英雄見参!
社会は悪事を働いた者を執拗に追い掛け、善事を働いた者には短い間だけ称賛する。それは生存競争に勝ち抜くために携わった本能。故に悪事ばかりが注目される。俺は今までそう信じ生きて来た……。
入道雲に照り付ける太陽。身を潜めたはずの蝉が鳴き、キリギリスが歌う。思い出したかのような最近の降雨で大分秋が近づいたと思っていた今日この頃、ぶり返したように夏が戻って来た。おそらくこの暑さが過ぎればもう夏は終わってしまうのだろうが、今日だけは戻ってきてほしくはなかった。
それというのも、おもちゃ屋の話で新たな方針を決めたリリアが打ち出した策により、まさかの役割が俺に回って来たからだ――
「リーパー、ハンター時代に使っていた防具とか、まだ持っていますか?」
「え? まぁそりゃ持ってるけど……なんで?」
前日の終業時、いつものように着替えているとリリアが突然そう聞いてきた。
「ギルドに飾るんですよ」
「え?」
え? 何を飾るって?
「リーパーってシェオールで初めてAランクになったハンターじゃないですか」
「ま、まぁ、そうだけど……」
一応俺は、シェオール出身で初のAランクハンターだ。
「ですから飾るんです」
「…………なんで?」
この子言葉足らずにも程があり過ぎない?
「前に言ってたじゃないですか。子供の来ないおもちゃ屋は潰れるって」
「あぁ、言ったよ」
「だから私は考えたんです。ハンターを集うのに一番大切な事は、ハンター様への感謝だと!」
リリアは拳を握りしめ熱く語る。感謝というのはどの世界においても大切な事であり、力強く語るリリアは間違ってはいない。ただ一つ間違いがあるとすれば、その先駆けがまさかの俺という事。
「それを表すためには、やはりシェオールの英雄までに登り詰めたリーパー・アルバインの功績を表する必要があるんです! だからもし防具が残っているのなら、一式明日出勤の時にでも持って来て下さい。もちろん武器もお願いします」
うっわ~超めんどくせぇ~。あれって荷物にしたらめっちゃかさ張るんですけど。
「いや持って来いって言われたって、あれめちゃめちゃ重いんだぞ? 明日急に持ってこいはきついわ」
「じゃあ着て来て下さい」
マジかこいつ……リリアが幼馴染じゃなきゃぶん殴ってるよ。
「着て来いって言われてもな……」
「じゃあ運ぶのは私の方でやりますので、今夜行っても大丈夫ですか?」
本気だねこの子。それに運ぶのを手伝うじゃなくて、自分で運ぶって。
「分かったよ。仕事終わったら家に来い。それまでに準備しとくから」
「ありがとう御座います! では後で行きます! お疲れさまでした!」
「あぁ、お疲れ」
飯でも食った後で馬車に積み、それまでにリリアが来なければ運んでやるつもりだった。だがリリアは仕事が終わるとすぐに家に来て、積み込みから荷下ろしまで手伝ってくれた。そしてそれが終わると飾り付けがあると言い、俺が手伝うと言っても「これは自分から頼んだ事だから一人でやる」と俺を帰した。
汗をかきながらも懸命に自分に出来る事をやろうとする姿に、この子は全力で仕事に向かっていると感じ、その日は優しい気持ちになれた。のだが、今は防具を渡したことを後悔していた。
「リーパー、暑くはありませんか?」
炎天下の中、現役時代のフル装備を纏い、シェオールの英雄リーパー・アルバインの襷をぶら下げられギルド前に立たされる俺に、様子を見に来たリリアが言う。
「…………」
「水をここに置いておきます。熱中症にならないように気を付けて下さい。それと、いくら防具を身に付けていても、直射日光を頭に受けるのは危険です。防具の上からでもいいので、これを被っていて下さい」
リリアは優しく兜の上に麦わら帽子を被せた。
「…………」
「なかなか似合ってますよ。では、引き続き頑張って下さい!」
…………なんでなんで? ハンター様への感謝は何処に行ったの?
今朝突然、「今日はリーパーはこれを着て、ギルドの前に立っていて下さい」と言われた。何故? と理由を聞くと、なんだかんだ良い事を言われて、結局仕事ですと言われた。本来なら、「それは話が違うだろ! そんなの絶対やらねぇ!」と言いたかったが、事情の知らない新人のアルカがいる前で、まるで子供のように駄々をこねるような真似は恥ずかしくてできなかった…………俺だって本当なら言いたかったよ! こんな騙すような真似して、普通だったらすぐにでもこんな職場辞めてるよ! 大体朝はきちんとマネキンにランスまで持たせて綺麗に飾ってあったじゃん! なのになんでわざわざそれを脱がして俺に着させるの!? おかしくない!? 絶対アイツ思い付きで言ったよ! 第一こんなの仕事じゃねぇよ! なんでギルドの前に防具付けたハンターが立ってんだよ! 完全にマスコット扱いじゃん! こんなの……
「リーパーさんですよね?」
「えぇ、そうです」
「握手してもらえませんか?」
「どうぞ」
「ありがとう御座います!」
くそったれ! なんだかんだ言ってもこの作戦、意外と効果出してるよ!
こういう所でリリアの奇才っぷりがハマり、もう何人目か分からない握手を求められた。田舎でちょっと有名人が出ると盛り上がるのは分かっていた。しかしこれほどとは思っていなかった。
たしかにAランクハンターという肩書は凄いと思う。アルカナでもAランク以上のハンターは三十人ほどしかいなかったからだ。それでも、志を持ち毎日真面目にコツコツ続けていればAくらいまでなら誰でもなれると俺は思う。だって俺ですらなれたんだよ?
シェオールには観光名所も名物も無い。そんな町に暮らす者にとっては、こんな俺でも大層魅力があるようで、ただ突っ立っているだけでもかなりの宣伝になっていた。しかし俺に声を掛ける者はいても、ギルドに入る客はほとんどいなかった。
今日という日を狙って燃え滾る太陽。それを甘んじて譲る秋。Aランクライセンスを持ち、シェオールの英雄の肩書まで持つ俺は、一体何をしているのだろう……
「リーパー、お前現役復帰したのか?」
空を見上げ、黙々と仕事をしているとクレアがやって来た。
「いや……これもギルドスタッフの仕事だ」
「……どうした元気が無いな。風邪でも引いたのか?」
「ちげぇよ!」
防具の上に麦わら帽子まで被された俺を見て、こいつは何故元気がないのか分からないのか!
「そ、そうか、なら問題無い。だからそう怒るな?」
「別に怒ってねぇよ」
怒鳴ったつもりは無いが、急に大声を出してしまったためクレアは驚いたのか、たじろぐように両手を前に出し、無抵抗を示した。
「で、お前は仕事でもしに来たのか?」
「い、いや。きょ、今日はお前に話があって来た」
「話? なんだよ?」
「い、いや、その……」
口籠る様に喋るクレアは、風邪でも引いているのか様子がおかしい。普段なら遠慮なく話すのに、何か悩み事でもあるのかもしれない。
「もしかしてミサキの事か?」
クレアがここまで言いづらそうにするくらいだ、おそらく頼んでいた件でミサキとかなり拗れたのかもしれない。
「い、いや、違う……」
「じゃあなんだよ?」
否定ははっきり首を振ってしたが、その後がなかなか出てこない。どういった用件かは知らないが、相談するにも意を決するほどのものなのだと思うと、クレアの口から出るまで待つ事にした。
「…………ここでは言えない。だから今日仕事が終わったら時間はあるか?」
クレアとはそれほど深い関係なわけではない。アルカナにいたときに知り合い、何度か食事をしたくらいだ。シェオールに戻ってからもいつの間にかクレアがここを拠点にしたのを知り、顔を見たら少し雑談するくらいだった。だからどちらかと言えばギルドスタッフになってからの方が関係が深い。それでも二人っきりで食事に行く事などは一度も無かった。
「あぁ。別にいいぞ」
「ほ、本当か?」
「あぁ」
何度か一緒に死線を潜り抜けた仲でもあり、スタッフとしてもハンターのケアとして承諾した。
「なら夕方になったらまた来る」
「そうか、じゃあ待ってるわ」
「あぁ、頼む」
いつも強気で自信をもって言葉を発するクレアが、元気なく答えるのを見て、もしかしてハンターの引退を考えているのでは? と思ってしまった。それほど今のクレアは覇気が無かった。
「じゃあ私はもう行く。仕事頑張れよ」
「あぁ」
元気が無くともこういう言葉を掛けられるクレアは、本当によくできた女性だと思う。
「あ、そうだった、すまん。これはここで良いか?」
立ち去ろうとしたクレアは何かを思い出したようにそう言い、一枚の金貨を取り出し、リリアが持って来て既に空になっていたコップに入れた。
「これはそういう仕事じゃないから!」




