざっぱりとしていて、所々にハンター用具が置いてあるだけで女性の部屋としては物足りなさを感じたが、クレアの男勝りの性格を考えると、“らしい”と思ってしまった。
食卓にはクレアが言っていた準備が着々と進んでおり、お洒落なテーブルクロスの上に皿やコップが用意され、造花の赤い花が一凛だけ飾られていた。それを見て、クレアなりに気を使い、懸命にもてなそうとしているのが感じ取れた。
クレアの方もまだ調理中で、俺をリビングに招き入れるとキッチンに戻り、料理の続きを始めた。
コツコツ煮込まれる鍋の音に包丁の音。特にやる事の無い俺の耳にはクレアの料理する音が良く聞こえる。手慣れているのか、その音は心地良いリズムを刻み安定感がある。きっとクレアは今までこうやって恋人に料理を振舞っていたのだろう。なんだか俺がその恋人になった気分だった。
クレアは新聞も読むようで、一部だけ綺麗に畳まれて置いてある。掃除はもちろんされており、細かな所まで豆に片付けをしているようでポイントは高い。そのうえ仕事道具もただ片付けるのではなく、アンティークのように飾ることで殺伐さを消している。この部屋を見る限り、何故未だに独身なのかが不思議なくらいだ。あっ、それは気遣いができないからか。
「待たせたな。今料理を運んでくるから、もう少し待っていてくれ」
余程腕によりをかけたのか、やっと“準備”が終わったクレアがサラダを持ってやって来た。
「あぁ。大丈夫だ」
木製の皿に盛りつけられたサラダは、赤や黄色の野菜で鮮やかに彩り、縁をレタスで襟を立たせたように飾る事で見た目にもこだわりを見せていた。クレアは意外と良い女なのかもしれない。
その後も次々に料理が運ばれてきた。そのどれもが綺麗に盛り付けられ良い香りを漂わせている。そしてパンを置くと最後にクレアは赤ワインを注いでくれた。料理としては一般的な家庭料理だが、テーブルの飾りつけとワインが登場した事により、食卓は上品なものへと変わった。
「こんな物しかできなくて済まないが、我慢してくれ」
クレアも仕事を離れれば普通の女性だ。女性にとって男性に手料理を振舞うのは度胸がいると聞くが、これだけやってもまだ不安なのだろう。
「十分だよ。ありがとう」
そう言うと、クレアははにかむ様に口元を緩めた。だがさすがはAランクハンターまで登り詰めた女性、恥ずかしさを誤魔化さず自信をもって、「じゃあ食べようか」と応えた。
皮肉な物で、ギルドスタッフ! 3は全然成果を出せないのに、実生活の仕事の方は前以上に順調です。そして小説よりもタイピングばかり上手くなるのが現実です。こういう創作物はもしかしたら作者の為にあるのかもしれません。でも私、小説家になりたいんですけど!




